伊藤輝●STRACT代表取締役社長ーーECは「AIに依頼して購入が完了する体験」へ

AI(人工知能)がECの在り方を大きく変えようとしている。生成AIの進化・発達でEコマースは現状の「検索して探す場所」から「AIに依頼して購入が完了する体験」とその役割を変えていくようだ。AIに詳しく、各通販サイトを横断検索して希望商品を最安値で購入できるアプリ「PLUG(プラグ)」などを展開するSTRACTを率いる伊藤輝社長が語るAIによって変化していくECのこれからとは。。

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4つのAI技術の進化がEC変える

「検索と対話」から「実行まで」

―AIによってECが大きく変化しつつあります。

 2025年までのAIは「検索と対話」でした。ユーザー自らが情報を探しにいって、何かAIに聞いたら答えてくれたり、比較したり、情報を探してくれるというようなプル型、ユーザーが自ら問い合わせるという形が主だったわけです。これが2026年以降のパラダイムとしてはAIが「実行まで」するようになります。

 コマースで言えば、商品を探したり、比較をしたり、提案したりくらいまではこれまでもやってきましたが、購入をする、契約をする、返品をする、といった実際に実行するところも、人ではなく、AIが行っていくようになります。Eコマースは「検索して探す場所」から「依頼して購入が完了する体験」へと役割を今後、変えていくことになるでしょう。

画像、音声、動画を統合的に理解し処理

――ECの変化はどのようなAI技術によるものなのでしょうか。

 主なところでは「マルチモーダルAI」「AIコマース標準化プロトコル」「マルチエージェントシステム」「RAG」の4つです。

 まず、「マルチモーダルAI」です。これはテキストだけでなく、画像、音声、動画を統合的に理解して文脈に即した処理を可能にします。これまでは画像、音声のようにモデルがそれぞれバラバラに存在していて、そこにデータを投入することで理解していましたが、それがすべて統合的に分かるように技術的に進化しました。これにより例えば、写真や類似商品を検索できる高度化ビジュアル検索やAR(拡張現実)技術でバーチャル試着・プレビュー、画像特徴からSEOテキストを生成する自動商品説明生成、動画内の商品を自動認識する動画コンテンツからの商品発見などが可能になりました。

 そもそも生成AIというのはTransformerというアーキテクチャからきており、そのTransformerにはEncoderとDecoderという概念があります。わかりやすく表現すると、テキストや画像などの情報をEncoderに通すことで、コンピューターが処理しやすいベクトルと呼ばれる多次元の数値配列データに変換する仕組みを指します。

 これまでは画像・テキスト・音声をそれぞれ別々のモデルで処理してきたが、Transformerアーキテクチャの進化により、2025年頃にはこれらを統合的に扱えるマルチモーダルモデルが実用レベルに達しました。これにより、検索エンジンやレコメンデーションが、テキスト・画像・音声を1つのベクトルとして統合的に理解することができるようになったわけです。

ECの体験塗り替えるUCP

――ほかには。

 次にAIエージェントの共通言語「AIコマース標準化プロトコル」です。これは例えば(ChatGPTやGeminiなどの)AIエージェントがSlackやGmailの情報を取りにいきたいという時に、それぞれのAIエージェントが個別に開発をしていたら大変なので、そうではなく、異なるAIやシステムが通信・取引するためのルールを整備したというようなものです。

 コマース関連のプロトコルもどんどんと出てきており2025年は既存の決済・代行会社のシステムと連携できるようにするACP(AgenticCommerceProtocol)がOpenAIとStripeから、また、Googleからも同じくAP2(AgentPaymentsProtocol)という決済関連のものがリリースされ、そして2026年1月にはGoogleからUCP(UniversalCommerceProtocol)というコマースを円滑化するための、つまり生成AIが既存のECサイトで商品を探したり、購入するためにデータにアクセスする際の規格が出てきました。

 これに対応するには技術的な実装が必要で、具体的には対応するAPIを作る必要がありますが、EC事業者が対応するためには非常にコストがかかります。現時点で対応しているのはShopifyなど特定のテック企業同士が行っているなど少数に限られていますが、「UCP」は人々のEコマース全体の体験を塗り替える可能性があります。これが広まってくるとAIが適した商品を探すだけでなく使用できる割引クーポンなども提案してくれるなど、これまでAIがやりにくかった凝ったこともできるようになるし、当然、決済などAIで完結できるコマース体験ができるようになります。

ユーザーの体験としては例えばChatGPTやGeminiで「来月、彼女の誕生日だから何かプレゼントしたいんだけど何がいいかな?」と質問すると、色々なサイトの中から商品を提案してくれて、しかも割引クーポンをみつけてくれて割引もしてもらえると。そしてそこには購入ボタンがついていて、そのまま押すと一切、ECサイトに飛んだりせずにその場で決済が完了して完結するようになります。

――「マルチエージェントシステム」については。

 「マルチエージェントシステム」とは単一のAIエージェントがすべてを行うのではなくて、それぞれエージェントの下にたくさんの特化型エージェントをつけるものです。例えば検索、商品提案、決済などそれぞれの機能に特化したサブエージェントのことです。それぞれ分散して並列で動いた方が早いため、いわゆるオーケストラ的に指揮をする汎的なAIエージェントが各特化型エージェントを動かすことで、単体のAIではできないことができるようになります。

 例えば予算5万円で春のカジュアルウェアを一式そろえたい、というような複雑な買い物も、商品の分析から検索、提案、決済とそれぞれのサブエージェントが行い、マスターのエージェントがそれを総合することができるようになります。

――RAGとは

 「検索拡張生成(RAG)」と呼ばれる技術とは、生成AIは学習されたデータしか本来応えることができないわけですが、データベースに都度、問い合わせをして最新のデータでも返答するというものです。ChatGPTに昨日のニュースを尋ねてもちゃんと返ってくると思いますが、あれは別にモデルが学習しているのではなく、その都度、ウェブに問い合わせをして返しているのですが、これもRAGです。

 問い合わせ先をインターネット全体ではなく、自社のデータベースとすることで自社のサービスや商品についての質問に回答してくれるAIエージェントを作って通販サイトに導入するEC事業者も増えていますが、これもRAGの技術の発展によるものです。この「マルチモーダルAI」「AIコマース標準化プロトコル」「マルチエージェントシステム」「RAG」がこれからのAIコマースの未来を形作る技術的なブレイクスルーと言えるのではないでしょうか。

AIへの最適化「AIO」と「UCP」への対応に取り組むべき

EC事業者がすべきことは?

――AIによってECの在り方が大きく変わっていく中でEC事業者がすべきこととは何でしょうか。

 大前提としてまだAIがECを大きく変えているわけではありません。実際問題、AIによってEコマースの流通総額を大きく押し上げたという事実はないわけですし、近々でECの業界が何か大きく変わるわけではないと思います。ただし、ビッグテックであるGoogleやOpenAI、Eコマースで言うと、ShopifyやWalmartというようなグローバルのリーダー企業たちがAIが人間の代わりに商品を探してECで購入するという“未来”に向けて様々な準備を進めています。これまでのEコマースもすべてビッグテックがけん引してきたという流れがあるので、近い未来には「エージェンティックコマース」と呼ばれるAIが人に代わって商品を探す、買うという形がECで大きなシェアを握っていくと思います。

 そうした中で今、EC事業者がすべきことの1つはAIへの最適化、「AIO」です。これまで検索エンジンへの最適化「SEO」があったと思いますが、それに近いものです。ChatGPTなどのAIが読み取りやすいように各種データを変えていこうということです。

 分かりやすく言うと、AIというのはユーザーの質問の文脈や意図にあわせて回答しますが、そういったAIの特性に合わせて、AIが回答を生成しやすくなるような材料(情報)を商品の紹介文などに用意していく必要があります。例えばシャンプーを販売しているとして、これまでのように成分のようなスペックだけでなく、「〇〇という悩みを持っている人におすすめ」とか「AとBで迷っている人には〇〇という理由でAがおすすめです」といったAIが商品の特長や利点をあげやすい情報を出してあげることがポイントになります。

 そういった意味ではレビューの収集も大切です。AI時代においてAIはレビューを特に重視する傾向にあるため、その重要性はこれまで以上に増しています。まずはしっかりと集め、サイト上に表示しておくことです。

 AIOの手段はほかにも多数あります。当社(STRACT)では2025年10月より、EC事業者の取扱商品データを出品先の仕様やAIOの観点で最適化して提供する「PLUGCommerceGateway(プラグコマースゲートウェイ)」を展開しています。コンサルティング会社や各種ツールも充実しているため、すぐに取り組めると思います。

――ほかにEC事業者が取り組むべきことはありますか。

 もう1つは先ほど申し上げた「UCP」への対応です。UCPだけがすべてではないのですが、UCPのような新しいプロトコルに沿ってECサイトを構築していきましょうとECをけん引するビッグテックを中心に提唱されていくようになるはずなので、そうした流れにあわせてEC事業者は自社のシステムを変えていく準備をする必要があります。

 AI時代において対応を誤ると自社の商品がユーザーに届かなくなってしまいます。EコマースにおいてGoogle検索が利用されなくなり、代わりにAIエージェントが仲介するようになるためです。とはいえ、実際に対応するにはECサイトのシステムに徹底的に手を入れなければならないでしょう。また、老舗のEC事業者などですと古いシステムを使っていたり、パッケージのソフトウェアを使っていたりして、対応自体が難しい状況だと思います。対応策としてはShopifyのような、国内でも最新の規格にも対応できるようなテクノロジーに精通したカートシステムへの移行を検討することも1つの手だと思います。

 今すぐではないにせよ、エージェンティックコマースは必ず来る未来です。EC事業者はそれに対応するためにもすぐに議論自体は始めておいた方がいいでしょう。

AIへの最適化「AIO」と「UCP」への対応に取り組むべき

AIへの対応に一歩リードできれば競合を出し抜ける

――AIがECを変えていくことでEC市場全体の在り方も変化していくのでしょうか。

 日本ではECモールを主戦場にECを展開する事業者も多いですから、AI時代にそうしたECモールはどうなっていくのかと思う事業者も多いかと思います。短期的にどうなるかということはないと思いますが、これまで通りにはいかないと思います。

 ECモールの強みであるポイント経済圏は、情報の選択コストや購買のフリクションを度外視しても、その経済圏に留まっていれば得になる、そうした構造的な差分を利用したものです。これがAI時代になってくると、データをすべてフラットに集めて「あなたにとってお得なものはこれ」と示すようになるため、どこで買おうがお得な商品にスイッチされてしまいます。そのため、ECモールはそれに対応して形を変えていかなければシェアが奪われてしまうかもしれません。

 とはいえ、今すぐにユーザーの行動が変化するわけではないと思いますが、中長期的にはECモールはこれまでのように使われなくなるかもしれません。

 EC事業者としてはECモールだけに頼るのではなく、自社のECサイトもしっかりと構築して、仮にAIが「購買の入り口」となった時にも、対応するカートシステムなどを使って、自社サイトは最適化しているので大丈夫ですとなるように、あらゆる状況に対応できるようにしていくべきかと思います。

情報の収集はしっかりとしておくべき

――EC事業者がAI時代のECで気を付けるべき点は。

 AIの発達でEC事業者にとっては、これまでとは異なるルールの新たなチャネルが出てくることになるため、売り上げ増を狙うことができます。また、これまでは出店先のECモールでいかに埋没しないようにするか、いかに繋ぎ込みができるようにするか、Google検索で上位に表示されるかという対策だったと思いますが、そうしたルールは一掃され、ChatGPTやGeminiなどAIへの対応が必要となってきます。

 逆にここで一歩リードできれば競合を出し抜ける可能性があります。当社でも「PLUG」を横断検索して希望商品を最安値で購入できるアプリを展開しております。ECで商品を購入できるという点では、エージェンティックコマースを担うChatGPTやGeminiと同じ立ち位置にあります。Eコマースという側面では当社のサービスも今後より利用されるかもしれませんし、先ほどの「PLUGCommerceGateway」のようにAIOに対応するためのツールの提供も行っています。ご興味を持って頂き、まずは試してもらえればと思います。

 いずれにせよ、AIのような新しい技術が出てきた時には、そこに付け入ろうとする業者も出てきて、割に合わない法外な料金を払わされたりすることも往々にしてありますので、情報の収集は
しっかりとしておくべきでしょう。



伊藤輝(いとう・ひかる)氏

1995年生まれ。北海道出身。ソフトウェアエンジニア。8歳より電子工作・プログラミングを始め、14歳から自作ソフトウェアの収益化、15歳からモバイルアプリの開発を始める。個人事業として開発していた音楽アプリのヒットを契機に、慶應義塾大学在学中の2017年、株式会社STRACTを法人成りにより設立。開発したアプリはシリーズ累計国内500万DLを達成。事業売却後、2022年よりショッピングアシストアプリ「PLUG(プラグ)」を開発。大学の研究室ではユーザインタフェース(実世界インタフェース)の研究に従事。IoTデバイス「MagicKnock」を開発。

◇ 取材後メモ

AI技術の進化によってウェブで買い物をする際、これまでのように自身が検索し、比較検討した上で購入に至るという流れではなく、AIとの対話で提示された商品を選んで買い物を完了するという形が一般化していくようです。伊藤社長が言うようにEC事業者はそうした変化に対応してAIO等の対応を進めねばなりません。とは言え、消費者が自社の商品に接触する形がどう変わったところで「ECとしての質」が高ければ選ばれ、そうでなければ選ばれないという原則は変わりません。品質が高く、妥当な値付けで、迅速な配送、丁寧な顧客対応やアフターサービスなど「AIで購入」が当たり前になった時こそむしろ、小手先の集客術やプロモーションの良し悪しではなく、サービス全体の質こそが選ばれ、生き残るための大きなポイントになるでしょう。AI時代だからこそECの本質を磨くことにこれまで以上に注力していくべきでしょう。

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