上りエスカレーターに乗るチャンス【洞本昌明 セレクチュアー 会長】

通販サイト「アンジェ web shop」を運営するセレクチュアーは8月1日に、日本最大の料理レシピサイトのクックパッドに株式の大半を売却し傘下入りした。競争が激化するネット販売市場において、今後の成長に自社で集客を備えることが重要と判断。4400万人の延べ月間利用者数を持つクックパッドからの集客を狙うという。今回、代表権のない会長に就いた洞本昌明氏は「上りエスカレーターに乗るチャンス」と語る。

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クックパッドなら高いシナジーが見込める

集客力を持てばもっと売れる

――クックパッドに株式を売却した狙いは何ですか。

今後の成長を考えたときに、集客を自社で備えるか、より連携しやすい方法で行うべきだと考えたためです。EC市場が成熟して二極化する中で、通販サイト「アンジェweb shop」(以下、「アンジェ」)単体の集客力に危機感を感じていました。その時にクックパッドとの縁がありました。顧客目線でサービスを考えるクックパッドであれば、当社との考えも近いので、高いシナジーを見込めると感じました。

――洞本会長が2000年に「アンジェ」を立ち上げ、現在までに安定した収益を上げてきました。会社を手放す決断をすることに悩んだのではないでしょうか。

創業者として、自分で作った会社が上りエスカレーターに乗れるチャンスはなかなかありません。社員にとってもベンチャー社員から、東証1部上場企業のグループ社員になれるわけです。従業員の親への安心感や本人のモチベーションの向上、信用力が高まることによる取引先企業の増加など、プラスの効果が大きいと考えました。

――なぜ、集客をアライアンス以外で備えるべきだと考えたのでしょうか。

集客の課題がクリアできれば、「アンジェ」はもっと売れると思っていました。これまでのノウハウで、購買率は一定のレベルまで高めることができています。客数を増やせば売上は飛躍的に伸びる構図になっているわけです。客数をいかに獲得していくか、というのは以前から課題でした。クックパッドの持つ延べ月間利用者数4400万人は大変、魅力的です。これまで当社を知らなかったお客様に、“幸せの瞬間と空間を創造するという「アンジェ」の世界感を広げていきたいと考えています。

――他社とのアライアンスではそれが難しいのでしょうか。

これまで、自分たち単独で集客をすることも考えていましたが、実際はなかなか難しいわけです。一部展開する中で、アライアンス先のユーザーを自社顧客として完全に抱え込むまでには時間がかかることを実感していました。先方のサービスの認知度の課題や、自分たちの魅力を出し切れていないといった問題もあったと思います。もちろん、現時点の購買率は徐々に上がっている状況で、将来的には飛躍する可能性はあるとは思います。ですが、中堅企業によりスピード感が求められている中で、もどかしさを感じていました。

大手vs中堅の競争激化で危機感も

――今、ネット販売市場は大手小売が存在感を示しています。

今の時代は、資金を投じて成長する大手小売りと、これまでに蓄積したノウハウ活かす中堅企業の二極化が見られます。かつて、大手がネット販売に参入するも次々に失敗する時代がありました。その後、中堅が引っ張り、市場が成熟。マニュアル化された中堅企業のノウハウを、大手が取り込み復権したわけです。

昨今、大手小売と中堅ネット販売で、シェア争いが激化しています。大手が成長するスピードと、中堅のノウハウのかい離が大きくなっていると強い危機感を感じていました。

――ここ数年の業績の中でその兆候は表れていたのでしょうか。

収益は上がっていましたが、売り上げは踊り場の状況でした。実際、前期の13年7月期は前期比10.3%減の14億5800万円、営業利益は同74.1%増の5900万円でした。内部体制の変更やシステム化によって、利益を確保できる収益体制になっています。売り上げ規模が大きい方が利益は大きくなる可能性がありますので、売り上げを伸ばす必要性はあるだろうとは思っていました。

一説ではメルマガの効果が落ちているとも言われますが、実際に販促に活用していると、いかにメルマガが強いかよく分かるんですね。過去のアセットで利益がどんどん上がっていく状況で、今後、どうしていくかを考えたタイミングだったわけです。

“空間作り”でシナジー見込む

――まず、クックパッドとの連携で何を目指していくのでしょうか。

クックパッドはレシピ検索サービスを中心に、生活分野で多岐にサービスを提供し、「アンジェ」は空間や瞬間を良くする商品を提案しています。料理は必ず食器に盛り付け、キッチンやダイニングという空間に存在します。料理から派生した空間でユーザーの幸せをどう演出するか、例えば、ランチョンマットやペーパーナプキン、カトラリー、照明など何を選ぶかによって料理の見え方が変わります。「アンジェ」はその空間を作るための手伝いができるのではないかと思っています。

――具体的には。

クックパッドのお客様への価値の提供を追求していきます。クックパッドユーザーに価値を提供できる商品を「アンジェ」で発掘し提案できれば、クックパッドとしてのユーザーの満足度の向上につながるはずです。そのための施策をいろいろやっていくことになるでしょう。バナー広告は出し方や内容でレスポンスが変わるので、クックパッドと連携することで、その効果が分かり易くなると思います。ですが、「アンジェ」の商品を売らんがための、例えば過剰な価格訴求のようなことは考えていません。クックパッドがしっかり価値を提供していく流れの中で商品を紹介して、「アンジェ」で買える案内をしていければと思います。

――では、クックパッドユーザーにとってキッチン雑貨や生活雑貨などの需要はどの程度あると予想していますか。

クックパッドは4400万人の延べ月間利用者数を保有しています。日本の世帯数が4000万と言われていることを踏まえれば、料理にまつわる器や照明などの需要も想定できます。クックパッドユーザーに敬遠されない商品は何かをゼロから考えていきたいと思います。お客様の心理状態を見ながらクックパッド側に提案する形がいいと思っているので、テーブルウェアや調理家電、調理器具などであれば早くシナジーが見えるのかな、と予想しています。

傘下入り後の変更はない

――今回の子会社化を機に、クックパッドユーザーに合わせた品ぞろえの見直しも考えているのでしょうか。

もともと当社の売上高のベースはキッチン雑貨や生活雑貨で、ファッションアイテムの売上高が積みあがるイメージです。毎日のデータをみてもキッチンの比重が大きい訳ではなく、年間を通じて安定的に売れています。取り扱いカテゴリーは多いですが、その中のアイテム数はそれほど多くありません。商品のセレクト感で、“これを使えばこんなに素敵な空間になって、これだけ楽しくなる”と訴求してきました。ラインアップを大きく変えると収益構造も変わってしまいますので、現時点では様子を見ながら見極めていきたいと考えています。

――出店するモールの位置付けは変わるのでしょうか。

何も変わりません。楽天やアマゾンなどに出店していますが、従来通りに力を入れていきます。

――クックパッドはプレミアム会員130万人を保有しています。プレミアム会員に向けた特別なサービスを展開する計画はありますか。

現時点では想定していません。

ECと広告の担当役員を招く

――クックパッドから役員の派遣はありましたか。

クックパッドのEC担当の執行役が代表取締役社長になり、広告担当の執行役員が取締役です。私は代表権のない会長として、引き続き「アンジェ」の運営に携わっていきます。広告担当が取締役なのは、セレクチュアーが広告を出稿し、クックパッドはネット販売ノウハウの吸収が目的です。

クックパッドには、野菜の定期宅配「産地直送便」や料理教室などの様々な事業がありますが、社内の事業部門であっても、売りたいがための広告を出稿することは難しいと聞いています。そうしたルールから外れたことはできないと思います。

――レシピ検索サイト「クックパッド」はユーザビリティに高い評価を得ています。そうしたノウハウも吸収できそうです。

「アンジェ」のサイトで、これまでになかった違う方の目線やノウハウは積極的に吸収していきたいと考えています。時代にあった高度なものを積極的に取り入れてチャレンジしたいと思います。クックパッドの高いユーザビリティをノウハウとして共有させていただければ、「アンジェ」の回遊性も高まると思います。回遊性の向上は売り上げにつながる効果があります。

価値を提供し「アンジェで買える」流れを作る

顧客目線で価値を提供する

――これまで一般的なサイトとネット販売を連携したビジネスモデルの成功事例は少ないと言われています。課題はどうクリアしていく考えですか。

成功事例があったとか無かったとかは考えていないんですよ。ビジネスを成立させるために売り上げを追いがちですが、売り上げを追わずに、いかにマーケットインで動けるかだと思っています。商売の本質的なところを抑えておけば、売り上げはついてくるはずです。

――中長期的な売り上げ見通しについて教えてください。

クックパッド側と今後つめていく段階なので、現時点ではわかりません。ただ、売り上げ主義や利益主義はではなく、モノを売るんじゃなくてコトを売るビジネスモデルを作っていこうと新社長と話しています。ユーザーに“モノを買った後にこれだけ楽しい生活が待っている”という提案をやり切れる会社にしたいと思っています。そういったネット販売モデルを一緒に作りたいですね。クックパッドのユーザーに「アンジェ」の価値が伝われば、売り上げがついてくるはずです。

◇プロフィール◇

洞本昌明(ほらもと・まさあき)氏
1975年、京都市生まれ。1997年に京都精華大学を卒業後、イタリア食器輸入代理店へ就職。その後、家業のふたば書房へ入社し、雑貨部門で大手百貨店内の店舗に勤務。2000年にEC事業部を設置し、通販サイト「アンジェweb shop楽天市場店」を開設した。2005年2月、セレクチュアー株式会社として独立。現在、Eコマースセミナー講師や、メディアへのコラムを執筆。大切にしている言葉は、「先義後利」(道義を優先し利益を後回しにすること)

◇編集後メモ◇

セレクチュアーは、2000年からネット販売を開始し、黎明期からEC市場を支えてきた1社です。洞本会長はクックパッドへの株式売却について「今でもメルマガは衰えていない。だが、自社で“集客装置”を持つ必要があった」と語っています。危機感を抱くほど、GMSやアパレルなどの大手小売との競争は激化しているのでしょう。今回、クックパッドからはEC担当の執行役と広告担当の執行役員の2人が、セレクチュアーに参加します。クックパッドにとってはECノウハウを吸収し、セレクチュアーにとっては集客強化と双方のメリットを見えており、両社の本気度がうかがえます。とは言え、SNSと連動したネット販売の成功事例は少ないようです。事業者側の“売り”がSNS利用者のニーズに馴染まず、購買につながりにくいためです。両社の“顧客主義”の考え方がその成功に導く原動力になるか、注目しています。

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