荒波乗り切るには「送料込み」しかない 三木谷浩史●楽天代表取締役会長兼社長

楽天が運営する「楽天市場」では2020年3月18日、送料無料となる購入額を税込み3980円で全店舗統一する施策「送料無料ライン(送料込みライン)」導入を予定している。これに対し、一部出店者が反発したことなどを契機に、公取委が独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の疑いで調査を開始。2月13日に開催された、同社の通期決算説明会では三木谷浩史社長(右ページ写真)に対し、報道陣から同施策に関連した質問が相次いだ。質疑応答から、「送料無料ライン」関連を抜粋した。

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今回の施策を導入した方が心の底から良いと思っている

「送料込み」の方が誤解生まない

――「送料無料ライン」を「送料込みライン」に変えた理由を教えてください。

三木谷浩史社長:「送料無料ライン」と報道されると、「送料を加味して価格を調整してはいけないのではないか」、その分「店舗が負担するコストが増えるのではないか」という誤解が生まれると思ったからです。
「送料無料」の方がエンドユーザーには響きが良いと思いますが、より誤解がないようにしたい。何でも「タダ」というサービスはないので、送料込みの方が正直だし、皆に分かりやすいと考えて名前を変更しました。

――公取委による調査の影響で呼称を変えたのでしょうか。

三木谷:影響があるかないかといえば、あったというのが正直なところ。今までと同じ価格で送料を負担しろと言っているわけではないのに、正確に伝わっていないという反省があります。店舗に対しては、中長期的に大きな損失が出ないよう、価格を調整してほしいということを周知徹底したい。「この店舗は送料300円だが、あの店舗1800円」というように、送料がバラバラになると消費者は買いづらいので、ビジネスそのものに影響します。今までは楽天グループのエコシステムで、3000億円のポイントを生み出し、必死に支えてきたわけですが、それも限界はある。今回の施策を導入した方が心の底から良いと思っています。送料無料となるラインをもっと低くするという考えもありますが、店舗の負担が重くなるし、「安価な商品を1つ買うだけでガソリンを消費するのか」という環境問題もネックになります。そう考えると3980円が最適で、少なくとも10%は店舗の流通額が増すと思っていますし、うまくいけばもっと増えるのではないかと考えています。

”][「送料込みライン」に呼称を変更した上で予定通り施策を導入する]
――旅行予約サイト「楽天トラベル」では2019年、独禁法違反の疑いで調査を開始した事案について、競争上の問題の早期是正を図り、事業者と協調的に問題解決を図る「確約制度」が適用されました。今回の件でも応じる考えはありますか。

武田和徳副社長:楽天トラベルの件は今回のケースとは全く違い、すでに実行している規約について、「ブッキング・ドットコム」「エクスペディア」と同等に立ち入り検査が行われました。たまたま2019年8月に規約変更があったので、これにあわせて問題となった部分を訂正しようということで、確約手続きを行いました。そのため、今回とは違うパターンです。
三木谷:結局、他の外資2社はその後何も処分を受けておらず、日本の企業だけがやられているという事情です。

――公取委が楽天に立ち入り検査を実施したことへの受け止めは。

三木谷:特段ありませんがが、(楽天市場という)船がちゃんと浮かんで、その上に乗っている店舗が今後も強烈に激化する競争の中、荒波を乗り切っていくためにはこれしかないと思ってやっています。公取委にも理解してもらいたい。ただ、本当に大変な店舗がいるかもしれないので、何ができるかを初心に戻って考えていきたい。

――自社物流の整備に関して、目標としている日本全国の物流カバーエリア80%はいつ達成できるのでしょうか。

武田:1月時点で60%を超え、主要都市はカバーしました。残りの20%は人口密度や配送密度の少ない地域が対象となります。今後は地場の物流会社や地方自治体の協力も得て、ここ1~2年で広げていきます。
三木谷:自社物流整備はお金がかかるので、本当はやりたくなかったんです。ただ、2年前に「物流クライシス」があって、宅配会社が荷物も受け取らず配送料を倍にしました。これでは店舗も耐えられないので、自分たちが立ち上がらなければいけないと覚悟を決めて、2000億円の投資をしています。大赤字ですが、店舗のためにも「フルフィルメント・バイ・アマゾン」より安い値段を実現しようと必死でやっています。

[施策が原因で退店する店舗への出店料払い戻しなども行う]

アマゾンに対抗するために店舗の足並みを揃える

当局は消費者を理解しているのか

――公取委の立ち入り検査もありましたが、それでも予定通り3月18日から施策を開始する理由を教えてください。

三木谷:すでに何万という店舗が準備をしており、「今更戻されても困る」という声も多いです。また、当社としては価格を当社の裁量でコントロールしているつもりなく、店舗が価格調整をしてくれればいいと考えているので、優越的地位の乱用にはあたらないと認識しています。

――強行すると企業イメージがダウンするのでは。

三木谷:いろいろな考えがあると思いますが、時代の流れは基本的にはフリーシッピング。当局が消費者の行動まで正確に理解して判断しているのかどうか、私は疑問を抱いています。楽天市場において、従量課金制度を20年近く前に導入したときも、変化に対して怖がる店舗がありました。しかし、これをやったからこそ、楽天市場が2兆円・3兆円という流通総額を生み出しているサイトになったわけであって、踏み出してみれば結果的に「やってよかった」となるはず。しかも、今回の場合は楽天が儲かる話ではなく、店舗が儲かる施策です。

――楽天市場の一部出店者が結成した任意団体「楽天ユニオン」は今回の施策に対し「中小企業切り捨てだ」と批判しています。「バラエティーに富んだ楽天市場」という方針を変更する考えなのでしょうか。

三木谷:そういうつもりは全くありません。むしろそういう店舗が、アマゾンのような大企業に対抗できるように足並みを揃えようという話。楽天ユニオンの店舗にもいますが、「380円の商品を買って2000円の送料を取るという店もあります。報道陣の皆さんも楽天ユニオンについて調べてほしいと思う。そういうところをきれいにしていかないと、消費者は「楽天で安心して買おう」とはなりません。今回の施策で、地方の小さい店舗でも、正々堂々とアマゾンのような企業に対抗できるよう、応援していきたい。

取材後メモ

記者会見の中で、三木谷社長は「競争を乗り切るにはこれしかない」と施策の正当性を強調していましたが、同社が最大のライバルと目しているのはもちろんアマゾンです。アマゾンの2019年の日本における流通総額(直販とマーケットプレイス合計)は3兆円規模まで拡大。対する楽天の2019年国内EC流通総額は3兆9000億円ですが、これは「楽天トラベル」などの数字も含んでおり、楽天市場単体ではアマゾンの後塵を拝している可能性もあります。

仮想モールに出店する企業にとって、アマゾンは有力な売り場ではありますが、ユーザーはあくまでアマゾンから買うので店舗のファンは増やせず、クロスセルもしてもらえない。ヤフーは楽天に比べると規模がまだまだ小さい。自社サイトは露出が難しい。楽天市場は仮想モールを主戦場とする中小企業にとって重要な売り場であり、その不沈は会社の命運をも左右しかねません。

もちろん、仮想モール側が一方的に不利益な規約変更を出店者押し付けることはあってはいけませんが、一方でプラットフォーマーは「場の成長」を考えねばならないわけです。全店舗の同意を得なければ方針を変えられないというのでは、ビジネスは成り立たない。店舗から最大公約数的な理解が得られているかが重要になってきます。

5万店も出店している以上、店舗の立場も意見もさまざま。方針を受け入れている店舗もあれば、不満はありつつも準備している店舗もある。現在は楽天ユニオンの声が「強大なプラットフォーマーに虐げられる弱者代表」としてマスコミに取り上げられがちですが、それは出店者の総意なのか。アマゾンという巨大企業と対峙し、プラットフォームの成長を目指す企業としての努力を公取委は認めてくれないのか。そんな三木谷社長のいら立ちが伝わってくるような会見でした。

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