ゾゾスーツを超えるもの作る
ZOZO(ゾゾ)は2021年10月1日に100%子会社の旧ZOZOテクノロジーズを吸収分割し、分割会社を商号変更してZOZONEXT(ゾゾネクスト)を発足した。今後は海外グループ会社との連携を強めるほか、3月に米国で開催されるテック系の祭典に初参加し、複数のプロトタイプ作品を展示して協業先などを開拓する。ゾゾグループの新規事業創出やテクノロジーの研究開発を担う金山裕樹社長が語る、研究開発の現状やファッションとテクノロジーの可能性とは。
ゾゾの歴史はまさにテクノロジーの歴史
海外グループ会社と連携
─旧ZOZOテクノロジーズと比べて変わった部分は。
ゾゾネクストはR&Dと新規事業の創出に特化する会社です。ファッション通販サイト「ゾゾタウン」の既存の開発やデザインなどソフトウェア開発の業務からは切り離され、イノベーションに集中できるのが大きな違いです。私自身は旧ZOZOテクノロジーズでもイノベーション領域を担当していましたが、約400人いた社員全体のマネジメントも併せて見ていました。組織再編に伴ってR&Dとイノベーション領域以外は人も含めてゾゾに吸収されたため、マネジメント業務は減りました。
─R&Dとイノベーションの特徴は。
ゾゾネクスト発足前は、計測テクノロジーをけん引するニュージーランドのグループ会社と、AIやアルゴリズムの研究を中心に行うZOZO研究所、もうひとつは秘密の社内組織のようなMATRIX(マトリックス)というR&D部門がありました。
マトリックスでは研究とビジネスの間というか、社会実装やPoC(概念実証)に向けて研究と実践を同時に行うようなスモールビジネスを素早く作って試してみるということをメインに取り組んでいました。それら3つの部署、組織で展開してきたR&Dやイノベーション領域をゾゾネクストとして包括しています。
─ゾゾグループはファッションテック企業の先駆けです。
ゾゾの歴史はまさにテクノロジーの歴史です。いち早くインターネットの可能性を見極めてファッションECを始めました。スマホシフトもうまく進みましたし、「ゾゾスーツ」や「ゾゾマット」をはじめとした計測テクノロジーも提供しています。ゾゾグループはファッション業界とともに歩んできましたが、同時にテクノロジーをうまくマーケットに提供して成長してきたと思っています。
ゾゾネクストとしてはタイとシンガポール、ベトナム、ニュージーランドにテクノロジー系のグループ会社があって、海外を含めて50人強のイノベーションに特化した組織を機動的に運営していきます。テクノロジーの部分をより強化して、「ゾゾスーツ」を超えるスゴイものを生み出したいですね。
─海外との連携が大事になりそうです。
相当大事です。これまで海外とは若干距離がありましたが、グループとして一体感を強め、新たな価値を作り出すことに力を注ぎたいです。これまでの計測テクノロジーは「ゾゾスーツ」も「ゾゾマット」「ゾゾグラス」も海外のグループ会社とコラボして世の中に出してきました。日本ではビジネスの種やファッションテックを中心に研究している企業や組織は多くありません。そういう意味でも海外のグループ会社との連携は重要です。
─“ファッションの数値化”に引き続き取り組まれる。
「ファッションの数値化」は言い換えると、コンピューターがファッションのことを理解するということです。基本的に人は毎日服を着ていて、同時に何を着るかという意思決定をしています。天候や行く場所、その時の気分などによって手持ちの服の中から選びます。ファッションが好きな人は別として、何を着るかの意思決定を苦手としている人は意外に多いのでは。私としては、苦手であれば機械が意思決定してあげればいいと思っています。
XRなどの研究開発に投資
─研究開発プロジェクトとしてスマートテキスタイルやXR(クロスリアリティ)に着目した理由は。
当社では、未来の日常生活に溶け込んでいる姿が想像できるものの、それがいつ来るかは分からないようなものにだけ投資しようと思っています。その未来がいつ来てもいいように準備しておくというスタンスです。
─スマートテキスタイルについては。
今、家電などが先行していますが、すべてのものがネットワークにつながり、ネットワーク上で受ける情報によって自らの振る舞いを変えたりとか、表示するものを変えたりしてきています。その点、服は毎日着るものなのにネットワークにつながっておらず、変だなと感じています。ネットワークにつながることで、今日は暑いから黒ではなくて白に色を変えるとか、日が昇ってきたら上着のジッパーが下がるとか、服が自動的に判断して振る舞いを変えることができたらいいですね。
─東大と細尾との取り組みでもそうした要素があるのでしょうか。
コンピューターで制御できるLEDを布に織り込んでいて、ソフトウェアで模様を変えます。振る舞いが変わるという点ではネットワークにはつながっていませんが、紫外線が当たると布が硬くなることで、フードの形状を好きな形のままキープできたりします。
─機能性テキスタイルではなくスマートテキスタイルというのも納得できます。
そもそもファッションはファンクションとエモーションの両面を担っています。冬に防寒するのはファンクションで、デザインや形などでこういう風に見られたいという人の感情を表現するのがエモーションです。すでにファンクション軸の研究は進んでいますが、高付加価値テキスタイルの開発では後発。また、その時の気分や感情に応じて模様を変えるなど、エモーションに呼応するような表現ができる生地や服はほとんど実用化されていません。見た目や意匠性の部分でソフトウェアの力を使ってレバレッジをかける素材開発にはチャンスがあると思います。
─バーチャルヒューマンとバーチャルクロージングは両軸でビジネス展開を考えているのでしょうか。
両軸で考えていますし、ふたつを組み合わせることで成り立つものもあります。バーチャルヒューマンについてはAIや3Dを活用したバーチャルファッションプロジェクトで先行しています。
─バーチャルヒューマンは通販サイトにも活用できます。
通販サイトでファッションアイテムを閲覧するとき、さまざまなタイプのユーザーがいるのに、皆同じモデルが着用している画像を見ながら、自分に似合うかを想像して買うかどうか悩んでいます。本来はユーザー一人ひとりに刺さりやすいモデルやポージングがあるはずです。ただ、実現するにはたくさんのモデルを起用して撮影しなければならず、非効率でコストもかかります。
現在のCGの技術は、人の目では本物の人かどうか判断できないレベルにきています。CGで各ユーザーに合った着用モデルを生成することができればいいですね。そのためにもバーチャルヒューマンの技術は必要になります。
─実現するのには時間がかかりそうですね。
バーチャルヒューマンよりもバーチャルクロージングの方に時間がかかります。服の方がリアルな画像を自由自在に見せるためのコストがかかります。服は設計段階でデジタルになっていないことが多いため、アナログのものをデジタルにする工程が必要です。デジタルの設計図があって、そこからアナログの服も作るという風になればバーチャルクロージングも作りやすくなります。
アパレル市場の競合はデジタル領域になる
海外展示会で協業先開拓へ
─3月に米国で開催されるテクノロジーなどの祭典「SXSW2022」に計測テクノロジーやスマートテキスタイル、バーチャルヒューマンなどを出展される予定です。
ゾゾグループは海外では知名度がほとんどありません。グループが持つテクノロジーは海外でも活用できるため、展示会を通じて知ってもらいます。計測技術に関しては、企業向け、消費者向けともに海外のニーズは強いと見ています。体型の幅が日本よりも大きく、計測技術が生きてきます。テクノロジー面での協業先も探します。ゾゾグループを知ってもらい、何かしらのプロジェクトを進められたらいいと思っています。
─今後のアパレル市場やテクノロジーの可能性をどう見ていますか。
1日24時間の中で人が自分を投影している場所が、5年前と比べてデジタル空間にあることが圧倒的に増えています。コロナ禍で仕事までオンライン上になっています。人が見ているところ、視線や注目が集まっているところには必ずビジネスが生まれます。アパレルが持っている自己表現力をデジタル上で課金して提供していく時代が来ています。
今はそれがオンラインゲームで起きていて、「フォートナイト」や「エーペックスレジェンズ」などは基本プレイ無料で、課金することで見た目が変わります。ファッションとしてデジタルアイテムを購入し、他のプレイヤーからのフィードバックを通じて自己を認識するというケースがもっと増えると思います。
─そういう市場も狙っていくのでしょうか。
当社としてもビジネスチャンスは常に探っています。デジタル上でのファッション表現を助けるようなもののマーケットは今後10倍、100倍になっていくはずです。そういうマーケットにゾゾグループとしてどうリーチしていくか、ビジネスに結びつけるかは重要課題のひとつで、研究とトライ&エラーの両面でかなり真剣に取り組んでいかないといけません。私自身の考える時間の8割を占めています。
─それだけのポテンシャルがありそうです。
可処分所得や時間も含めてアパレル市場の競合となるのはデジタル領域のはずです。そこで、ゾゾグループの強みである、見られたい自分、なりたい自分に挑戦することで結果的に笑顔になるということを、デジタル空間でも手助けしていきたいです。それを実現するには何をどの順番で取り組むべきかを考えています。バーチャルヒューマンの取り組みも可能性を感じていますが、もっと直接的にお客様に対して提供できるサービスもあるはずです。
─ゾゾネクストとしては何に人とコストを投入しているのでしょうか。
マトリックス(R&D部門)とZOZO研究所、海外子会社でちょうど3分の1ずつくらいで、基礎研究や研究に類することが約6割、実践やトライアルが4割程度です。成果を見ながらその辺りの配分ややり方は修正していきます。業績面ではゾゾが元気なので、当社としては常に3年後、5年後のマーケットを想像しながら仕事をしていきたいです。
─前澤前社長が退いた後のゾゾを客観的にどう見ていますか
奇策がなくなって会社としての楽しさは減ったというのが正直なところですね。ハラハラ感やスリリングな感じはなくなって、本当に安定しています。その分、未来のファッションを描くことは私のミッションだと思っています。
ゾゾの良いところは服をネットで買うとか、ツケ払いするとか、世の中に新しい価値や新しい物の見方を提供してきたことにあると思います。ゾゾに対してワクワクし、期待感をもってくれるからこそ仲間になってくれて、買い物をしてくれたり、ビジネスパートナーになってくれたりする部分がゾゾの強みです。ふと気づいたら、つまらないゾゾになっているというのが一番怖いですね。
金山裕樹(かなやま・ゆうき)氏
ファッションアプリ「IQON(アイコン)」を運営する株式会社VASILYを創業後、2017年10月に「ZOZOTOWN」を運営する株式会社ZOZOに売却。株式会社ZOZOテクノロジーズ代表取締役 CINOを経て、2021年10月より現職。R&Dと新規事業の創造を行なっている。
◇ 取材後メモ
ファッションアプリ「アイコン」を手がけていた頃から金山社長には話を聞かせて頂いていますが、常にワクワクするモノを作りたいという前のめりな感じはゾゾグループに入ってからも変わりません。旧ZOZOテクノロジーズでは大所帯となったチームのマネジメントも担っていましたが、ゾゾネクストになってマネジメント業務は減り、得意のイノベーションに専念できる環境が整ったようです。「つまらないゾゾになるのが一番怖い」と語る金山社長。ゾゾの前澤前社長が退任した後、“奇策”の減ったゾゾに再びワクワク感をもたらしてくれるのは、ゾゾグループでは数少なくなった起業家の金山社長のはずです。