ステルスマーケティングの規制が始まる。消費者庁は今年3月、「ステマ」を景品表示法の不当表示に指定した。施行は、10月1日。今後、「事業者の表示」であることを隠す広告は、その表示内容の悪質性などを問わず、行政処分(措置命令)の対象になる。ただ、ネット全盛の現代において、社会には「ステマ」もしくはその疑惑が取沙汰される広告が溢れている。これを規制対象とした消費者庁は、自らにブーメランとなって返ってくるパンドラの箱を開けてしまったかもしれない。
社会に氾濫する「ステマ疑惑・懸念」
「ステマではないのか」。山梨県南アルプス市が今年4月、プロモーションの一環として行った取り組みに、外部からそのような指摘が寄せられた。同市は地元の魅力を広めるため、インフルエンサーに情報発信を依頼。地元情報をSNSで発信する際、撮影に関係する旅費や食費などを10万円を上限に補助する取り組みを始めた。
条件は、フォロワーやチャンネル登録者が3000人以上であること。この応募が広報されると、ネット上で〝ステマ懸念〟が浮上した。新たに告示されたステマ規制では、金銭等の対価の提供を通じ、第三者に表示をさせる行為は、それが第三者の自主的意思によらない場合、「ステマ」と判断されるためだ。
結果から言えば、この取り組みがステマ規制を受けることはない。まず、規制は、事業者が対象であり、行政サービスの一環として行う地方自治体は、そもそも景表法の対象外であること、次に施行が10月であることもある。また、同市はインフルエンサーの募集にあたり、ステマとならないよう、「PR」等の表示を行い誤解のないよう取り組みを進めることを明言している。
新たに始まるステマ規制では、「広告であること」が明瞭である表示例の一つに「PR」等の表記を行っていることをあげている。
とはいえ、こうした懸念の払しょくは簡単なことではない。「ステマ」に対する消費者の認識は多様であり、法律上の瑕疵がなく、自治体側が細心の注意を払っていても、
「ステマではないか」と誤解したり、指摘する者が現れないとも限らないためだ。
19年には、京都市が地元出身の芸人に市の施策を発信してもらうため、芸人の所属する吉本興業と業務委託契約を結んでいたことが明らかになり、ステマとの騒動に発展したこともある。消費者は漠とした「ステマ」に嫌悪感を示す一方、法律で規制される具体的な定義まで把握はしていない。そこに規制の難しさもある。
疑惑放置で行政の不作為指摘も
南アルプス市とほぼ同時期には、香塾という大阪の通販会社が販売していた健康茶にステロイドが混入されていることが行政機関の指摘により明らかになった。一方で話題になったのが、やはり〝ステマ疑惑〟だ。「ジャムー・ティー・ブラック」というこの健康茶について、多くの芸能人、著名インフルエンサーがネット上で推奨コメントを行っていたためだ。
医薬品成分の混入が明らかになると、これら芸能人はブログ記載の削除、ステマ疑惑の否定など対応に追われた。
南アルプス市同様、結果を言えば、これも現状ではステマ規制を受けることはない。規制の施行は10月であるためだ。ただ、仮に施行後であればどうだろうか。
景表法規制は、一般的に水面下で端緒を得た消費者庁により主体的な調査が行われるのが通例だ。多くの場合、処分の公表まで、法違反が明らかになることはない。
一方、「ステマ」は、外形上、これを判断することが難しく、内部通報や前出の例のように、外部の指摘による疑惑浮上が端緒になる可能性がある。疑惑が表面化しているにもかかわらず、これを放置すれば逆に行政の不作為を指摘されることにもなりかねない。社会に「ステマ」が氾濫する中、これに対する対処を求められる行政の業務はひっ迫する可能性がある。
加えて、これまでの「優良・有利誤認」に比べ、ステマ規制の措置命令のハードルは低い。表示内容の悪質性など中身を評価することなく、〝広告を隠す行為〟が明らかになれば、その時点で処分を行えるためだ。世の中に溢れるステマ疑惑への対処で、消費者庁の負担はこれまでよりはるかに重くなる可能性がある。
「社会的な立場・職業」に配慮
これまでに示した事例だけでなく、規制においては、商品に言及するあらゆる表示について、事業者との関係性に踏み込んで実態を把握する必要がある。消費者を含め、自由な表現活動に対する圧力にもなりかねず、憲法が保障する「表現の自由」と鋭く対立する。例えば、サンプルや商品提供を伴うレビュー投稿の依頼など、顧客との関係性の中で行われてきた通常の商習慣に及ぼす影響も大きい。こうした懸念を受け、規制導入と併せ、事業者の予見性を担保する目的で策定された「運用基準」は、当初の案から大幅な追記・修正が行われることになった。
ポイントは、告示の対象外とする事業者の表示であることが「明瞭となっている」事例に「社会的な立場・職業等(例えば観光大使等)から、消費者とって事業者の依頼を受けて表示を行うことが社会通念上明らか者が行う表示」が追記されたことだろう。
ステマは、事業者が第三者を装う「なりすまし型」と、事業者が第三者に表示させる「利益提供秘匿型」がある。後者は、事業者が「表示内容の決定」に関与している場合に、「事業者の表示」となり、明瞭でなければ景表法による措置命令の対象になる。
執行の判断は、「関与(依頼)の有無」→「第三者の意思」というステップで行われる。第三者との「具体的なやり取りの内容(メール、口頭等)」、「対価の内容」、「提供理由(宣伝目的等)」、「両者の関係性(過去から将来に向けた対価提供・継続性)」から関与の有無を評価。明示的な依頼・指示がなくても表示内容を決定できる程度の関係性があれば「事業者の表示」になる。関与があっても、「第三者の自主的な意思」による表示であれば規制の対象にならない。
ただ、過去の基準案に沿えば、日本に根付く贈答文化を含め、あらゆる物品等の提供が「対価」と捉えられかねず、事業者は消費者、第三者との関係に細心の注意を払う必要があるものだった。
加えて、判断の裁量は消費者庁側にある。事業者の防衛策は、あらゆる表示で「広告」の明示を心がけるか、第三者と一切の情報のやり取りを行わないことなど。「どの程度のサジェストまで許容されるか分からない」(事業者)といった懸念があり、顧客や消費者とのやり取りが予測不能な〝ステマリスク〟に晒される可能性があった。事業活動の過度な委縮を招き、本来メリットもある企業と消費者の関係性を必要以上に遮断する恐れがあった。
追記は、「社会的立場・職業」を判断要素とした点で、ほかの「事業者表示が明瞭なもの」と異なる。「第三者の自主的な意思」でない場合も「事業者の表示」と判断されない基準が明記された。
社会的立場・職業とされる「観光大使等」は、あくまで一例だ。消費者庁は、「例えばスポーツ選手がアパレルブランドの協賛を受けている。着用する服にロゴが入っている。選手がそのブランドに言及した場合もあえて広告と言う必要はない。『事業者の表示』とみなさない」(南雅晴表示対策課長)とする。
著名なインスタグラマー、アフィリエイターも、これを生業としていることが明らかな場合、「社会的立場・職業」に属する可能性がある。ただ、知名度や職業の実態は程度問題がある。これには、「言われる通りで、網羅的に判断を示すことが難しい。個別ケースによる」(同)とする。
従業員の個人的発信も対象外
事業者自身が行う表示も、従業員が行った表示を対象にすることによる予測不能な「なりすまし」のリスクに配慮した。判断基準は、基準案においても表示を行った者の「地位、立場、権限、担当業務、表示目的」から「事業者の表示」の該当性を判断するとされていた。ただ、「問題事例」と「問題にならない事例」をより具体的に明記することで、懸念の払しょくが図られた。
例えば、商品の販売促進に関わる役員、管理職、担当チームの一員が事業者であることを隠して表示を行った場合は黄信号が灯る。加えて、内容が「商品の認知向上」、「競合商品の誹謗中傷による自社商品の品質・性能の優良さへの言及」など自社商品の販売促進に関係するものである場合、告示による規制の対象になる。
一方で、「問題とならない事例」も追記した。従業員であっても販売促進に関わらない者が、これを目的とせず表示を行う場合は問題にしないとの説明を加えた。従業員が消費者の立場から行う自由な表現活動に配慮したものとみられる。