田端竜也●大丸松坂屋百貨店経営戦略本部DX推進部部長アナザーアドレス事業責任者ーー 服を選ぶ醍醐味をサブスクで提供

大丸松坂屋百貨店が運営するファッションサブスクサービス「アナザーアドレス」は、百貨店の信用力をベースにした品ぞろえが利用者から支持されている。2027年2月期までの黒字化に向け、今年からは新規客層へのアプローチを開始。足もとではデジタル広告を積極活用し、メインターゲットであるアッパーミドル女性の認知拡大に努めている。田端竜也経営戦略本部DX推進部部長が語るサービスの強みや成長戦略とは。

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ECに出遅れた失敗を繰り返してはいけない

ファッション潜在層を開拓

─ファッションサブスクを手がけることになった理由は。

 ビジネスの観点で言うと、百貨店はバブル期に絶頂を迎えて以降、厳しい環境にあります。足もとはインバウンドで盛り返している部分はあるものの、トレンドとしてはマイナス傾向です。バブル崩壊以降で一番大きな失敗だったのが、Eコマースという潮流に対して完全に出遅れてしまったこと。2000年のドットコムバブルでアマゾンや楽天が立ち上がったときは、百貨店もまだ小売りとしての力がありましたし、百貨店で取り扱っているアパレルなどは、接客を受けながら実物を見たり触ったりできる実店舗があるからこそ売れるものという感覚でした。

─服もECで買うようになった。

 その結果がいまの状況だと思っていて、ラグジュアリーブランドも含めてネットで買う時代になり、アマゾンや楽天にはとても追いつけない状況で、こうした失敗を繰り返してはいけません。モノのシェアやサブスクは、モノだからこそ劣化もするしコストもかかるので今のマーケットは小さいですが、10年~20年後にまたECの時と同じように乗り遅れてしまうのではと思いました。そこで、将来的なリスクや消費の転換点となる可能性があるのであれば、社内ベンチャーの形で参入してリスクヘッジをすればいいというのがビジネスの視点です。

─社会的な意義としては。

 「アナザーアドレス」は“FashionNewLife”を事業パーパスに定めていて、ファッションの新しい消費スタイルを作っていくために大きく2つの軸があります。1つが、ほめられる循環型のビジネスモデルを構築することで、これまで百貨店は大規模小売業として大量生産・大量消費で生きてきました。そこに一定の責任を負うべきと感じています。

─もう1つは。

 服には人を元気にする力があります。当社は呉服屋から始まっていますが、ラグジュアリーブランドを日本に持ち込んで、ファッションと一緒にバブル期まで成長をしてきました。バブル崩壊以降、百貨店全体としてはファッションの売り場は縮小傾向にあります。デザイナーブランドを買うのは一部のお金持ちか、ファッションラバーに限られています。

─状況を変えたいということですか。

 都市型の生活をしている人がデザイナーブランドに触れなくなっているのは非常に残念なこと。デザイナーブランドを着ることで自信を持つことができ、その結果として仕事がうまくいくかもしれないし、人生を変える力があると信じています。多くの人にファッションをもう一度楽しんでもらうことが今のマーケットには必要だと思うので、「アナザーアドレス」を始めたというのが社会的意義の側面です。

─「アナザーアドレス」を立ち上げるのに苦労した点は。

 47ブランドでスタートしましたが、業界からの賛同を得るのが大変でした。経営陣からはブランドがこちらを向いてくれるなら始めていいと言われていました。最初に「メゾンマルジェラ」や「マルニ」が賛同してくれて、その後に「クロエ」「ヴァレンティノ」が入ってくれたことで、他ブランドの開拓も進みました。

─ハイブランド参加の決め手は。

 欧米はサステナブルという点では進んでいるので理解してもらいやすかったのですが、ブランド棄損などを非常に気にしていたので、各ブランドとの交渉に際しては当社の経営陣が同席し、会社の姿勢を示すことができました。ただ、小売業の百貨店がレンタル事業を手がけていいのかという声もあったので、百貨店を前面には出さずに、「アナザーアドレス」は別の事業という形でスタートしました。

─百貨店のファッションサブスクとしてサービス設計する上で重視したことは。

 すべての商品で各ブランドと正規取引を行っています。二次流通チャネルに頼ることなく、完全にブランド正規品を扱っているというのが強みで、差別化できるポイントです。他のファッションサブスクサービスとの違いを聞かれることもありますが、扱っているブランドの質、洋服のグレードが異なるのと、洋服をスタイリストが選ぶのではなく、自分で選ぶところです。

─自分で選ぶサービスとした理由は。

 「自分で選ぶ」ということにサービスとしての価値がないと思う人もいるかもしれませんが、「選ぶ」というのはファッションの楽しみ方の1つです。月に3着借りられるユーザーにとっては、彼とのデートがあるとか、大事な会議があるとか、旅行に行くとか、授業参観があるとか、そういったセミオケージョンのシーンを思い浮かべながら借りる服を考えるのはファッションの醍醐味。それをストレスなく提供することがサービスとして大事です。

─ファッションを積極的に楽しみたい層が多いのでしょうか。

 あくまで「アナザーアドレス」のターゲットはファッションラバーではなく、ファッション潜在層です。洋服が好きかを聞くと、「大好きです」と答える人は昔と比べてだいぶ減ってきていますが、「その服、可愛いね」「今日、格好いいね」と言われると大半の人は嬉しくなるもので、そういう体験を生むのが役割だと思っています。

─アパレル市場は縮小傾向にある。

 現実として、クローゼットが狭くて服を増やせない、忙しくて買い物に行く時間がない、着たくてもお金がない、トレンドを追うのに疲れたといった理由でオシャレを諦めてしまう人がいます。国内ファッション市場は縮小していますが、消費者がファッションに興味がなくなったわけではなく、興味を満たすためのハードルが高すぎるだけで、空間やお金、知識などのハードルを下げられれば使ってもらえます。

デジタル広告で認知拡大へ

─ハイブランドの服もある。

 ハイブランドは洋服のひとつの完成形なので必要です。一方で「ナザーアドレス」としては、ワンピースであれば7万円くらいがコアゾーン。バブル以前の古き良き百貨店や全盛期のセレクトショップのように、「ここに行けばおしゃれになれる気がするし、そこまで敷居は高くない」いった空気感を大事にしています。ビジネスの構造上、どのブランドの商品を借りても定額です。2万円の服も20万円の服もあって、バランスをとらないといけないので、テイストの幅は広いと思います。

─新規顧客開拓の状況は。

 この3年間は仮説検証期の位置づけで地道に土台作りをしてきました。リスティングやアフィリエイトなどで顕在的なニーズに合わせた新規開拓を進めたり、他社サービスから離脱したユーザーを囲い込んだりしてきました。

─今年はどうですか。

 今年からは顧客拡大期として、黒字化に向け幅広く新規客へアプローチしています。具体的には、23年秋頃に立ち上げた「ファッションタイプ診断」で見込み客を獲得し、MAでナーチャリングしながら顧客化したり、「アナザーアドレスマガジン」というオウンドメディアをリッチ化し、SEO施策でオーガニック流入を高めたりしました。足もとでは10月中旬から都内の電車やタクシー、ユーチューブやTverなどでデジタル広告を展開し、大々的に認知度を高めていきます。

─利用者の定着化施策は。

 サービス理解の部分と期待値ギャップなどから、どうしても初期離脱は多くなるので、新規ユーザー向けスタートブックのようなものを作って離脱防止に努めています。一方で、退会者は1%未満なものの、休会を含めると8%くらいになります。休会するユーザーに聞くと、「借りたい服が借りられない」「借りたい服が見つからない」といった理由が多いですね。

─品ぞろえは。

 アクセサリーを含めて320ブランド、8万点を取り扱っていますが、「ブランド名+ジャケット」のように検索すると30~40点しか表示されない上に、レンタル中の商品が40%くらいあると「借りたい服が見つからない」「借りたい服がない」となってしまいます。借りたい服をどれくらい増やせるかに力を注いでいて、記事メディアを活用して新作アイテムを紹介したり、ファッションタイプ診断をしてもらって、「こういうアイテムが似合いますよ」とおすすめしたりして、着たい服を喚起しています。

─会員数や利用者層は。

 現在、登録者数が22万人で、平均年齢は42歳です。30歳~50歳までのユーザーが90%以上を占めていて、3大都市圏で95%、そのうち東京が65~70%となっています。さらにマッピングすると、月島、豊洲、勝どきなどの湾岸タワーマンションに住む、富裕層というよりはパワーカップルが多いです。

─取り扱いブランドの拡充は。

 今の事業規模では400ブランドくらいが上限だと思います。「アナザーアドレス」では各ブランドの展示会でしっかり買い付けを行っていて、一定のトレンドを反映させるためにもブランドの入れ替えがあります。取り扱い商品の90%は展示会で新作を仕入れています。

循環型のビジネスモデルをファッションで成立させる

─物流業務やアイテムのクリーニング業務などは。

 パートナー企業と組んでいますが、24年6月にクリーニング工場を買収しました。倉庫についてもクリーニング工場の近くに移管し、業務の一部で内製化を進めています。黒字化に向けてインフラを整えているところです。

─繰り返しレンタルされた商品の最後はどうなるのでしょうか。

 まずは買い付けたアイテムをクリーニングと修繕でどれだけ寿命を長くできるかに取り組んでいますが、その後はリメイクしアップサイクル品として生まれ変わらせます。生地の端切れはすべてリサイクルに回しています。“捨てない”が事業のポリシーなので、この4年間で一度も服を廃棄したことはなく、すべてリメイクしています。

─レンタルした服を購入できる。

 レンタルして気に入ったアイテムは、レンタル回数に応じた割引価格で買い取ることができます。例えば、15回以上レンタルされたアイテムは参考価格の70%オフで購入できます。買い取りの割合は増えてきていて、通常時で約6%、ハイシーズンでは8%程度が購入しています。

─今後、注力することは。

 27年2月期に向けた3年間は事業の黒字化が最大の目標で、それには損益分岐点まで会員数を増やす必要があります。まだファッションサブスクは利用者が少なく、認知形成と内容理解が大事になるので、動画をいろいろな場所で配信していきます。休会・退会の部分では、メインユーザーが忙しくて共働きの30~40歳くらいの女性なので、「服はいっぱいあるけど選びにくい」ではダメで、「服がいっぱいあるし、着たい服がすぐに見つかる」というUI・UXの設計がすごく大事です。

─黒字化の先は。

 ファッションの循環型ビジネスをしっかり成立させたいですね。モノのビジネスをしているとデータが蓄積されるので、マネタイズもできると思います。また、モノを長く使うための修繕やクリーニングの技術は外販もできます。安定的に黒字化できれば、東アジアでもサービスを展開できるのではないでしょうか。東アジアは人種が多くないのでサイズの幅が少ないし、欧米などと比べてニオイの問題も少ないという利点があります。



田端竜也(たばた・りゅうや)氏
2011年に大丸松坂屋百貨店(J.フロントリテイリング)に入社。大丸札幌店でソムリエとして売り場運営に従事した後、14年よりJ.フロントリテイリングの新規事業開発室へ。以降、一貫してITを活用した小売の新規事業案件に携わる。2018年には米国駐在としてスタートアップの投資を担当し、帰国後社内ベンチャーとしてアナザーアドレスを立ち上げ、責任者として事業を推進している。また、在職中に日本にてMBA、海外にてMOTを取得。

◇ 取材後メモ

大丸松坂屋百貨店はコロナ禍以降、新規事業の開発とDX化を強力に推進していて、ファッションサブスクの「アナザーアドレス」やショールーミングスペース「明日見世」、冷凍グルメ宅配の「ラクリッチ」などを相次いでスタートしています。「アナザーアドレス」については、大量生産・大量消費型の社会を支えてきた大規模小売として、「ほめられるビジネスモデルを構築したい」と事業責任者を務める田端氏は言います。田端氏はJフロントリテイリングで新規事業開発を担当てきましたが、新規事業に「WILL」を込められるのは企画・立案した自分だけという思いがあるようです。

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