総合アパレル企業のパルは、2025年2月期のEC売上高を前年比9.9%増の532億円まで伸ばした。社員インフルエンサーが活躍する自社通販サイト「パルクローゼット」も好調で、自社ECの構成比は42%を占めるまでに成長。「店頭回帰をEC化率弱含みの言い訳にしてはいけない」とする。同社の堀田覚取締役専務執行役員が語るSNS活用を含めた自社ECの強化策とは。
店頭回帰をEC化率弱含みの言い訳にしてはいけない
サーバートラブルが発生
─前期はECチャネルの最大の売り場である「ゾゾタウン」経由の販売が3.6%増の256億円と小幅な伸びにとどまりました。
前期は全般的に大人の女性を対象にしたブランドの調子が良かったのですが、「ゾゾタウン」はもう少し若い女性向けのカジュアルなファッションの売り上げ構成比が高く、そこが少し苦戦しました。「ゾゾタウン」を含めた外部ECモールはブランドの好不調の影響を受けた形です。
─「ゾゾタウン」以外のECモール経由売り上げは17.5%増の52億円でした。
「ゾゾタウン」以外の外部ECモールは主に「楽天ファッション」経由になりますが、EC売上高全体の10%弱とまだ小さいです。前期の伸びの特殊要因として、前期はノーリーズが第4四半期に当社グループ入りしました。ノーリーズは外部ECモール経由の売り上げが多いことも売り上げの伸びに影響しました。
─自社ECはサーバートラブルがあったものの、16.2%増の224億円と高成長を維持しました。トラブルがなければEC全体でも2ケタ成長に乗せていましたね。
前期はECチャネルで600億円くらいを目指していたので残念です。24年6月に発生した不正アクセスによるサーバートラブルで在庫のシステムに影響を受けたので、ECでの店舗取り寄せができない期間がありました。EC倉庫にある在庫は問題なかったのですが、他の倉庫や店舗在庫など点在した在庫を一元化して引き当てる作業に影響が出たことで、販売機会ロスが生じました。あとは、6月にトラブルが起きたので、秋口の商品の仕込みにも多少影響がありました。
─前期の衣料品売り上げのEC化率は41.6%まで拡大しました。店頭回帰の流れが加速する中でもEC化率は下がりませんでした。
当社のEC化率は他のアパレル企業よりもだいぶ高い水準にあります。他社のことは分かりませんが、経営者も含めて消費者の店頭回帰の傾向をEC化率弱含みの言い訳にしていると思います。ECチャネルは店頭に関係なく伸ばす手法があります。店舗の売り上げが伸びたらEC化率が減るという理屈は、新しいユーザーを獲得しないことを前提にしているのでおかしいですね。当社がSNSの発信を強化しているのも、常に新しいユーザーに知ってもらう機会を作ることに重点を置いているからです。
─アパレル各社は昔ほど在庫をたくさん持っていないので、店舗の売り上げが増えるとEC化率が下がると見る向きもあります。
商品在庫の面で見れば、その点は多少あるかもしれません。ただ、当社だけでなく他社さんも実施している予約販売などの仕組みもあって、リアル店舗もECチャネルも潤う供給の仕方はあると思うので、EC化率が伸びないのは、やはり言い訳になります。
社員インフルエンサーを育成
─スタッフのインフルエンサー化に力を注いでいます。
スタッフが発信するSNSの総フォロワー数は2000万人を超えました。人気スタッフが自身で抱えるフォロワーのニーズに対応した商品を企画するケースが増えていて、それが滅茶苦茶売れることもあります。現時点でブランドの規模になることはあまりないですが、今後は出てくるかもしれません。フォロワーの数は多ければ多いほどパワーになるので良いですが、それよりも熱量の高いフォロワーがいることと、信頼関係がしっかりできていること、それとフォロワーが求めていることをスタッフがちゃんと理解していることが商品を企画する上では非常に大事になります。フォロワーのニーズを無視して自分の作りたいものを作ってもダメです。
─フォロワーのニーズを把握するために行っていることは。
インスタグラムのダイレクトメッセージやライブ配信中のコメント、ストーリーズのアンケート機能などを通じて把握していますし、「いいね」や保存される投稿を常にチェックしているので、ニーズを理解しているスタッフが多いと思います。
─各ブランドに社員インフルエンサーがいるのでしょうか。
もちろんブランドによって差はありますが、社員インフルエンサーを育成しています。販売スタッフの業務の重要な柱として取り組んでいます。インフルエンサーの大部分がブランドの販売スタッフですが、すごくフォロワー数が伸びて、会社として専門的に取り組んでもらう方がいいと判断したスタッフはECやSNSのチームに就いてもらったり、各ブランドに配置しているSNSを統括するデジタルスーパーバイザーとして社員インフルエンサーを育成する側に回ってもらったりすることもあります。
アプリ経由の売上が6割に
─改めて、前期の自社ECの成長率16.2%の要因は。
新規開拓も含めて社員インフルエンサーによるSNS活用は大きいですし、足もとではアプリのダウンロード数が800万超、ウェブ会員との合計で1200万人を超えるなど会員基盤が大きくなったことも影響しています。自社EC売り上げに占めるアプリのシェアが60%を超えていて、リピートはアプリユーザー、新規開拓はSNSでうまく回っています。
あとは、半年に1回開催する「パルクロウィーク」というフェアが新規獲得や売り上げ拡大に欠かせないイベントになっています。「パルクロウィーク」がどんどんお祭り化していて、そこで多くのユーザーにリーチできるようにオーガニック投稿はもちろん、交通広告やウェブCM、実店舗というメディアも活用しています。
─「パルクローゼット(パルクロ)」の認知度は。
「パルクローゼット」の名前が世の中に浸透するようなアクションを前よりも強めているので、認知度は上がっていると思います。「パルクロウィーク」の開催時は全国に1000店舗以上ある各ブランドの店頭で「パルクロ」のビジュアルを打ち出すので、「このブランドもパルなのか」と気づいてもらえます。「パルクローゼット」では60以上のブランドを取り扱っていて、ブランドを横断した買い回りがすごく増えています。
─人気雑貨店「3コインズ」のECは伸びているのでしょうか。
前期も7~8%伸びましたが、成長率としては課題があります。「3コインズ」はコロナ禍直後の2020年9月にEC展開を始めましたが、足もとでは実店舗をかなり増やしていてEC化率は4%程度と低く、ECを重視した事業戦略になっていません。「3コインズ」で扱う雑貨はプチプライスの商品が多いので、「3コインズ」内での買い上げ金額が税込1650円以上でEC購入できるという利用金額の下限を設けています。
─「3コインズ」の送料を改定しました。
「3コインズ」については2024年11月に送料を改定しました。それまでは「パルクローゼット」で扱う他のブランドと同様に商品代金の合計が税込5000円以上であれば送料無料、5000円未満で送料550円でしたが、改定後は5000円以上で送料220円、5000円未満で送料770円にしました。結果的に平均客単価は上がりましたが、5000円以上で送料無料にしていた層の離脱につながり、成長率は1ケタ台にとどまってしまいました。今後、送料ポリシーをどうしていくかは柔軟に考えていきます。
ブランドごとにEC運営しても“足し算”になるだけ
AI診断コンテンツが人気に
─アプリをダウンロードしてもらったり、日々使ってもらうための施策は
アプリのダウンロードについては店頭での声がけという販売スタッフの努力に尽きます。アプリを使ってもらうための施策としては、分かりやすいのはアプリを起動すると1ポイント付与することで毎日アプリを起動してもらいます。
また、アプリだけでなく通販サイトも同じですが、商品や情報量が多ければ多いほどユーザーごとにパーソナライズしないと見づらいアプリになってしまうので、当たり前の取り組みとしてパーソナライズ化しています。「パルクローゼット」には「3コインズ」の雑貨から価格の高いファッションブランドまでレディース、メンズも含めてさまざまな商品を取り扱っていますので、パーソナライズするかブランド単体で見てもらうしかありませんが、ブランド単体ではブランドを横断した買い回りにつながりません。ブランド単体でECを運営しても“足し算”になるだけです。数多くのブランドのアイテムや情報の中からユーザーごとに最適なものを見せることで、ユーザーは便利だし当社にとってもメリットが多いです。
─いまやパーソナライズ対応は必須です。
サイト内のパーソナライズはトップページがメインで、全社的な施策として、すべてのユーザーに見せたい商品や情報はありますが、それ以外はパーソナライズ化をベースに組み立てています。パーソナライズは通販サイトよりもアプリの方が効果的です。アプリはログイン前提ですし、利用者の大半がリピーターという点が大きいですね。
─骨格診断やカラー診断などのコンテンツを展開するファッションECが増えています。
「パルクローゼット」では骨格診断とカラー診断もAIを活用してパーソナライズ化しています。全身の写真数枚と右手の写真をアップロードすると約1分でAIが骨格タイプを判定する「AI骨格診断」と、顔写真をアップロードすると肌やそのほかの顔の構成色をAIが解析して数秒でパーソナルカラータイプを表示する「AIパーソナルカラー診断」を提供しています。骨格診断を行うとEC側では利用者の骨格タイプをクッキーで覚えているので、ユーザーの骨格に合った商品を表示できます。
また、商品詳細ページでは性別と身長、体重、年齢を入力するとおすすめサイズを確認できるツールを導入していますが、さらに商品を着用しているモデルやスタッフの顔を、自分の顔に入れ替えて着用イメージを確認できるサービスも提供しています。こうしたAI活用のサービスはITベンダーさんと組んで実現していて、ベンダーさんの持つ技術やアイデアをどのようにECで活用できるのか、アイデアを出し合いながらPoC(概念実証)に一緒に取り組むような感じで進めています。こうした新たなサービスはウェブ検索にヒットしますし、商品の購入率向上にも貢献しています。
──今期のEC売り上げ拡大に向けての取り組みは。
キャッチーな取り組みはありませんが、「パルクローゼット」と各ブランドのリピーターを増やしていくことが大事で、体験としてコアになるブランドのリピーターを増やしながら、「パルクローゼット」として違うブランドとの接点も作ることでユーザーの離脱防止につなげます。新規ユーザーの獲得については、ECと実店舗の両方で展開する「パルクロウィーク」の質をもっと高めるために、クーポン施策だけでなくさまざまなコンテンツを展開して、「ユニクロ感謝祭」や「無印良品週間」と同じように認知されるイベントにしていきたいですね。
堀田 覚(ほった・さとし)氏
大学卒業後、三陽商会に入社、婦人服の営業にはじまり VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)
や MD、ブランド責任者を経験。2009 年、ハースト婦人画報社に入社。メディアコマースサイト 「ELLE SHOP」の立ち上げとMDとマーケティング責任者として事業の成長に注力。2014年パル に入社。現在は、取締役専務執行役員であり、パルプロモーション推進部部長 WEB 事業推進室室 長コミュニケーションデザイン室室長 EC、WEB システム、プロモーション、SNS、CRM、DB マ
ネジメントなどを管掌。
◇ 取材後メモ
好業績を続けているパルは、EC売上も好調です。前期こそサーバートラブルの影響で2ケタ成長にわずかに届きませんでしたが、コロナ前の237億円から5年間で倍増以上の532億円となり、アパレル企業のEC売上高としてはユニクロ、アダストリア、ベイクルーズに続く4位で、オンワードやワールドを上回りました。消費者の店頭回帰の傾向が強まる中にあっても、堀田専務は「EC化率の弱含みは言い訳にならない」とズバリ。全国に1000店舗以上を構える各ブランドの販売スタッフがSNSでの発信に真剣に取り組んでインフルエンサー化し、店頭とEC送客につなげています。40を超える多様なブランドを持ち、特定ブランドの好不調に業績が左右されにくいのもポイントと言えそうです。