オンワードデジタルラボは、オンワードホールディングスグループのデジタル戦略を主導している。通販サイト「オンワード・クローゼット」の運営だけでなく、DXの推進を通じてグループ全体の価値を高める役割も担う。今期はデータとAIの活用をさらに推進するとともに、アプリのリニューアルも計画。「最速・最短で好きに出会えるアプリになる」という。山下哲社長が語るデジタル戦略とは。
なぜその商品を選んだのかはデータでは見えにくい
EC売上は順調に拡大
――グループの2026年2月期の国内EC売上高が前年比12.4%増の約580億円となるなど、ECチャネルは自社ECを軸に成長を続けています。
EC事業は増収となりましたが、まだやり切れていない部分や課題はたくさんあります。今期以降はそうした部分にチャレンジし、デジタルを介したお客様との接点をより強くしていきます。
――具体的にはどんなことでしょうか。
まず、データ活用については、データを使うことはできましたが、それに対する理解が不十分なのが課題です。データ上は、「どこで、誰が、どのような行動をして、購入したか」という情報は分かりますが、「なぜその商品を選んだのか」といった感性、情緒的な部分はデータでは見えにくいです。次の成長に向けてデータ基盤を再整備していく中で、顧客理解をより深めていく必要があります。そういう意味でも、この1年でユーザーインタビューを強化しています。
――どのような形で実施しているのですか。
EC利用者の方に、毎回テーマを変えて8人~10人、1人当たり1時間くらい、カスタマーサクセスのスタッフがオンラインでインタビューさせて頂き、そこで得られた意見をシステムに組み込んだり、デジタルマーケティングの施策として発展させたりしています。例えば、急にあるブランド、ある商品カテゴリーが買われなくなった場合、理由を推測するのは難しいですが、しっかりユーザーの声を聞くと、仕事を引退していたなど、理由は意外にシンプルな場合もあります。買わない明確な理由があるのに従来と同じような施策を打ち続けるのは得策ではありません。当社との関係が長ければ長いほど、生活スタイルが変化するときと重なることが多いので、インタビューなどを行うことで今後の提案に活かせます。データを介して大きな数字として見える部分と、ミクロのところでお客様一人ひとりと向き合うことを両軸で取り組んでいきます。
――その他に前期の課題や成果は。
AIの活用については、かなり加速した1年でした。お客様に向けた機能・サービス面でのAI活用と、業務効率化に向けた部分の両面で進めることができました。お客様向けに関しては、よりパーソナライズや好みに近づけることができるようになりました。例えばレコメンドの領域では、お客様が直近に見た情報だけでなく、過去の購買・行動履歴を含めて、本来はデータ構造として複雑になるものを、AI技術の進化でデータ分析がしやすくなりました。
――その他は。
カスタマーサポートの領域ですと、サイト内のチャットについては、数年前に有人チャットを導入し、当社の社員がお客様の問い合わせに対応する形で成果が出ていました。ただ、今の「オンワード・クローゼット」は外部ブランドの商品も含めてかなり大量の商品を取り扱っているので、有人対応では限界があります。現状、チャットのAI化を学習量も含めて増やしているところです。通販サイトで問い合わせをするほど商品やサービスが気になっているお客様なので、接客をAIで加速させます。すでに問い合わせに対して特定の商品をすすめるところまでをAIが担っています。
――業務面のAI活用については。
グーグルさんとの共同プロジェクトで、ささげ業務用のAIを開発しました。業務の効率化、作業時間の短縮という観点だけでなく、ミスを未然に防ぐためにもAIを活用しています。例えば、ファッションアイテムの組成情報、商品マスタなどを事前に取り込んでおくことで、家庭用洗濯機では洗えないアイテムの商品説明文の中に「洗える」と書いてあったら指摘されるなど、情報提供のクオリティを高めるという点でも、ささげ用AIが貢献しています。
――画像生成AIの活用は。
画像生成AIも活用していて、通販サイトに掲載する商品は、屋外やスタジオでモデルが着用した姿を撮影することがありますが、生成AIの技術を使うことでロケーションの手間や時間を大幅に短縮でき、業務効率は格段に高まったと思います。また、置き撮りの雑貨は安っぽく見えてしまうことがあるので、生成AIの助けを借りています。もちろん、生成画像に嘘がないように、作った画像はささげのスタッフがしっかりチェックしています。
商品レビューを重視へ
――レビューの活用にも注力しています。
EC発のファッションブランド「アンフィーロ」のささげ業務を行うときにベースにしているのが「この商品のここが良かった」といった商品レビューデータで、お客様に響きやすいように、打ち出すワードを柔軟に変更しています。さらに、こういう視点でお客様は見ている、評価しているということを商品開発の段階から共有しています。各ブランドでそうした取り組みを行っていますが、「アンフィーロ」はブランドの単独店舗が少ない分、データ活用を重視しています。レビューに関しては、レビュー投稿キャンペーンを実施し、抽選でポイントを付与することでレビューが貯まりやすくなるような施策も打っています。
――自社ECの新客開拓については。
近年、新規ユーザーを獲得することがすごく難しくなっているので、組織の役割を若干変えました。これまで、広告チームは新規獲得が主なKPIになっていて、その目標に合わせて広告投下量を決めたりしていましたが、本来目指すのは獲得後から長く続くお客様との接点なので、単に入口の部分だけをKPI化してしまうと、良いお客様との関係作りにつながりません。チームの役割を変え、部分最適ではなく全体最適を見ていく体制に変更しました。広告からの新規獲得だけでなく、どういうお客様を獲得して、CRMにつなげていくかという連続性が大事になります。
――2回目以降の購入につなげる施策
当社が持っているサービス、アセットは実はけっこういろいろあって、新しく取り組んでみてけっこう面白いのが、オンライン引き取りサービスです。「オンワード・クローゼット」では自社ブランドのアイテム、外部ブランドの商品に加えてリユースアイテムも取り扱っています。顧客の定着化を図る中で、着なくなったオンワード製品のオンライン引き取りをスタートしたら、手持ちの古着や服飾雑貨を、「オンワード・クローゼット」で利用できるポイントに引き換えて次の新品の購入に充てるという動きが出てきました。過去購買の履歴があるので、「過去に購入したこのアイテムを売りませんか」といった踏み込んだ施策もテストしています。ファミリーセールもリユース品の引き取り場所として機能していて、けっこう古着の持ち込みがあります。リユースの機能を使ってよりオンワード製品を好きになってもらう取り組みはサステナブルの観点からも大事です。
最速・最短で好きに出会えるアプリにリニューアルする
アプリをリニューアル
――アプリの刷新を計画していましたが状況は。
近く、「オンワード・クローゼット」のアプリをリニューアルします。2018年以来なので、かなり久しぶりのリニューアルになります。従来アプリはウェブブラウジングなので、スマホで見るサイトと基本的に中身は一緒です。今回のリニューアルでは、ほぼネイティブ構造のアプリになります。アプリ用にページを作り込むので、リアクションスピードを含めて速さを追求し、「最速・最短で好きに出会える」アプリになる予定です。
――アプリならではの機能などは。
アプリならではの機能として、お客様が見たいコンテンツを自分で選べるようになったり、ECで注文した商品を全国の対象店舗で受け取って試着できるサービス「クリック&トライ」をウェブ環境よりもはるかに使いやすくなったりします。現状、ウェブ版だと在庫がある店舗を探すのに時間がかかりますが、アプリでは待ち時間を極力感じさせない工夫を施しています。
――アプリのKPIなどは。
アプリ経由売り上げなどは公表していませんが、今回の刷新ではお客様が商品に出会うまでのスピードを追求するので、1セッション当たりの表示量は上がると見ていますし、離脱の改善も見込んでいます。
――ウィゴーの状況は。
これまでずっとオンワードでECを担当してきましたが、ウィゴーが対象にしているターゲット顧客、年齢層が異なるので、顧客の継続率やLTVの年数などもだいぶ違います。オンワードの場合は昔からのお客様が長く利用しているので、既存顧客比率や自社EC比率が高いという特徴が強みになっています。ウィゴーの場合は若年層で、継続年数がオンワードよりも短いのでECチャネルでの戦い方も異なってきます。また、実店舗とECの属性を比較しても、ウィゴーは中高生を含めた学生の来店、購入が多いです。一方のECでは決済の壁があって代理購買による買い物が多いので、これまで当社が積み上げてきたノウハウ、施策がそのまま当てはまるわけではありません。
――若い層の獲得は大事です。
グループ全体の視点で見ると、ウィゴーは10代というエントリーの年齢を人数ベースでもかなり獲得できている強みがあるので、その先に続くコンテンツとして何が提案できるのかを、グループとして考えないといけませんし、ウィゴー単体としても中高生以降のブランディング、コンテンツ含めて強化する必要があります。これまでの成果としては、ウィゴーは独自の会員プログラムを持っていて、店舗数も全国に200弱あって、売上高における会員の構成比率がかなり上がってきています。店舗もECも既存顧客の購入が2ケタ以上伸びていて、獲得から継続購入までの施策が奏功しています。地道な取り組みですが、店頭で会員獲得に向けたアプリインストールの声がけを徹底しています。
――今期、さらに強化することは。
データ関連では、9月頃にデータ基盤をリニューアルする予定です。5~6年前、「オンワード・クローゼット」をリプレイスしたときにデータ基盤も刷新し、お客様の情報を一元管理できるようにし、成果がありましたが、データを細かく使うという点では十分ではなかったです。というのも、SQLなど専門的なコードを書いてデータを抽出する必要があり、使いこなすのが難しいです。次のデータ基盤は自然言語で調べることができるので、デジタル部門のスタッフだけでなく、MD担当者など幅広いスタッフが使えるようになります。また、エージェンティックコマースの可能性について、サイト内で買い物のアドバイスを行うのは、従来はチャットでしたが、AIエージェントとして実装したらどんなものができあがるかというチャレンジもしていきたいですね。
あとは、実店舗とECは互いに補完し合う関係なので、クロスユースの割合は重視しています。リアルとECのクロスユースだけでなく、グループの経済圏にはさまざまなサービス、コンテンツがあるので、幅広い意味でのクロスユースを促進していきたいです。
山下哲(やました・あきら)氏
2006年に株式会社オンワード樫山に新卒入社。販売、営業を経て、12年にEC部門へ異動。セールス、サイト全体運営、ECロジスティクスを担当する傍ら、全社在庫の一元化や、ECシステムリプレイスなどのプロジェクトに参画。20年にオンワードグループ全体のデジタル事業をサポートする新会社(株式会社オンワードデジタルラボ)に出向後、カスタマーサクセスに向けた会員基盤運用やシステム運用、デジタルマーケティング全般を統括。23年より株式会社オンワードデジタルラボ代表取締役社長に就任し、株式会社オンワード樫山EC戦略グループ長、24年より株式会社ウィゴー取締役CDOを兼務。
◇ 取材後メモ
オンワードはホールディングスの保元社長がECの担当役員を務めていたこともあり、以前からEC事業は外部モールに頼ることなく自社ECを軸に成長してきました。グループのデジタル戦略を担うオンワードデジタルラボの山下社長も15年近く、グループのEC事業に携わっています。アパレル企業の中には、ECに強い他のアパレルや他業種からECの責任者を招へいして自社のECの成長を託すケースも見られますが、オンワードの場合はECビジネスに長けた経営層のお陰で、戦略がブレることなく、ECへの投資やOMO施策を強化できている点が強みのひとつだと思います。