Mon, July 23, 2018

パーソナライズ化が楽天市場の強み伸ばす 北川拓也● 楽天 執行役員

楽天の仮想モール「楽天市場」では近年、個々のユーザーにあわせてサービスを最適化する「パーソナライズ化」を進めている。4万5000以上の店舗が出店し、数多くの商品が売られている同モールだけに、ユーザーと商品を効率的に「マッチング」させることが重要になってくる。パーソナライズ化の先頭に立つのは、グループのデータを統括する北川拓也執行役員。自社が保有する膨大なデータを活用して、パーソナライズ化を進めるとともに、人工知能(AI)を使った自動化も行う。北川執行役員が考える楽天市場の近未来像とは──。

ユーザーの行動を分析して

楽天市場の構造的な問題を把握

ECCのデータ活用もサポート

――楽天での役割を教えてください。

グループ全体のデータを統括しており、特にネット販売に関しては「店舗にデータを活用してもらいたい」という思いから、さまざまなデータを提供しています。例えばアクセス解析ツール「Rカルテ」は店舗に分かりやすい形でデータを提供したいとチームのメンバーと共に考えて作ったものです。「ページ診断サービス」は、商品ページのどこが優れているか、あるいはどこに改善の余地があるのか、ということをユーザーの行動から見つけ出して伝えるサービス。さらに、最近は「A/Bテスト」ができるツールをリリースしました。設定さえすれば、以前のページと比べてどれだけ良くなったか、あるいは悪くなったが分かります。

――社内向けのデータ提供は。

当社のECコンサルタント(ECC)向けのデータ提供もやっていて、より高度なデータ分析を可能にするために「ECCBIツール」を作りました。コンサルタントとしての力をさらに上げてもらうことが目的です。ECCにはコンサルティングファームの人たちに負けないくらいの力を身につけて欲しいと思っています。映画『アイアンマン』では主人公がスーツを身につけるとアイアンマンになるわけですが、それと同様に“データ”という“スーツ”を身につけることで最強のコンサルタントになれるようにしたいですね。最近はAIを使った自動化が注目を集めていますが、ECCをエンパワーメントする、つまり人間の持つ力を高めるためのツール作りをしています。ECCは数字好きな人が多いということもあり、勉強会なども自分たちで開いて熱心に取り組んでいるようです。会社の働き方を変えるという意味でもすごく良い取り組みだと思います。

――仕事の効率化が進んでいるということですか。

それもありますが、「店舗のためになるコンサルとは何か」という本質的なポイントを考えられるデータをECCに与えられるようになったことが大きいですね。今までより詳しいデータが見られるようになったことで「店舗はこの部分で困っていたのか」と分かるようになれば。

――楽天市場におけるユーザーの行動分析をどのような形で活かしているのですか。

行動の分析から構造的なことを理解し、戦略を立てることに注力しています。例えば、楽天市場においてどんなマーケットが伸びていて、どんなマーケットで競争が高まっているか。言い換えると、店舗に参入してもらいたいブルーオーシャンはどこなのか、もしくは苦戦するであろうレッドオーシャンはどこなのか。これらをユーザーの行動から導き出した上で、構造的に今のサイトの作りが良いのか悪いのかを分析します。ランキングやサイト内検索など、トラフィックを左右する機能は限られており、こうした機能はある一定のロジックで作られています。そうすると、それに当てはまるマーケットの商品は売れやすいが、当てはまらないマーケットの商品は探しにくく、売れにくいという、いわばひずみが見えてくるのです。

――そのひずみを解消するためにサイトの構造を変える。

最終的にはそうしなければいけませんが、大きなシステムなのですぐに変えることは難しかったりするし、他の部分にひずみが出る恐れもあるので、簡単なものではありません。「構造を変えたらこれだけ効果が出る」とまで言い切るのは難しいのですがが、少なくともひずみが出ていることを役員に指摘するのは重要なことです。

――最近は「ネットでのモノ売り」の構造が大きく変わりつつありますね。

ネットでモノを売るという商売全体の問題として、スクリーンサイズやユーザーインターフェイス、ユーザーエクスペリエンスに決められてしまっているということがあります。いくら多くの店舗にたくさん商品を売ってもらいたくても、画面が小さいと表示できる商品は限られてしまうわけです。当社でも努力をしていますがが、まだまだやるべきことはたくさんあって、最近ではパーソナライズ化に注力しています。スマートフォン時代となり、画面が以前より小さくなりました。インターネットの場合、検索ワードがとても重要なのはご承知のとおりですが、検索ワードでトラフィックを取りやすいか取りにくいかという数字で見ると、この1年でみるとかなり取りにくくなってきているのが実情です。プラットフォーマーとしては、こうした構造上の問題を解決して、たくさんの店舗が勝てる世界を作っていきたいと思っています。

パーソナライゼーションが

モールを回遊するきっかけに

AIでビジネスプロセス自動化

――そもそもデータを活用することのメリットとは何でしょうか。

本来は価値があるのに、まだお金になっていない分野を見つけ出せることです。パーソナライズ化とは「本当はこの商品はこんなユーザーに価値をもたらすのに、まだ顕在化していない」というニーズを見出して提供することにつながります。

――パーソナライズ化が進めば新規客も獲得しやすくなります。

サイトが大きくなればなるほど、単にA/Bテストを繰り返すだけだと、ヘビーユーザーのテイストに寄っていく傾向があります。いろいろなユーザーがいる中で「A/Bテストを実行した時期的に、偶然ある商材が売れる条件が整っていた」などの理由から、一度傾向が強く出ると、A/Bテストによって加速されていくことがあります。つまり「本当はすごく伸びるはずなのに、いまいち売れない」というセグメントが出る恐れがあるのです。そこで、適切なセグメントに適切なユーザー体験を提供するということが、パーソナライズ化の成しうる力なわけです。セグメントに適したユーザーがあまり多くなかったとしても、パーソナライズ化が進めばそのニーズを捉えることができる。当社では、最適な商品価格設定やクーポン配布を可能にする仕組みを導入していますが、今後は「どんな顧客が商品を欲しがっているか」を加味するようになると、もっと進化すると思っています。ヘビーユーザーといっても、限られた店舗で買っていることが多いと思います。今まで利用したことがない店舗でも買ってもらえるようにすれば、店舗はもっと成長するはずです。

――─楽天市場内での回遊性も高まるわけですね。

各店舗や各サービスがそれぞれ独自にユーザーを獲得しようとすると、コストは非常にかさみますよね。ですから楽天市場というサービスが獲得したユーザーが、各店舗を回遊するような仕組みを実現することが理想です。「楽天スーパーポイント」を活用したポイント経済圏でそれを進めているわけですが、「テイストベース」というか、「顧客一人ひとりが興味を持っていること」という軸でつなげていきます。楽天市場の強いところは「モノ」ではなく「コト」を重視して買い物をするときに、ジャンルのクロスが起こりやすいことです。例えば、バレンタインデーのように、人への想いを伝えるイベントの場合、プレゼントはチョコレートでもいいし、iPhoneケースでもいいわけで、ジャンルが限定されているわけではありません。そこで、今まで食べ物ばかり買っているユーザーに対して、「バレンタインにはiPhoneケースもおすすめですよ」と提案すれば、「今まで食べ物ばかり買ってたけど、他にもいいものたくさんあるよね」と気づいてもらえる。こうしたことを、イベントにあわせてできるというのは、ユーザーがモールを回遊する非常に良いきっかけになります。

――今後の取り組みを教えてください。

パーソナライズ化を進化させるのは前提となります。今、広告の世界ではネイティブ広告が主流になっており、コンテンツでない広告は見てもらえなくなりつつあります。ユーザーにとって興味がある内容であれば広告はコンテンツになりえる。その一方で従来型の広告らしい広告には手を出さなくなっています。ユーザーの「時間」という資産をいかに大事にできるか、ということがどの企業にとってもここ数年の重要な課題になるでしょう。適切なユーザーに適切なコンテンツを見せるという部分のテクノジーは進化させなければいけません。それができないと、競合に負けてしまう可能性は十分にあるので、そういったメディアになる必要があります。

――会社としてはAI活用も課題として掲げていますね。

私たちがやろうとしていることの一つは、ビジネスプロセスの自動化です。グーグルの「アルファ碁」を見ていて面白いのは「100%の自動化と80%の自動化は雲泥の差」であることです。楽天市場に関連した話でいうと、例えば店舗に登録してもらった商品ジャンルの分類は間違っていることがあって、現段階では私たちが手動で直しています。機械学習やAIはあくまで補助であり、人間に対して提案する程度にとどまっていますが、これはこの1、2年で逆転させるべきだと思います。機械が全部決めて、万が一間違っていたときには人間が直すという構造にするべきで、これを実現するために必要な精度は何%であるべきかを考えて、システム設計をしてほしいという話をメンバーにしています。これが先ほどの「100%か80%か」という話につながって、今のAI活用はバックエンドのデータをきれいにするというような役割ですが、だんだんフロントに近い場所で活用していきます。商品説明文を自動で修正し直すというような技術も出てきていますから、AI活用はさらに進むでしょう。「ユーザーに魅力的な商品を提案する」というのは、囲碁における「次の一手」に似たものです。AIの提案が良い買い物体験につながる場合もあれば、あまり良くない結果に終わることもあるでしょうから、うまくいくカテゴリーを見つけ出すことができれば、パーソナライズ化がより高度なレベルで実現できるはずです。

――三木谷社長は「楽天市場は自動販売機ではない」と強調しています。パーソナライズ化をどのように競合との差別化につなげるのでしょうか。

ユーザーの文脈にあわせてより良い商品を提案することが大事だと思っています。パーソナライズ化は人とモノ・サービスのマッチングですが、モノやサービスを揃えるのはそもそも誰なのかということです。楽天市場の場合は店舗などパートナーに頼る部分も大きいですよね。そのため、モノ・サービスの多様性が出てきます。パーソナライズ化を大事にするべきだという私の主張は、パートナーのビジネスや気持ちを重視するという当社の考えにフィットしているからです。いくら人を集めてきたところで、モノやサービスの多様性がなければうまくマッチングできない可能性は高い。モノやサービスを作るには思い入れがなければいけないし、さまざまな価値観もないといけません。一つの企業・文化で運営していくのではなく、多様な価値観を持つパートナーが提供するモノ・サービスに人をマッチングしていくことが楽天らしさであり、ユーザー・パートナーともウィンウィンの関係が作れるのではないでしょうか。

◇プロフィール

北川拓也(きたがわ・たくや)氏 ハーバード大学を卒業後、同大学院物理学科で博士課程修了し、理論物理学者として20本以上の論文を出版。楽天で、データサイエンスの組織を立ち上げ、現在チーフデータオフィサーとしてグルプ全体のデータ戦略と実行を担当する。中国、インド、アメリカ、フランスなどを含むグローバル組織を統括。データ基盤作りや科学的な理解に基づく顧客体験の提供、ビジネスイノベーションなどを推進している。

◇取材後メモ

本文でも触れましたが、楽天の三木谷浩史社長は常々「楽天市場は自動販売機型のネット販売ではない」として、「自動販売機型」の代表格であるアマゾンへの意識をあらわにしています。もちろん、巨大企業であるアマゾンに対抗するのは簡単なことではありません。楽天市場の最大の資産は、20年以上の運営で築いてきた店舗などのパートナー。北川執行役員は「そこから生まれるモノやサービスの多様性こそが強みになる」と強調します。AIの進化が目覚ましい現代。北川執行役員は「オペレーションはAIが実行して、人間はイノベーションを起こすことだけに時間を使うようになるだろう」と予言します。その華麗な経歴から注目度の高い北川執行役員ですが、楽天ではデータによるイノベーションを起こしつつあるようです。

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