望月一宏●エイチームコマーステック代表取締役社長 “自宅に届く”が一番の価値

 エイチームのグループ会社で自転車専門の通販サイト「cyma(サイマ)」を運営するエイチームコマーステックは、2021年7月期のEC売上高が前年比12.5%増の35億9500万円で過去最高を更新したほか、営業利益が8400万円となり、サービス開始から8年目で初の通期黒字化を達成した。自転車業界ではEC購入品の店舗受け取りが一般的な中、「ちゃんと自宅まで届けることが一番の価値」とする。望月一宏社長が語る「サイマ」の好調要因とは。

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自転車業界にはECをリードする企業がなかった

3密回避でニーズが拡大

─国内の自転車市場は。

 国内の自転車市場は2000億円~2500億円規模と見られています。人口減少とともに年々、販売台数は減っていますが、電動アシスト自転車やスポーツバイクといった単価の高い自転車の比率が高まっていることで、市場規模としては前年と同水準か微増で推移していて、非常に安定的な市場だと思います。

─コロナ禍でニーズの変化はありますか。

 自転車は3密を避けられるパーソナルな移動手段としてのニーズが高まり、2020年に初めて緊急事態宣言が発令された頃から21年春くらいまでの約1年間は市場の盛り上がりを実感しました。ただ、足もとではだいぶ一服してきています。

─コロナ特需が一巡しました。

 2020年は自転車の供給も細りました。需要が高まったことと、供給側が不安定になったことで、当社も在庫の確保にはかなり苦労しましたが、確保した自転車とお客様が求める自転車がうまくマッチして、「サイマ」の販売は好調でした。市場全体としては、20年の需要増に対して供給が追いつかない部分もありましたが、いまは需要も落ち着き、生産面が追いついてきたことで平常ベースに戻ってきた感覚です。

─供給不足の原因は。

 自転車本体は国内生産も海外生産もありますが、部品の生産はほぼ海外ですので、海外で部品の生産が滞ると国内の供給量は不安定になるという課題が表面化しました。

─約8年前に「サイマ」を立ち上げましたが、自転車とECの相性はどうでしょうか。

 自転車はすごくECチャネルに向く商材だと思いますが、取り扱いの難易度は高く、参入障壁も高いと思います。お客様はたくさんの自転車の中から好みの1台を選びたいのですが、遠くまで出かけるのは面倒だと感じていると思います。一方で自転車の展示スペースは1台につき冷蔵庫と同じかそれ以上の面積が必要で、駅前などの店にたくさんの商品を展示するのは難しいのが実情です。品ぞろえが豊富な自転車店は郊外のショッピングセンターなどに限られていて、車がないとアクセスできなかったり、買っても持ち帰るのに大変だったりします。

─自転車はけっこう大変な買い物ですね。

 その通りで、ECチャネルであれば、たくさんの商品の中から好みの自転車を選べます。買い物が簡単になるということが一番の顧客メリットと言えると思います。

─自転車をECで売る難しさもあります。

 これまでECで買われていなかった商品が買われるようになる時には、それをリードする会社があったと思います。例えば、靴などの商材も実店舗でなければサイズ感が分かりにくいと思いますが、返品や交換ができる通販サイトなどが登場し、「ECで買っても安心」と感じる人が増えてきて一般化していく流れだと思っています。そういうことがどんな商材でも起きていると思います。

 ただ、自転車業界では、そういうプレーヤーが出てきませんでした。その上で、自転車は決して安い買い物ではないので、商品に対するしっかりとした説明が欲しいですよね。また、事故が起きれば重大なケガにつながる可能性もありますので、安心できない店では買わないというのが消費者心理でしょうし、そうした点が自転車を購入するときにECが選択肢に入ってこない理由だと思います。

有店舗企業と差別化

─自転車専門の通販サイトとしてのポジションは。

 一定の認知とポジションはとれてきている感覚はあります。購入後のアンケートなどでコメントを頂く機会がありますが、「お店に行く時間がなくて困っていた」とか、「ピンとくる自転車が近くのお店にはなかった」「自宅まで届けてもらえるので購入した」といった声は多く、利便性の良さから「サイマ」を利用されるお客様が多いですね。一方で、利便性と人が介在する安心感を天秤にかけたときに、ECを利用されない人の割合はまだ高いと感じています。

─「サイマ」の一番の強みは。

 ECで自転車を購入できるサイトはほかにもありますが、自宅まで届けるサービスは「サイマ」以外にはほとんどありません。他社の通販サイトも1万円くらいの高い送料を支払えば自宅まで届けてくれますが、店舗で受け取ることで送料無料とするサービスがほとんどです。

─来店を促す通販サイトが多いですね。

 消費者目線では、「高い送料を支払うのであれば店に取りに行こう」となると思いますが、それは厳密に言うとネットで購入しているだけで、店に行って買い物をするのとたいして変わらないと思います。オンラインで購入してオフラインに来てもらうO2Oの流れで、実店舗のサービスの延長だと感じています。

─「サイマ」は自宅まで届けています。

 「サイマ」は購入した自転車が自宅にちゃんと届くというのが、実店舗を持つ企業との一番の価値の違いになります。自転車を完成車として組み立てて、配送網に乗せてお客様の自宅に届けるというのはかなりハードルが高く、一番の参入障壁だと思います。「サイマ」も通期の黒字化までに8年かかりました。

─送料も抑えている印象です。

 「サイマ」では関東甲信越、中部・北陸、近畿地方であれば税込3278円の配送料で自宅まで届けます。自宅まで届けるというのが「サイマ」の一番の価値ですが、これまではお客様にその価値をしっかり説明できていなかったと感じています。

初の通期黒字化を達成

─2021年7月期に通期黒字化を達成しました。

 黒字化は現場のスタッフも含めて長年の悲願でした。通期黒字化の要因としては、在庫の持ち方と品ぞろえの見直し、オペレーションの改善が挙げられます。

─在庫の持ち方とは。

 倉庫では注文が入る度に商品を在庫の中から見つけて組み立て、整備などを行う作業スペースに持っていく必要があります。効率の良いピッキングが求められますが、2年前は在庫のムダが多く、ピッキング効率の改善が課題でした。そのため、さまざまな角度から必要な在庫数を検証して絞ったことで、出荷能力が20%以上伸びました。整備、出荷エリアの適正化や動線を突き詰めて倉庫のレイアウトも工夫しました。

─品ぞろえの見直しについては。

 これまで売るべき商品をしっかり決めていなかったのですが、この2年間はとくに電動アシスト自転車の販売を強化しました。倉庫の保管、業務効率化を考えると取り扱える品番数は限られますので、お客様が求める商品にフォーカスして商品を取捨選択しました。この2年間で売上高は大きく伸びましたが、品番数は10%も増えていません。

買い物体験に課題のある市場に積極的に参入する

─オペレーション面は。

 注文を受けてか自転車をお届けするまでの時間が長ければ長いほど収益面でプラスになりませんし、お客様にも喜んでもらえませんので、納品までのスピードアップを図ってきました。商品の仕入れ、販売か注文を受けてか自転車をお届けするまでの時間が長ければ長いほど収益面でプラスになりませんし、お客様にも喜んでもらえませんので、納品までのスピードアップを図ってきました。商品の仕入れ、販売から、整備、出荷に至るまでの各工程で業務改善を図りつつ、各プロセスにおけるチーム連携を深めることで、入荷から出荷までの時間短縮に成功し、コストの最適化につながりました。

─「サイマ」の方向性は。

 黒字化でやっと一安心できましたが、潤沢に利益が出る状態にはなっていません。取り扱っていない車種もありますし、取り込めていない客層も多いのが現状です。潤沢に利益が出る商売を目指すには、幅広い層のお客様と商売できるように車種の拡充を含め、「総合自転車通販」として完成していかなければ成長できません。黒字の状態を続けられればハッピーではありますが、トップラインもしっかり追求していきます。

─新規客の開拓に向けた取り組みは。

 新規客との接点はウェブ広告とテレビCMがメインです。ウェブ広告はネットを使って情報収集をしたり、買い物をしたりする人に向けたアプローチになりますが、テレビCMの場合はマスに向け、ネットで自転車が買えて自宅まで届くサービスの認知を高める役割です。

 商材の特徴もあって、現状ではリピーター向けのアクションよりも新客開拓に重点を置いていますし、実店舗で買うのと変わらないような購入体験をECで実現するためにサービス力を磨くことを優先しています。

─客層の中心は。

これまで電動アシスト自転車の販売を強化してきましたので、女性をメインとした子育て層の比率が高いのが特徴です。

総合自転車通販として成長へ

─今期、「サイマ」で注力することは。

 ターゲット層を広げていくのが今期のテーマのひとつです。この2年間は事業を成り立たせるために品ぞろえやオペレーション、在庫の面で効果が出やすい取り組みに集中してきました。今期は「総合自転車通販」と言えるように品ぞろえや販売チャネルも含めて、多くのお客様に利用してもらえるようにしていきます。

─販売チャネルを広げるのでしょうか。

 現状は自社ECの売り上げが大半を占めています。ECモールでは「楽天市場」や「PayPayモール」にも出店していますが、限られた在庫を自社ECで優先的に販売してきました。今後は出店するモールを増やす可能性がありますし、モールで購入できる商品も広げていきたいと思っています。

─エイチームコマーステックとしてのビジョンは。

 当社は「ココロが動く買い物を」というミッションを掲げています。これまでは自転車通販に取り組んできましたが、そのアセットやノウハウを他の商材に生かして、お客様に喜んでもらえるお買い物の幅を広げていきます。その一環で、ふたつ目の事業として8月にペットフードの通販サイト「Obremo(オブレモ)」をオープンし、まずはドッグフードの販売を始めたところです。

─次の事業にペットフードのECを選んだ理由は。

 当社は、消費者の買い物体験に課題がある市場に積極的に参入していきます。ペットフードについては、社内開催の新規事業コンテストに私を含めてペットを飼っている社内の数人が事業を提案し採用されました。まだ事業として地固めをしているところで、準備が整えば販促を含めてアクセルを踏んでいきます。

─人員は増やしていくのでしょうか。

 ECは決して利益率が高い商売ではありませんので、少数精鋭の組織を作っていきます。お客様に喜んでもらえることと、当社の収益につながることを見極めていくことが大事になります。


望月一宏(もちづき・かずひろ)氏

2001年に大手アパレルチェーンに新卒入社、複数の店舗において店長を経験。08年からは大手ECモールにて出店店舗に対するコンサルティング営業のプレイヤーからマネジメントを担当。15年にエイチームライフスタイルに入社、中古車買取メディア事業の責任者を経て19年6月にエイチーム⦆EC事業本部部長に就任。21年8月に複数の商材を取り扱うECサイトの企画・開発・運営するエイチームコマーステックの代表取締役社長に就任。自転車専門通販サイト「サイマ」の継続成長と新規事業のドッグフードEC「Obremo」の立ち上げに注力中。

◇ 取材後メモ

国内の自転車市場は需要が安定していることもあって変化が起きづらい業界のようです。EC市場が拡大する昨今でも、既存プレイヤーにとってECは受注手段としての役割が大きく、購入者はこれまでと同様にリアル店舗で商品を受け取ることが一般的です。「『サイマ』の価値は自宅にちゃんと自転車を届けること」と望月社長が言うように、他の商材では当たり前の自宅配送の仕組みを整え、自転車を楽に買えるようにしました。今後は自転車に限らず、買い物体験に課題のある商材をターゲットに新規EC事業にも取り組むと言います。8月にはペットフードのECを始めた同社の今後に注目が集まりそうです。

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