“小売りのサービス化”に挑戦する 森雄一郎●FABRIC TOKYO 代表取締役社長

FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)は、初回のみ実店舗で採寸し、2回目以降は簡単にオーダースーツやシャツなどをウェブ注文できるD2Cブランド「ファブリックトウキョウ」が好評だ。2109年5月には丸井と資本業務提携を結び、リアル店舗展開も加速している。足もとでは同ブランドで月額制のサブスクリプションサービスもスタート。物販にとどまらず、より付加価値の高い“小売りのサービス化”に挑む。森雄一郎社長が語るD2C ビジネスの現状と戦略とは。

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既存産業の人たちと一緒になって改革する

カテゴリーを広げ過ぎない

――米国ではD2Cブランドでユニコーン企業が誕生しているが、事業環境の違いは。

まずは資金力が違います。日本ではこれまでメディアサイトやC 2C、プラットフォーム事業にベンチャーキャピタや投資家が出資することが多く、大きく資金調達できる物作り企業はありませんでした。また、日本では起業家や経営者、幹部クラスの人材の流動性が低く、優秀な人材が物作りの会社に入ってくることもほとんどありませんでした。いまは少し変わってきていて、一定の認知度と規模感のある当社には、大きな企業の転職組も注目してくれています。ただ、起業直後のベンチャーが優秀な人材を確保できるかというと難しいのが実情です。

――環境の変化は。

実店舗の出店に際して日本の百貨店では、出店料は売上歩率で徴収するケースが多いのですが、丸井さんのような有力小売り企業が賃貸テナント型に転換したことは大きな変化です。また、最近は日本の資金調達も数億円規模では驚かない水準になってきました。ベンチャーマーケットが非常に活況なため、ベンチャー企業に流れ込む投資がこの数年で倍増しています。

――投資先は。

インターネットセクターだけでなく、リアルの場が絡むようなベンチャー企業にも資金が流れ始めています。足もとではインターネットで完結するビジネスではなく、OMOと呼ばれるリアルなものをオンラインとマージ(併合)して新しい事業モデルを作ろうという機運が盛り上がりつつあります。現状、GDPの6%くらいが小売り産業で、そのうち約10%がECチャネルということは、インターネットをメインにした小売りはGDPの0.6%くらいにしかなっていません。その上で、いま何が起こっているかというと、GDPの大半を占める部分にもインターネットやデジタルドリブンなやり方が入り始めていて、この部分はインターネット業界の人たちだけが取り組むのではなく、既存産業の人たちも一緒になって改革していくことが必要で、そこに一番早く動き始めたのが丸井さんです。

――D2Cブランドが次々と誕生しているが、成功に不可欠な要素は。

4つあります。ひとつはプロダクトが差別化可能かどうかで、これが大前提になります。消費者に選んでもらえるメリットがある商品かどうかです。ふたつ目はLTVがしっかり出せるプロダクトであるかが利益ベースでは大事になります。売って終わりではなく、継続して利用してもらえるとか、1回の利益が大きいなどで、LTVを確保できることが重要です。

3つ目は、リプレイスすべきモンスター企業がいるかどうかです。ライバル企業が数百億円、数千億円の売り上げ規模を持っている場合、大企業であるが故に卸に頼っていたり、マス広告だけに投資していてデジタルを活用できていなかったり、デジタル領域に長けた人材の採用が進んでいない企業がシェアを持っていれば、リプレイスするチャンスがあります。

――最後の要素は。

4つ目は創業メンバーがなぜその事業を行うか、ストーリーがあるといいですね。また、ストーリーだけでなく、D2Cはパラメーター(変数値)が大きい事業モデルで難易度が高いため、勢いだけでなく、人材やサプライチェーンのマネジメントなどさまざまな要素が経営に求められます。そうした部分をしっかり管理できる経営層かどうかも大事です。

――利用者がITリテラシーの高い人だけで終わらせないようにするには。

最初のプロダクトは作れても、顧客数が5倍、10倍と増えたときに、それに耐えられるオペレーションを構築できているかが問われると思います。

――ゾゾもPBで失敗した。

ゾゾさんは質を担保できるようになる前に広げ過ぎたことが敗因として大きいのではないでしょうか。ゾゾさんとしても初めての物作りだったわけで、第1弾のデニムパンツとTシャツの時点でしっかりノウハウを貯め、サプライチェーンまわりが安定してから横展開すれば良かったと思います。

――御社も意識的に商品カテゴリーを広げていない。

「ファブリックトウキョウ」はスーツとシャツに特化していますし、新たに始めるブランド「スタンプ」では、当面はデニムパンツに徹して認知度を高める戦略をとるのも、品質面で信頼を獲得し、しっかりとノウハウを貯める必要があるからです。

サブスクサービスなど開始

――丸井との資本業務提携は店舗展開や人的交流も含めて有益だ。

当社にとって非常に大きな影響があります。実店舗は現状の16店舗のうち、丸井さんには7店舗でお世話になっています。ただ、丸井さんが一番の協力者ではありますが、それだけではなく、三井不動産グループのコレド日本橋やパルコさんの名古屋パルコなどにも出店しています。丸井さんは「自社の施設だけで」と制限を設けるような企業ではなく、業界全体のために中心的な役割を担いたいと考える会社です。

――人材交流は。

すでに始まっていて、丸井さんから7人が当社に出向し、実店舗のスタッフとして働いてもらっています。人材交流以外でも、丸井さんは店舗でエポスカーを使用するとポイント付与などの施策を行っていますが、当社サイトでもユーザーがそういったメリットを享受できるようにしていきたいです。丸井さんにとってはカード決済が使われ、当社にとっても2着目以降のオーダーがサイトで完結することでオペレーション効率が上がるなどのメリットがあります。

――実店舗は20年9月末までにほぼ倍増となる合計30店舗体制を計画している。

そのうち千葉など4店舗は決まっていて、まずは早々に20店舗体制になります。来年から残り10店舗の整備を進めます。

――物販だけのD2Cから脱却し、サブスクサービスやスマートファクトリー計画、サーキュラー・エコノミー構想などに取り組む。

物があふれている時代にあって、物で差別化することはもちろん大事ですが、それ以上にサービスとして選ばれる存在にならなければいけません。D2C事業を運営していると顧客情報が貯まっていき、お客様のことがよく分かるようになり、サービス面にも取り組みやすくなります。

――サブスクリプションサービスもそうだ。

「ファブリックトウキョウ」でサブスクサービスを始めたのも、実店舗などを通じて顧客ニーズを把握できたからです。まずは月額398円で加入できるプランとして、9月26日に「保証・交換・補修」とったサポート領域に焦点を当てたサービスを始めましたが、10月以降は「着こなし・スタイリング」と「クリーニング・保管」の領域にも順次広げる予定です。

――スタイリングのサービスとは。

天気予報やカレンダーアプリ内の予定に合わせて、例えば天気の悪い日は水を弾く素材のスーツを提案したり、移動の多い日はシワになりにくい素材のスーツを勧めるなど、毎日、スタイリングを提案します。また、雑誌のようなコンテンツを発信するサービスも予定しています。

――マートファクトリー計画は。

今の繊維産業は人材と資金が集まらないため、IT活用による業務効率化が進みづらい状況にあります。そこで、当社が縫製工場などのIT化をプロデュースする事業を始めます。いま、西日本のある工場でスマートファクトリー化を進めています。まずは、当社の専用ラインをIT化して「ファブリックトウキョウ」の商品を作ってもらいますが、ゆくゆくは第1弾工場を「ファブリックトウキョウ」の専用工場にしていきたいです。

――サーキュラー・エコノミー構想は。

サーキュラー・エコノミー構想では、着なくなった服を「ファブリックトウキョウ」の全店で回収します。自社以外のブランドの服も回収し、日本環境設計さんと組んでアップサイクルしたポリエステル素材の製品を20年初頭に販売します。21年にはアップサイクルしたコットンとウール素材の製品を販売し、23年以降、「ファブリックトウキョウ」の製品をすべてサステナブル素材にしていく計画です。

D2Cはお客様のことがよく分かるようになる

無人店舗型ブランドが始動

――新ブランド「スタンプ」を始めるが、ブランド名の由来は。

そもそも、“ブランド”とは家畜に焼き印を入れるという意味からきていますが、それでは事業者目線です。当社の場合はオーダーメードでお客様一人ひとりがピッタリなものを着てほしいという思いがあり、自分がブランドであり、自分でスタンプしようという意味を込めました。ブランドロゴも日付けの斜め線を逆にしてデザインしました。

――「スタンプ」は無人店舗に3Dスキャナーを設置して計測してもらう店舗を目指している。消費者には難しそうだ。

難しいことを考慮して、最初のポップアップストアは完全招待制にしました。友人や知人などのキーオピニオンリーダーを巻き込んで、まずは理解のある人に体験してもらい、発信してもらうことで「自分も試してみたい」という潜在ニーズが顕在化されます。いきなり誰でも作れるのではなく、最初は限られた人かアプローチしていくことが大事です。

――「ファブリックトウキョウ」のスタート時もそうだ。

最初はクラウドファンディングから始めました。それまではネット上に自分の身体のデータを預けてオーダーメードの商品を作るという発想はありませんでした。今では大手さんも取り組んでいますが、当社が始めた14年にはなかった発想です。

――新ブランドのMD展開については。

当面はデニムパンツのブランドとして定着を図り、その後に商品を広げていきたいです。実店舗は10月25日に新宿マルイ本館の「ファブリックトウキョウ」店舗の隣りに出店します。将来的な構想としては、世界に向けて無人型3Dスキャンの店舗をパッケージ化し、プリントシール機や証明写真ボックスのように数千、数万の店舗を出せるようにしたいですね。

――採寸はリアル店にこだわっている。

ゾゾスーツは無料でインパクトがありましたが、届いたのに開けていない人が多いと聞きます。結局、リアル店舗に行きたい人は多いのだと思います。アップルストアもオンラインで買えますが、店内は混雑していますよね。アパレルも同じで、リアルで体験する楽しさと安心感はいつまでも残りますし、デジタルが加速することで人間味が失われていくことに違和感を持つ人は多いのでないでしょうか。当社はデジタルでは終わらないOMOを進めていきます。

プロフィール

森雄一郎(もり・ゆういちろう)氏 1986年生まれ、岡山県出身。大学在学中、国内外のファッション情報サイトを立ち上げる。卒業後、ファッションイベント企画会社で大手アパレル企業などのファッションショープロデュースに従事。その後、ベンチャー業界へ転向し、不動産ベンチャー「ソーシャルアパートメント」の事業開発を担当したほか、フリマアプリ「メルカリ」の創業期に参画しインターネットビジネスを経験。2012年に株式会社FABRICTOKYO(旧ライフスタイルデザイン)を創業。自身が洋服のサイズに困っていた経験から、カスタムオーダーのファッションレーベル「FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)」を14年にリリースした。

取材後メモ

昨今はベンチャーなどによるD2Cブランドの立ち上げがブームになっていますが、ファブリックトウキョウは5年ほど前から同ビジネスに取り組んで、一定規模の売り上げとファンの獲得に成功している数少ない会社で、今年3月には丸井と資本業務提携を結び、勝ち組の印象を強めました。その丸井は賃貸テナント型の店舗運営に転換し、ECと共存できる店舗を目指してデジタルネイティブブランドなどの誘致を進めているだけに、ファブリックトウキョウは最適なパートナーと手を組んだと言えそうです。森社長は米国や中国などEC先進国の事情にも明るく、常に次の一手を考えている印象です。足もとでは単なる物販から脱却して小売りのサービス化に挑む姿が、後続のD2Cブランドにどのような影響を与えるのかも含めて楽しみです。

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