うどん店チェーンの「丸亀製麺」などを展開するトリドールホールディングスの100%子会社で、生鮮品など食品のネット販売事業「BallooMe(バルーミー)」を展開するバルーン。独自に「ストーリー食材」と呼ぶ生産者のこだわりがある野菜や果物、加工食品を取り扱い、30~40代に販売。昨年12月から、カフェを併設したリアル店舗を運営し、リアルで対話するマーケティングを強みにサービスを強化している。今後は、1つの商品に対して複数の商品ページを用意する新しい通販モデルをスタートするという。バルーンの志水祐介CEO が語る、再編が進み競争が激化する食品通販業界での勝算とは。
記事形式の商品ページで「生活」のシェアを獲る
「ストーリー食材」強みに、届くまでを楽しんでもらう
――サービスを立ち上げた経緯を教えてください。
バルーンは2016年7月に創業し、野菜や果物などを扱う食品通販サイト「BallooMe(バルーミー)」を17年2月に立ち上げました。親会社のトリドールホールディングスが新しい形で内食に参入したいと考えていたことがきっかけです。もともと私自身も、食材への興味を持っていたので、消費者の胃袋をハッピーにしていくチャレンジをすることになりました。サービスの名称は「Balloon+Me」の想いを込めて名付けています。
――現状の品ぞろえはどうでしょうか。
350SKUを取り扱っていて、実際に販売しているのは150~250SKUです。仮想モールに出店する通販サイトは多めに、自社通販サイトは少なめに、濃淡をつけながら取り扱っています。
取り扱う商材は野菜や魚、肉、米のほか、ご当地のスイーツを取り扱っています。珍しいものとして「発酵玄米」などもラインアップしています。商品は生産者の想いやこだわりなどのストーリー性を重視して取り扱っており、そういったものを当社では「ストーリー食材」と呼んでいます。食材をさまざまな切り口で紹介し、お客様の手元に届くまでの間も楽しんでほしいと考えています。
――調達ルートは。
親会社のトリドールホールディングスを通じて、さまざまな商品情報が入ります。全国の生産者や、食材、メーカーや産地の情報が入るのでそうした情報を生かしています。当社でも、バイヤーの採用を行い、自前での調達力を強化しています。
――想定するターゲットを教えてください。
30~40代で、ライフスタイルが変化した女性をターゲットとしています。例えば、引っ越しや子どもが生まれるといった食生活を変えるタイミングにあわせて訴求しています。
今年4月に本格化
――「バルーミー」の立ち上がりはどうでしょうか。
ネット販売は、この1年、サービス構築のために顧客対応や調達基盤の強化などに注力しました。今年4月に、サービスを本格化する予定です。
「バルーミー」では通販サイト上に多くのコミュニティを作ることを構想しています。野菜やフルーツなどの商品の情報を発信する人を増やして、さまざまな観点から商品情報を発信していくことを考えています。生産者やメーカーのこだわりがある「ストーリー食材」の語り方は一つではありません。情報を発信する人が、それぞれの観点で語っていただきたいと思っています。商品情報を発信する人にそれぞれファンがついていくことを目指しています。
――自社通販サイトがコミュニティ機能を持つのでしょうか。
今後、そうなるようにサービスを作っていきたいと思います。
商品を語る人を「フードテラー」と呼び、商品ページをフードテラーに書いてもらおうと考えています。例えば、野菜に詳しいバイヤーや、料理好きのパパ、料理に興味を持ち始めた大学生など、それぞれ異なる立場から、その方のファンに向けて語ってもらうイメージです。時には、食品ブランドにフードテラーになってもらうこともあり得ます。
ユーザーにとって「気になる人」を作る
――フードテラーが書いた記事はどう活用するのでしょうか。
ターゲットユーザーの生活のシェアを獲りに行くことを狙っています。例えば、ベッドから起き上がる前や電車に乗ってから降りるまでの時間など、動作の前後の空いた時間に記事を読んでもらいたいと思っています。そのために、ターゲットユーザーの生活導線上のさまざまな場所に広告を展開して、ターゲットユーザーとの接点を増やして認知度を向上していきたいと思います。
――フードテラーは何人くらいの組織になるのでしょうか。採用の基準や運用について教えてください。
フードテラーは、ユーザーにとって「気になる人」であることが重要です。なので、さまざまな特徴を持った人にフードテラーになってもらうようにしています。
4月のスタート時点では十数人になる見込みです。インセンティブの仕組みは検討中で、お金ではなく生活の価値観やライフスタイルがハッピーになる形で提案したいと思います。
1商品で複数の商品ページをテスト
――フードテラーが書いた記事が商品ページになるわけですね。1つの商品について、複数の商品ページが立ち上がるイメージでよろしいでしょうか。
そうです。考え方のベースに結婚相談所のようなマッチングサービスがあります。ネット販売は通常、1商品について、商品ページは1つしかありません。ですが、ターゲットユーザーの志向やライフスタイルが多様化する中で、1つの切り口だけで興味を持ってもらうのは難しいと感じていました。さまざまな切り口を用意することで、ターゲットを広げることができるのではないかと考えています。例えば「小松菜」は、母親にとっては好き嫌いなく子どもが食べてくれたことが価値になりますし、美容に関心が高い女性にとっては高い栄養価が価値になります。私たちの考える「ストーリー食材」は、語れるところがたくさんあります。
――成功の可能性は。
ABテストを行ったところ、良い結果が出ています。通常の商品ページよりも、記事ページの購買率が高く、滞在時間も長いことがわかりました。さらに、ハンバーグの商品ページを複数の人に書いてもらいましたが、どのページでもまんべんなく購入に至り、ページごとのに購入者の年齢層や特徴が異なることがわかりました。ハンバーグだけでなく、野菜セットでもテストを行いましたが、同様の傾向が見えたので、再現性があると考えています。
――テストで良い結果が得られた理由をどう分析していますか。
分析はこれからですが、ターゲットに似た人が書いていることがポイントだと思います。昨年、制汗剤「シーブリーズ」が大ヒットしました。高校生がSNS「インスタグラム」でキャップを交換して楽しむことをアップしたことで、火が付きました。
ユーザーが自由に楽しむ世界感を作ることが大事だと思っています。コンテンツマーケティングは、専門家が良さを語るだけではなかなか難しいのかなと思います。
――ネット販売では1つの商品で複数の商品ページを持つモデルは珍しいと思います。
1つには、複数の商品ページを作るので、収益性が合わないことが課題だと思います。加えて、野菜は在庫が限られているので、複数のページを用意して購買機会を増やすことは欠品リスクを高めてしまいます。
――そういった課題をどうクリアしていく考えでしょうか。
商品ページを簡単に構築できるエディター機能について、現在システムを開発しています。SNSのように、簡単に静止画や動画を投稿できるようにしていこうと思います。まず、一部のフードテラーに限定して開放し、商品ページの充実を図ります。
収益性は今後の課題ではありますが、新規客獲得コストが高い業界なので、ファン化によって新規客獲得できれば、顧客を育成するためのコストを、他の部分に投資できると考えています。
お客様と対話して一緒にサービスを作る
「地域密着」の八百屋カフェ
――17年12月に、都内にリアル店舗を開設しました。狙いを教えて下さい。
リアル店舗は、東京・東雲のタワーマンション内に開設しました。カフェを併設しており、「旬と想いと愛を伝える地域密着の八百屋カフェ」をコンセプトにしています。お客様と一緒にサービスを作りたいと考えたことがきっかけです。どうすれば通販で売れるか、直接お客様にどんどん聞いていきたいと思っています。
東京・東雲エリアはターゲットユーザーが多いエリアです。タワーマンションが多いもののスーパーが少ないことから「陸の孤島」とも呼ばれていて、通販ユーザーが多いです。
カフェが入るタワーマンションは600世帯が入居しており、マーケティングを行うには少ないと思える人数ですが、来店回数は多い。お客様の声を聞いて商品やサービスに生すことができ、さらにそのフィードバックをもらうことができます。
インターネットは多くの人とつながりますが、事業規模が大きくなると1人ひとりのコミュニケーションは希薄になりがちなんですね。リアル店舗であれば1対1の対話が成り立ちますし、リピーターを獲得すれば継続的にコミュニケーションを図れるので、より深いニーズを聞くことができると考えています。そこで吸い上げたニーズやフィードバックをネット販売に生かしていきます。
――立ち上がりはいかがでしょうか。
もともと当社がオープンする前はコンビニエンスストアのような店舗が入っていました。オープン後はまず、野菜を取り扱っていることに驚くお客様が多かったです。オーガニックや特別栽培の野菜を取り扱っているので、小さな子どもを持つ母親からの無農薬野菜のニーズが高いこともわかってきました。
スタート当初は、やはり「値段が高い」という声もありましたが、食材の持つストーリーを語れる人が販売しているので理解していただいています。
――リアル店舗のマーケティング活用も始めているのでしょうか。
17年12月オープンなので立ち上がったばかりですが、これまでに顧客アンケートも実施しています。例えば、イベントの企画内容についての関心を聞きました。商品マーケティングでも活用していて、お客様の買い物のタイミングや、商品の選び方について聞くこともあります。
マーケティングから実現の早さが強み
――顧客の声はどのようにサービスに生かしていますか。
人気商品のミニトマトで、当初は一般的なミニトマトを取り扱っていました。お客様からは「酸っぱくて子どもが食べられなかった」という声があったので、酸味の少ない品種に切り替えました。
また、おにぎりも取り扱っていますが、「子ども用に塩を入れないでほしい」というお客様からの要望がありました。この声がヒントになって、塩を使っていないうどんの取り扱いの検討につながりました。
顧客の声を聞いてすぐに反映すると、それが数字になって返ってきます。まだ小さい規模ではありますが、マーケティングからサービス実現までが早いので、お客様との信頼関係を作ることにつながっています。
―― 東京・東雲以外の展開も構想しているのでしょうか。
東京・東雲をモデルケースとして、将来的には横に展開していきたいと考えています。
タワーマンション1棟は小さくても、複数のタワーマンションが集まれば規模は大きくなります。エリアや地域でお客様の志向が異なると思いますので、お客様と対話しながら深いマーケティングを各エリアで行いながら成長を目指したいと考えています。
◇プロフィール
志水祐介(しみず・ゆうすけ)氏 京都大学大学院修了後、トーマツコンサルティングに入社し、事業計画策定や経営管理基盤構築プロジェクトに従事。その後、スシローの経営企画部に参画した。2013年Googleに入社し、EC企業向けデジタルマーケティング立案と実行支援に従事した後、戦略コンサルティングファームを経て、2016年にトリドールに参画100%子会社バルーンを設立 し、 CEOに就任した。
◇取材後メモ
バルーンは昨年2月に食品通販をスタートしたいわば後発企業です。実店舗を構えて地域に密着したマーケティングを行うことと、1つの商品に対して複数の商品ページで訴求する新しいビジネスモデルを強みに成長を目指します。食品通販市場をみると、大手の提携や買収によって再編がすすんでいます。市場の大きな変化は、食品通販のサービス認知を高めターゲットのすそ野拡大につながります。ただ、サービスが一般化すると、中小企業にとっては大手との差別化が重要な課題になります。バルーンが目指す、1つの商品を複数の商品ページで訴求するビジネスモデルは、多様化し細分化する顧客ニーズへの対応ができそうです。大手がひしめく通販市場において、新しい成功モデルとなるか。注目していきたいと思います。