藤本翔●Casie代表取締役ーー越境ECがビジネスの軸に成長

 絵画などアート作品のサブスクサービスを手がけるCasie(カシエ)は、越境ECサイトを通じて海外に作品を販売する事業が成長して主軸のビジネスになるなど、この数年で事業構造が大きく変化した。その背景には国内アート市場のいびつさがあるようだ。藤本翔社長が語るカシエの現在地と成長戦略とは。

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アートの国内市場は作り手と流通規模に大きなギャップがある

海外の展示販売会が好評

――現代アートのサブスクサービス「カシエ」がJADMAの「次世代コマース大賞」で大賞を受賞して4年くらい経ちます。事業展開などに変化は。

 会社の事業構成が大きく変わりました。現在、当社は2つの事業を手がけていて、1つがサブスクサービスの「カシエ」で、これは国内で引き続き展開しています。もう1つが、2023年頃から本格始動した「KyotoArtGallery(KAG)」という事業で、海外向けにアート作品を販売しています。いま、当社の売り上げの7割弱くらいがサブスクではなく、アート作品の海外向けの販売です。

 海外へは越境ECサイトを通じてアート作品を54カ国190都市に販売実績があります。越境ECだけでなく、海外のギャラリーと提携してパリやベルリンでリアルの展示販売会を開催しています。国内では京都に3つのギャラリーがあって、これから東京にもギャラリーを作ります。京都のギャラリーには毎日のように外国人が訪ねてきて、作品を買ってくれています。元々、本社オフィスは「カシエ」事業を行うためにアート作品を保管したり、配送したりするための場所だったのですが、今ではギャラリーとしての機能も兼ね備えています。

――海外販売は最初から順調だったのでしょうか。

 越境ECは、始めてみたものの当初は全然売れませんでした。23年7月に、越境ECで多少の販売実績があったベルリンで、アートフェアの会場を丸ごと借りて展示販売会を開きました。日本から色々なジャンルの絵を100作品くらい現地に持って行ったら、ほぼ完売しました。その後、ベルリンを中心に欧州で展示販売会を開き、多くの来場者の声から海外にはニーズがあると感じたので、越境EC専門の人材を採用して、ECチャネルでの海外販売を本格化しました。

――展示販売会が成功した理由は。

 そもそも、マーケットの構造が少しおかしくて、世界ではアート作品が売買される市場は年間9兆円くらいです。日本国内では2000億円くらいしかなく、そのうち当社で扱っている現代アートは120億円程度です。一方で、作り手側はというと、日本は美大や芸大の出身者が世界的に見ても非常に多く、画材の市場も大きい。流通のマーケットは小さいのに作り手と教育のマーケットは超巨大という非常にいびつな市場構造になっています。

 絵画を描く総人口が多く、教育プログラムがしっかりしていて基本のデッサン力が高く、画材などの種類が豊富かつ品質も高いので、良い作品も多いです。それなのに流通のマーケットが小さく、需給バランスが崩壊していて作品の価格は安くなるので、海外に作品を持って行くと、「こんなに上手で、見たことのない絵の具を使っているのに、こんなに安いの?」と驚かれます。

――海外では絵画を買う人が多いのでしょうか。

 欧米には、アフォーダブルアートという良心的な価格で手に入れられるアート作品があって、アフォーダブルアートのフェアなども大規模で開催されているほど、アート作品は身近な存在です。日本にはそういう土壌がないので、アート作品に触れる機会を増やすためにサブスクを始めました。

――海外での展示販売会によって越境ECも軌道に乗ったのでしょうか。

 越境ECの売り上げも増えましたし、京都のギャラリーに来る人も増えました。一番新しいギャラリーは3階建ての建物を一棟借りしました。保管スペースが広く、ギャラリーは畳の日本スタイルで9月頃にオープンします。

――東京にもギャラリーを開設する。

 東京で仕事をするメンバーも増えました。国内の事業も少し状況が変わってきていて、サブスクサービスは従来、一般個人宅向けが中心でしたが、今は法人向けが軸になりました。レンタルサービスの取り引きをきっかけに、アート作品の受注制作依頼も入るようになっています。ルイ・ヴィトンさんの事例では、実店舗のリニューアルに当たって店舗空間のアートディレクションを担当しました。ブランドの世界観や店舗のコンセプトをていねいにヒアリングした上で、どのアーティストのどういう作品がこの空間に置かれるべきかを考えて、ディレクションしました。

――「レンタルから大きくビジネスが広がっています。

 アーティストから預かった作品をサブスクサービスで流通させて報酬をお渡しするという世界線から、海外に作品を販売したり、国内で受注制作を請け負ったりすることで報酬単価が大幅に上がるので、当社からの報酬が年間500万円を超えるアーティストがたくさん出てくるようになりました。契約している1600人のアーティスト全員にではありませんが、国内のギャラリーでは取り扱いができなかった作品に価値をつけて流通させて、アーティストに適正なロイヤリティを支払うということが、少しはできるようになってきました。

サブスク用の情報管理が奏功

――越境ECとレンタル事業を両方展開するメリットは。

 越境ECは誰でもやっていることで、グローバルなアートのマーケットプレイスもあるので、アーティスト自身が出品したり、国内のギャラリーが越境ECにチャレンジしたりするケースもありますが、なかなか売れません。当社はなぜ売れるのかというと、やはり国内でサブスク事業を展開しているからです。いくつかポイントがありますが、まずは作品の現物を手元に保管していることが、海外向け販売では大事です。海外のアート業界は偽物の流通が多く、アフォーダブルアートの領域でも原画ではなくプリントが届くなどのトラブルがあります。作品の真贋を担保するのはギャラリーが自身の目利きで本物であることを確認した上で作品現物を保管していることです。当社はサブスクを展開していて、作品を審査して自分たちで撮影し、保管していたので、1万6000点に上る作品の真贋については信頼性が高いです。また、越境ECは注文からすぐに届けられるかも重要になりますので、現物を保管していてすぐに発送できるのは強みになります。

――その他のポイントは。

 何と言っても、サブスクサービスを機能させるために作った社内のシステムが海外の流通でも本当に役に立っています。とくに、各作品の情報としてアーティストの名前や作品のタイトルはもちろんのこと、キャンバスのサイズ、作品のモチーフ、重量、使用している画材、細かい色味など作品の詳細データを19~22項目入力しています。サブスクを継続利用してもらうためにはレコメンドも必要で、各作品のデータを細かくとっていました。この絵を好む人はこの絵も選ぶ傾向があるということがデータでとれます。こうした情報管理をずっとやってきました。

――データ活用の成果は。

 越境ECも最初の1年半くらいはなかなか売れなかったのですが、少しずつ売れてくると、この都市の人にはこういう色味を好む傾向があるといったことが、だんだん分かってきます。売れれば売れるほど情報が蓄積され、今は月に150~200作品くらいを海外向けに販売しています。

 好みに応じて、ユーザーごとに自動でマイページに掲載するおすすめ作品を入れ替えるシステムがサブスクであったので、世界の人に発信するときも、都市ごとに見せる作品を変えることができます。当社は、流通とコンテンツのつじつま合わせが得意なので、都市ごとに最適化したキュレーション展開が売り上げに貢献していると思います。

――越境ECはどんなプラットフォームを使っていますか。

 アートに特化した米国のECモール「Artsy」に出品しています。恐らく世界で一番、ECでアート作品を販売しているモールだと思います。取り扱う作品のほとんどがアフォーダブルアートです。当社では越境EC売り上げの9割くらいを「Artsy」経由で販売しています。あとは自社サイトも運営しています。

1億円を調達するよりも1億円分の作品を売る方が尊い

作品保管数を3万点に

――改めて、レンタルから海外販売に軸足を移した経緯は。

 時系列で話しますと、2019年~22年くらいまでは一般個人宅向けのサブスクサービス「カシエ」を拡大するために取り組んできました。コロナ特需を受け、新規顧客が大量に入ってきて、テレビの取材も受け切れないくらい入って、「サブスクだけで上場も行ける」と勘違いしていました。ところが、21年後半から22年にかけてユーザーが減りました。ウェブ広告の構造が変わり、顧客獲得単価が崩壊し、「サブスクは駄目かも」と思い始め、22年からは海外向けの販売を始めました。24年には「海外がメインになるかも」と思い、海外販売に強いスタッフの採用を本格化しました。24年から26年はずっと海外メインで事業を展開しています。

 26年からは国内で法人向けのサブスクというか、アートディレクションカンパニーになり、レンタルでも作品を用意できますし、受注制作も受けられるようになりました。国内は急成長はしなくても、継続率が高いので地盤固めの事業です。海外販売は単月で見ると凸凹はありますが、四半期ベースではしっかり成長しています。ですので、国内のビジネスで土台をしっかり築き、より高くジャンプするために海外事業があるという感じです。

――現状、ベンチャーキャピタルからの資金調達はしていますか。

 22年を最後にしていません。今はスタートアップ界隈から少し距離を置いています。スタートアップのコミュニティや資金の集め方、事業の作り方にはセオリーがあって、そのセオリー通りに進んだら当社は潰れると思ったので、途中から切り替えました。エクイティ・ファイナンスで1億円を調達するよりも、1億円の売り上げを作る価値の方が圧倒的に大変ですし、尊いと感じています。1億円の売り上げを作るということは、1億円分誰かに喜んでもらっているということなので、そちら側に集中したいと思いました。

――今後、個人宅向けのサブスクはどのように取り組みますか

 国内の一般個人宅向けサブスクやアートの流通については長期的視野で見ていきます。先に海外販売に力を注いで、「フランスで人気の日本人アーティストの作品がサブスクで借りれます」とうたった方が個人宅向けにはいいかもしれません。

――国内サブスクの現状は。

 一般個人宅向けのサブスクは原料価格や物流費の高騰などから価格改定をしたのでユーザー数が減っています。法人向けはオフィスやクリニック、店舗などでの利用が徐々に増えています。

――同じ立ち位置の会社は少なそうです。

 街のギャラリーは年間の販売点数は少なくても、伊藤若冲や岡本太郎などの近代美術を扱っています。近代美術に比べると現代アートは作品の単価が低く、単価が低いと数を売らないといけなくて、そのためにはストックが必要になるので、経営効率が悪く、誰もやりたがりません。当社は1万6000点の作品を保管し、現代アートの領域に特化したことで、サブスクもできるし、海外販売もできます。ECは商品数が増えれば売り上げも伸びるので、3万点の商品を扱えれば、ほぼ倍の売り上げが期待できます。9月に京都にオープンするギャラリーには保管スペースが広いので、引き続きアーティストの数と作品を増やしていきます。



藤本翔(ふじもと・しょう)氏

1983年大阪生まれ。亡き父が生涯画家を貫いたが、作品発表の機会を満足に得ることができずに苦労した姿を幼少期に体験。才能ある画家が経済的理由で創作活動を断念する現在のアート業界に課題を感じ、新しいアートのエコシステムを考案。総合商社、コンサルティング会社勤務を経て、2017年株式会社Casie(カシエ)を創業。代表取締役CEOに就任(現職)。

◇ 取材後メモ

Casieが運営するアート作品のサブスクサービスは、JADMAの次世代コマース大賞を受賞するなど社会性や将来性が高く、メディアからも注目されました。数年前の取材で、藤本社長は「日本では美術館を訪れる人は多くてもアート作品を買う文化はあまりないので、レンタルサービスで作品に触れる機会をもっと作りたい」と話していました。こうした思いは、藤本社長の父親が画家で、作品が思うように売れないまま若くして亡くなった姿を幼少期に体験しているからこそかもしれません。今はサブスクよりも越境ECサイトを通じた海外販売が軸になっていますが、結果的に“レンタル”よりもアーティストの生活をよりサポートできる“物販”が拡大することは、才能あるアーティストのためになっているのかもしれません。

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