Sat, December 14, 2019

ECと店舗で良質なブランド体験を提供 緒方 恵● 中川政七商店 取締役 コミュニケーション本部 本部長

工芸技術を活用した生活雑貨を扱う中川政七商店。同社はブランディングを重視した、こだわりのEC戦略を展開。店と連携してブランドの体験価値を高める取り組みを進め、店舗とECの融合から役割分担まで明快な理念のもと運営している。自社ECの強化も手がけており、今年のリニューアルでは細部まで考え抜かれたUIを構築した。同社の取締役でコミュニケーション本部本部長の緒方恵氏が考える、大胆でユニークな独自のEC 戦略とは──。

ECは接客の打率を上げるためのDB

本質はハッピーになる時間の提供

――MD展開において、店とECでの違いはどのような点でしょうか。

大きく2つあり、1つは規模の問題です。当社の場合、小さな店舗であれば30坪で、大きいところでは130坪になります。そのお店の中でカテゴリーは同じですが、SKUは棚に応じて異なります。一方、ECではおよそ5000点の商品を扱っています。

もう1つとしては、当社は3つのブランドを運営しています。まず「遊 中川」は、“日本の布ぬの”をコンセプトにしたテキスタイルブランドです。次に「日本市」というブランドは、全国の観光地にお土産がありますが、お土産はその土地の歴史を踏まえてそこで作られるべきだという課題感があります。土地の土産物を自分たちで再構築して、商品を制作販売するというコンセプチュアルなブランドです。そして「中川政七商店」がブランドの規模としては一番大きいです。工芸技術を生かした生活雑貨を総合的に扱っています。

以上の3ブランドを展開していますが、ECであれば全ブランドを買えるのが、ECの特徴になります。

――店とECで売れ筋や顧客の反応は違いますか?

店頭でさわって態度変容が起きやすい商材と、買ってからでないと体験しづらい商品があります。例えば靴下の履き心地、ストールのふかふか感、フキンの吸水力など、ECだと「想像」はできますが「実感」は持ちづらいです。店舗であれば実際にさわることができます。さわった上でこういう工芸技術が注ぎ込まれて、こういう職人技が入っているという品質の裏打ちやモノの背景をお伝えし、それによって価格のハードルを乗り越えるコンテクストデザインを行うのが店舗活動です。

ECでもストールのふかふか感やフキンの吸水性を伝えるような画像を掲載することはできますが、お客様は想像しかできません。一方、土鍋の場合、釉薬(ゆうやく)のさわり心地のような触感の部分もありますが、サイト上でぐつぐつと煮立っている様子を動画で見せることができます。とはいえ、私たちは鍋が売りたいわけではなく、おいしい鍋を作って家庭がハッピーになる時間を提供したいというのが本質です。商品のスペックを説明するよりも、「この商品があるからどういうことが起きるか」というのが本質です。そのために歴史に紐づいた技術や使う喜びを、接客やウェブの記事でお伝えしているのです。

――その商品を使うことで生じる時間や体験を大事にしているんですね。

当社の定番商品の「花ふきん」は1枚が700円しますが、一般的な感覚からすると割高になります。ただ、店舗でさわってくれさえすれば絶対に良さが伝わるという自負があります。最近では「DtoC」という言い方になるのかもしれませんが、メーカーが直接販売する「SPA」で展開することによって、適正な価格を保持しながら職人にも適正なお金を払うことができる状況をしっかり作るのが大事になります。

これまでは「工芸品が大量生産品に比べてなぜ高いのか?その理由は?」ということをお客様が知る機会が少なかった。工芸は本来的には日本の気候や風習の中で生活する上で歴史を積み上げながら、利便性をより高くより心地良くするための技術の集積体であり、使われてこそ価値があります。私たちとしては、直接伝えることができれば態度変容を促せるということが結論ですので、店舗で直接語りかけて、直接さわってもらうというのが事業の根幹であり、出発地点です。

――店舗に比べると、EC側で工芸の良さや歴史を伝えたり、さわり心地をアピールするのは非常に難しいのではないでしょうか?

リアル店舗の強みとしては、「実物をさわれる」「その場で質問ができる」「比較検討がしやすい」「店内回遊が容易」「理由が明確ではない入店がある」「商品をすぐに持ち帰ることができる」といった点になりますが、これがECになると全部逆になります。つまり「実物をさわれない」「回遊しようとすると都度クリックや検索が必要」「理由がないと来店しない」などです。

一方で、店舗は「展示SKUに限界がある」や、旅先の買い物などで「再来訪が困難な場合がある」といった弱みがありますが、「ECサイトは再来訪が容易」です。UX的には店舗は「レジ待ち」が問題となりますが、ECではレジ待ちは発生しません。店舗で鍋を作って湯気が出る瞬間をお見せすることはできません。つまり「実際の利用シーンを見せるのは困難」というハンディが店舗にはありますが、ECであれば動画でお伝えすることができます。

ECと店舗の役割分担で言うと、店では見せられない利用シーンのコンテンツをEC側で用意しておけば、店舗でストーリーテリングをして触感を説明している際に、スタッフがECの動画を見せて「こんな感じになります」と案内することができます。つまり、ECというのは店舗の接客の打率を上げるためのデータベースであり、これがとても重要な要素だと思います。

店はファン獲得の最も有効なメディア

――集客ではどういった取り組みを行っていますか。

当社はコミュニケーションの基準として広告をやっていません。ゼロです。

――オーガニックで流入してくると?

そうです。当社はブランディングをすごく大事にしている会社なので、バイネーム(指名)検索がどれだけ増えるかというのはすごく重要な指標の1つです。商業ビルで偶然当社のことが横目に入ったお客様や、結婚式の引き出物に当社の定番商品である「花ふきん」をもらった人もたくさんいると思います。それがブランドのネーム、ロゴ、もしくは店構えと一致しないと、当社にとっては見込み客からの認知になりません。ブランドを想起していただくというところでブランディングは非常に大事だと考えています。

――ECサイトの売り上げはどのくらいですか。

前期末時点(2019年2月期)で、年商6億円程度です。基本的には伸び続けています。

――中長期的な目標や規模の計画はありますか。

EC売上比率を伸ばすことがゴールではありません。そこは明確な指標化をせず、グロスで見ています。EC比率を指標化すると、リソースの投資が歪んでしまいます。ECレコメンドに極端に偏重したり、お店のレシートにECで使える初回クーポンを付けてみるなど、本質的ではない伸ばし方になってしまいます。

もちろん事業としてお客様の会員登録を経て、情報発信をしていいというパーミッションをとれると通販の基本としてはF2転換(2回目購入)の容易さがぐっと上がります。べき論としてはゴリゴリとやるべきですが、当社ではコミュニケーションの基準というものがあります。広告を打たないということもそうですが、コミュニケーションの根底には当社で使っている言葉「接心好感」という基準があります。これは伝え手の仕事を具現化した言葉です。

――集客面はオーガニックの流入がメインということですが、それ以外の流入経路はありますか?

来店されたお客様にECを適切にご案内するのが最大の集客手法です。店舗の位置づけは、すごく簡単に言うと「ファンを獲得する一番有効なメディア」です。何故かというと、店舗は五感が使えますし、直接フェイス・トゥ・フェイスのストーリーテリングがあるので、態度変容を促すためにやれることが多いです。一方のデジタルは基本的に視覚情報でしか物事を伝えられない。態度変容を促すという意味ではリアル店舗の力はとても強いです。デジタルマーケティングにどれだけ投資しようが、ある店のスタッフが3人接客すれば、3人獲得できる。

入社後すぐサイト一本化を提案

サイト回遊のストレスをゼロへ

――今年3月に自社ECサイト「中川政七商店公式サイト」をリニューアルしました。改善した点を教えてください。

ずっと同じCMSを使っていたので、やれることが限定していました。お客様を知るための分析の機能やデータ連携のところで限界がありました。より効率的な現代的デジタルマーケティングを備えたEC運営という意味で言うと、お客様を知るということが売り上げを最大化する1番のメソッドになります。知ったお客様の状態に合わせて適切にコミュニケーションを図れるということこそが真実です。それができる基盤にしなければ、話が始まらないというのがリニューアルの経緯です。

入社して間もないタイミングで、「このままだと、ECで数字を上げていくのはすぐに頭打ちがきます」と言いました。もちろんやれることはやって売り上げを伸ばしてはいましたが、もっとドラスティックにするために、リニューアルが必要ですということを伝えたのです。そしてブランド体験という意味では、当時出店していた「楽天市場」では私たちのブランドを覚えてもらうという行動が薄まってしまいます。良い体験をしてもらってブランド名をしっかりと覚えてもらうことで、ファンの絶対数が積み上がります。そこで直販サイト1本に絞りたいというのは、入社して1カ月目のプレゼンで伝えていました。当時の社長(現会長)が、ブランドの強さこそがすべてだというカルチャーを練り上げていたので、こちらの提案をすぐに承認してもらいました。

――ECサイト刷新で言うと、スマホでのUI・UXに力を入れたようですね。

PCはほぼ見ていないです。当時で8割がスマホでした。今も比率はそれほど変わっていません。当社は工芸業界の教育事業やコンサルティング事業などもやっており、官公庁や自治体、デベロッパーさんのアクセスが多いので、PCは企業情報にすぐにアクセスしやすいように作っています。例えばPCではコーポレート情報にアクセスしやすい環境にしています。

――確かにスマホの操作性をかなり意識した作りになっていますね。

リニューアルの際に、サイトを回遊するのストレスを可能な限りゼロに持っていきたいということを基礎コンセプトにしました。指は伸ばさなくてよく、あちこちいじる必要もなく、目線をたくさん動かす必要もない。

――リニューアルして半年ほど経ちましたが、手ごたえはいかがですか?

売り上げの3~4割を占めていた楽天市場の分を1年経たずに補完できるくらいの伸びを獲得できました。アクセス数やページ閲覧枚数も基本的に150%ずつ伸びています。細かな部分では「中川政七」という言葉は普通のスマホの検索では一発では変換できません。そこで平仮名の「まさしち」で検索1位をとれるようにしました。

――SEO対策をしっかりと行ったと?

そうです。「紙に「『まさしち』で検索」と書いてあると、それでいけるんだという心理作用もあります。ブランド名を覚えてもらうというコミュニケーションにもなります。平仮名の「まさしち」をお客様の脳内に焼き付けるというのは、企業活動として重要視したほうがいいという結論もあり、この機に盛り込みました。

プロフィール

緒方 恵(おがた・けい)氏 東急ハンズにてバイヤー、ビジュアルマーチャンダイザーを経てWEB チームに異動。ECサイト運用から始まり、デジタルマーケティング~システム・アプリケーション開発まで、東急ハンズのWEB/ デジタル領域を横断的に担当。2016年8月、デジタルトランスフォーメーションを推進する執行役員/CDO(Chief Digital Offi cer)として中川政七商店に入社。2018年3月より、取締役就任。上記の継続担当に加え、店舗事業・卸売事業、メディア事業など含めた全顧客接点の統括担当。

取材後メモ

伝統的な工芸技術に裏打ちされた生活雑貨について、どう伝え購買につなげるか。中川政七商店は日々こうした挑戦を続けています。緒方氏は店を「ファンを獲得する一番有効なメディア」と述べていますが、店では商品に触れて体験することが可能で、来店客の「態度変容」も期待できます。その場で購入しなくても通販サイトを案内すれば、EC経由で購入してくれる可能性もあります。EC側もブランド体験を重視し、サイトを強化しています。同社の店舗とECの円滑な連携の背景には、組織を統合して売り上げをグロスで管理していることが大きいようです。こうした売り場ごとの協力関係が同社の強さの一因なのでしょう。

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