業界関係者からは「子会社化のメリットが見えない」などと疑問の声が挙がっていたNTTドコモによるらでぃっしゅぼーや買収の一報。3月12日にはTOB(株式の公開買い付け)が完了し、ドコモが約50億円でらでぃっしゅぼーや株式の75.7%を取得した。ドコモグループとなった一方のらでぃっしゅぼーやは今後、どのような戦略を描いていくのか。らでぃっしゅぼーやの緒方社長の構想を聞いた。(聞き手は本誌・兼子沙弥子)
通信のガリバー企業と組むことはユーザーに大きなメリットをもたらす
ドコモは収益を積み上げるビジネスに理解がある
――NTTドコモのTOBに合意した理由は。
通販のインターフェースは紙媒体から電話、ネットへ移り変わっています。今後、スマートフォンをはじめとした無線通信の情報ネットワークはユーザーと企業をつなぐ通信手段として重要度が増していくでしょう。そうした環境を見据え、通信のガリバー企業と組むことは当社にとっても、ユーザーにとってもメリットが大きいと判断しました。
――過去にキューサイからMBO(経営陣による買収)で独立し、今回ドコモの子会社となりました。独立した企業として成長の壁があったのでしょうか。
それはありません。もともと、キューサイから独立した時にファンド会社のジャフコに当社の株式の大半を持っていただいていたため、株主の安定化が早期の経営課題になっていました。ファンド会社とは、株価が上がって細かく市場に売られることは避けたいため、いずれ然るべき事業会社に持っていただこうと当初から考えていたわけです。ドコモにはらでぃっしゅぼーやの姿勢を尊重した上で一緒にやりたいと言っていただき、合意に至りました。
――とは言え、TOB合意の一報を受け業界関係者からは「ドコモが食品通販を買収するメリットが見えない」、「親会社が数字を追うことで、らでぃっしゅぼーやのブランド力が弱体化するのでは」などの声が挙がっていました。
そんなことはありません(笑)。ドコモには当社の独自性や独立性を尊重していただけると思います。ドコモはこれまで10円、20円の通話料やパケット通信料を徴収し収益を上げてきたわけです。食品も同様に、100円200円の商品を販売し、多くのユーザーから細かく収益を上げてきました。幅広いユーザーから細かく収益を積み上げるビジネスモデルへの理解があると感じています。
また、ドコモの当社に対する評価は自社配送を行う宅配の“足”ではなく、ブランドや産地ネットワークです。ブランドを維持するためにコストを投資している部分もありますので、それも含めて理解をしていただいていると感じています。ドコモから役員を招聘し、しっかりとタッグを組んで事業を拡大していきたいと考えています。
――ただ、ドコモの子会社となることで非上場化の懸念もあります。
最終的に上場廃止を選択肢に入れたということで、上場の維持が難しいわけではありません。非上場化で経営の自由化が図れますので、今以上にユーザーの利便性を高める施策に投資しやすくなります。今まで出来なかったことも今後はできる可能性が高まります。
顧客の利便性向上に積極投資したい
――ドコモと連携して最初に取り組むことは何ですか。
すでにタブレット端末の共同開発をスタートすることが決まりました。当社の配送員に持たせ、ユーザーの玄関先で商品を紹介したいと考えています。イメージしているのは、配送員がユーザーの玄関先でタブレット端末におすすめ商品を見せて説明することです。訪問先の顧客の購入履歴やサイト閲覧履歴などに合わせて、個別に商品をレコメンドしたいと考えています。
ネット販売ではレコメンドが当たり前になっていますが、レコメンド情報はサイトやメールボックスを閲覧しているユーザーにしか到達しません。ユーザーは通販サイトに情報を取得しに行っているわけですね。ですが、サイトを閲覧しないユーザーにいくら精度の高いレコメンドを行っても全く意味がありません。
当社は配送員がユーザーの玄関先に出向きタブレット端末を活用して、ユーザーに合致したおすすめ商品を紹介したいと思います。第三者から直接言われることでユーザーは、わざわざ情報を取りにサイトを閲覧しなくても商品情報が入ってくるわけです。第三者に何気なく言われて気がつくことが結構重要で、ついで買いにつながります。
食品小売にとって、意識していない消費は重要です。ついで買いがなくなると食品小売は厳しいのです。細かな積み上げになりますが、怠ることはできません。
――タブレット端末は一般ユーザーにも拡販するのでしょうか。
多分、一般ユーザー向けにはアプリを配信するのではないでしょうか。アプリは1対1の販促ができるアプリをイメージしています。アプリを通じて即時性の高い情報やカタログで紹介しきれない情報をお伝えしていきたいと考えています。カタログを見ながらタブレット端末やスマートフォンで検索すると、カタログには掲載していない野菜の生育情報や生産者の声などリアルタイムの情報を表示していきたいです。ドコモの子会社になったので、交渉次第ではありますが、アンドロイド端末に標準装備してもらえる可能性もあります。
タブレット端末やスマートフォンはカタログとうまく連動することができれば、ハイブリッドなメディアになると期待しています。食品宅配でドコモポイントを貯めて使え、宅配の料金を携帯電話料金と一緒に支払うこともできると思います。ドコモの通信技術を活用することでユーザーの利便性が飛躍的に上がります。
リアル店舗は有効メディアになる
――ドコモの傘下に入るメリットとして6000万人の契約者に対してアプローチできるという点があると思いますが、具体的な施策は。
ドコモの持つ2400の店舗網を活用し6000万人のユーザーにアプローチしていきたいです。毎日さまざまなユーザーが必ず訪れる2400のリアル店舗は優良なメディアです。とは言え、そこで何か新たな事業をすることは現実的ではないと思うので、催事や試食会などのイベントが最適だと思います。
期待していることは店舗を活用して顧客との接点を拡大することです。店舗の来店者に野菜ジュースを配ることや、店舗にブースを出して新商品などのサンプルを展示し告知したいと思います。ドコモショップは待ち時間が長いことが課題になっています。この課題を解消するために、携帯電話以外の情報があってもいいのではないでしょうか。
――ドコモの6000万人のユーザーはあくまで携帯電話利用者で、日常食品の宅配ニーズがあるとは限りません。ドコモのユーザー層をどのように分析していますか。
6000万人のユーザーをセグメントしてもしょうがないんです。6000万人という数字だけをみると、日本の生産人口のおよそ8割を占めます。この全てがドコモユーザーとは限りませんが、6000万人の1%といっても600万人ですから、かなり大きな数になります。自社のターゲットに合致したユーザーに知らず知らずのうちにアプローチできると思います。
ドコモは携帯電話の申し込み時にかなり細かな個人情報を収集します。例えば、氏名や住所だけでなく、家族構成や就学状況、結婚の有無など、内部データとしてさまざまな情報を保有しているわけです。もちろん我々にはそういったデータを公表しないとは思いますが、単純に“新聞を購読する層”でセグメントした折込チラシよりも細かな個人情報を把握している分、効率的なプロモーションを仕掛けることができると思っています。
産地情報をリアルタイムで把握し
商品調達力を向上する
生産管理の強化で低価格化めざす
――また、生産の効率化を図るため、産地のネットワーク化も構想しているようですが、具体的には。
産地のネットワーク化はドコモのモバイルITノウハウを活用していきます。畑の生育状況などの生産情報をリアルタイムに把握できるシステムを構想中です。野菜の生育状況をリアルタイムに把握できれば、欠品率を抑えることができますし、物流の効率化にもつながります。
当社では生産者ごとに発注スケジュールを設定して、野菜の作付けを依頼しています。生育状況が遅れている場合や不作の場合は他の生産者から仕入れ、不足を補完しています。現状は発注や仕入れなどを紙ベースで管理しており、リアルタイム性は低いです。しかも当社の発注量は管理できても、生産者の実際の栽培量は把握できませんから、ある産地で不良品率が高い場合は、あちこちの生産者に電話して商品を出荷していただけないか調整しています。その際の小口発送でコストがかっていたわけです。
今後、産地をネットワーク化することで、作付け量や生育状況をリアルタイムに把握できれば、調整の手間を省くことができます。また、どこからどういったルートで発送してもらうことが一番低コストで発送できるか瞬時に計算できるようになります。生産管理の強化で欠品率を改善すると同時に、仕入れの物流コストを抑制することで、販売価格の低価格につながると考えています。
――効率化による低価格化で期待する業績への効果は。
効率化で、販売価格を5~10%の抑制を見込んでいます。低価格化で購入者数は増加し、売り上げは2~3割増えるでしょう。増収で固定費のコスト効率は改善し、最終利益の確保も期待できます。
――生産管理システムは新たな事業として立ち上げる予定ですか。
システムの販売で収益を上げることは考えていません。無料のソフトで良いと思います。生産者はwi-fiを使用して畑でリアルタイムにデータを更新していただき、当社はそのデータを閲覧する権利をいただければいいと考えています。
これまでスマートフォンやタブレット端末を持っていなかった生産者にパケット通信が発生しますから、ドコモにとっては新たな通信料金を徴収することができます。ドコモと共同でシステム開発できればいいと期待しています。
――投資額の予算は。
投資額はこれからですね。必要な投資は積極的に行うつもりです。
将来的に海外への卸販売を見据える
――産地のネットワーク化は新たな事業の足がかりにもなりそうです。
産地の情報ネットワークの構築はいずれ大きな資産となるはずです。TPPについてはさまざまな意見がありますが、将来的には、モノや人の自由度が増し、国産の農作物を海外にどうやって販売していくかが重要になるでしょう。その時に、産地の情報ネットワークが力を発揮すると思います。
当社に問い合わせてもらえれば、生育状況を確認して海外バイヤーのニーズに合致したものを最適な状態で届けることができます。もちろん国内の小売業者への卸販売を行いやすくなります。全国の産地と取引し、生産者をネット上でつないでいるのは他社にはありませんから、これを強みに当社を通過する物量を増やし事業の拡大を図っていきたいですね。
網羅性で調達力を最大化する
――食品通販の拡大戦略は。
製造小売業としての競争力を高めたいと考えています。長期的にみると、調達を持つ事業者が強くなることは明確です。そして、調達力を最大化するためには網羅性がなければなりません。
有機野菜を扱うことでこれまで大手小売とは差別化をしてきましたが、小売各社はネット販売を拡大し、商品の安全性も配慮する取り組みを推進しています。調達の強みを持っていなければ、もし大手資本が有機野菜の取り扱いを本格化した場合、生き残りは難しいと思います。
――今後の業績の見通しは。
中期経営計画の発表は今秋頃を予定していますので、その時にお話できると思います。ただ、ドコモユーザーへの販促や、卸の拡大で3年後の農産物の流通量は今の3倍を見込んでいます。売上高はこれまでの1桁成長から脱し、2桁成長を目指したいと思います。