玩具やベビー関連用品を取り扱う日本トイザらスは、大手小売り企業の中でも早期からネット販売に取り組み成果を挙げてきた。最近では通販サイトの大規模なリニューアルを実施したほか、実店舗とも連動した新たな顧客対応として“シームレスリテーリング”に基づいた施策を相次いで投入している。購入チャネルにこだわりを持たない“シームレスカスタマー”の出現とともに、変わりつつある小売り企業のネット販売戦略。同社の目指す方向性とは──。(聞き手は本誌・山﨑晋)
2014年に通販サイトを大幅リニューアル
ネット販売で過去最高の業績を記録
――通販事業を開始したのはいつからですか。
トイザらスとしては1996年に米国でeコマースが始まり、日本では2000年に別会社としてeコマース事業会社ができました。自社通販サイトの開設と並んで2002年には「ヤフーショッピング」に出店し、2003年には「楽天市場」にも出店しています。その後2006年に事業会社を日本トイザらスに吸収合併させまして、今では一事業として運営しています。2014年には通販サイトで初となる大幅なリニューアルを実施しました。この取り組みにより、当社のeコマース事業は年間を通じて過去最高の業績となっており、特にクリスマスについては前例のない数字を記録しています。
――通販での取扱商品の規模は。
通販サイトでの商品取扱数は非公表なのですが、2014年は7月のリニューアルオープンまでにまず約3000商品を追加し、10月までに更に約2000商品を追加するなど1年間で約5000商品の純増を果たしました。シームレスを目指す以上、基本的には実店舗と商品を揃えるべきなのですが、花火や昆虫、消費期限の短いものなど例外的に通販では取り扱えないものもあります。
2014年についてはまず、「妖怪ウォッチ」や「アナと雪の女王」などの関連キャラクターグッズの販売がよかったことで非常に好調でした。また、国内外から独自に最新情報を仕入れて自分達でブームを作っていったような商品もありました。室内で遊べる粘着力のある砂の「キネティックサンド」などがそうで、単に好調だったということでなく当社の販売の屋台骨を支えるほどインパクトのあるものになっています。もちろん昔からあるようなブロックやミニカー、電車、クラフトなどの定番玩具も依然として好調です。
――ベビー関連商品の動きはどうでしょうか。
妊娠中の方や小さいお子様のいる世帯にとってeコマースは重くてかさばる商品を届けてもらえるので非常に有効なものとなっており、ベビーカーやチャイルドシートなど高単価なものが以前からよく売れています。消費増税の影響で春先には一時落ち込みましたが、夏場以降は回復し、前年比で3ケタ近い成長率を見せています。こういったものを購入されたお客様はその後、紙オムツや粉ミルクなどの消費財にも目を向けていただけるのでこちらも意識しながら品ぞろえを図り相乗効果を生み出しています。そのほかにも自転車やスケーター、大型遊具なども好調なので、eコマースではジャンルに関わらずオールマイティーでほぼ売れているというのが現状です。
実店舗との連携で欠品を解消
――オムニチャネルを意識するようになったきっかけとは。
eコマースの売り上げは確実に伸びていますが、例えばベビーカーやチャイルドシートをスマートフォンだけで見てそのまま購入するという人は皆無だと我々は考えています。当然、何かの機会に一度実店舗で機能や材質、色など実際に触って確認してから購入しているはずなので、この売り上げは決してネットだけのものではないと思います。やはりシームレスリテーリングで取り組むことが欠かせないということなのでしょう。
――具体的に直近で取り組んだ施策はなんでしょうか。
通販サイトで注文した商品を希望のトイザらス・ベビーザらス店舗で受け取れる「イン・ストア・ピックアップ」を2012年に始め、翌年にはウェブで受注された商品をお客様の近隣の実店舗から自宅に発送する「シップ・フロム・ストア」を開始しました。2014年7月には実店舗で取り扱いがない場合や商品の欠品時に、実店舗の店員のご案内のもと通販サイトで注文ができる「ストア・オーダー・システム」も始めており3年連続でメニューを投入しています。
――それぞれのサービスの利用状況を教えてください。
「イン・ストア・ピックアップ」の場合、毎日必ずオーダーは入りますが、急激な拡大というよりはじわじわ利用が伸びているという印象です。「シップ・フロム・ストア」については出荷元が実店舗になるという裏側の仕組みですが、それでもお客様にとっては日本中にある160超の店舗すべての在庫が活用できるので欠品するという状況がほぼ皆無になりますし、「この通販サイトはいつでも欲しい商品がそろう」というベネフィットが生まれると考えています。
そして「ストア・オーダー・システム」に関しては、ダイレクトにお客様に影響があるものです。当初はオペレーション上の不具合も確かめながら試験的に42店舗で行い、導入直後から本当に好調だったため、2015年1月には102店舗まで拡大しました。希望商品の在庫がない実店舗に来られても「必ずお届けができます」と言えるようになったことは非常に大きいです。ベビーカーやチャイルドシートなど大型商品での利用が多く、「シップ・フロム・ストア」と重複するような印象です。
――利用が伸びている理由とは。
最近は既存の大型店よりもコンパクトで商品陳列スペースに限りのある実店舗が増えていることも考えられます。また、何よりお客様ご自身が今は「シームレスカスタマー」として購入チャネルを気にされないことも大きいです。当社ではあくまでも「オムニチャネル」というキーワードありきで取り組みを考えているわけではありません。お客様ご自身が我々の小売りとしての在り方を決め、こちらはそれに素早く対応していっているということなので結果的にこのようなビジネスデザインになっているのです。
仕入れ先企業ともeコマースで連携
――シームレスリテーリングを進めることで社内に変化はありましたか。
必然的に社内の組織もシームレスになり、今まで疎遠だった部署とも話すきっかけが出てきました。その会話の中で「eコマースでは意外にもこの商品が売れている」といったような情報が共有できるので、その在庫を実店舗から通販に移そうという話は頻繁に出てきます。実店舗でそこまで動いていないという商品の棚が空くと、新しい商品をそこに置けるので実店舗の鮮度感が上がるということにもつながります。
――情報の共有化が進んだということでしょうか。
今はeコマースと広報、マーケティング、マーチャンダイズとそれぞれの部隊が社内で近接するようになったので、気になっていることをすぐにシェアできています。社内でもシームレスリテーリングに対する理解は非常に進んできたので、実店舗とネット間でのカニバリなどの懸念はありません。不満もゼロではないと思いますが、小売りのマインドとして全社的に売り上げに貢献することは間違いないというのが共通認識です。
――SNSとネット販売との連携についてはどうでしょう。
eコマースの特徴としてキーワードがネットで先に広まる商品は、明らかにネットの方が売れる初動が速い傾向があります。それはテレビなどで話題となった商品をネットですぐ検索するという顧客導線なのでしょう。今はソーシャルもあり、メーカーサイドからの発信もあるので情報収集の間口が広がっています。当社では広報部門でツイッターを運用していますが、何かのテレビ番組内で商品紹介があればできるだけ早く関連情報をつぶやくように心がけています。そうすると当然リツィートやリンククリックの数が飛躍的に伸びるので、今何が話題となっているかは常に追いかけるように意識が変わりました。
――仕入れ先企業との連携はどのように進めていますか。
シームレスリテーリングを強化すると仕入れ先企業からの見方も変わっています。今までは実店舗での売り方に関する話し合いになりがちでしたが、eコマースにこれだけ力を入れていると当然そこも無視できなくなります。そこで2014年からシームレスリテーリングに本気で一緒にやっていきたいという特定の仕入れ先企業様に対しては定期ミーティングを行うようにして、役員レベルでも話合うという状況をつくっていきました。そうすることで仕入れ先企業の中でもeコマースの選任チームを作られたりするところがあったので、今までとは違った通販サイトでの売り方もじっくり話し合うことができるようになりました。現在、数社でこの形を取り入れてもらっていますが、サイト上でのレイアウトやクーポンの出し方などで特色を出すことで飛躍的に売り上げが伸びています。これをどんどん広げていきたいです。
サイトのメディア化進めエンタメ要素も追及へ
実店舗との顧客データも近く統一へ
――シームレスリテーリングでの今後の課題とは。
まだまだ課題は多く、例えば「イン・ストア・ピックアップ」ではこれまで、購入金額が4900円未満の場合には利用料を頂いていましたが現在では取り止め、全店舗全商品無料でお届けしています。これは2014年にサイトをリニューアルした際にレビュー機能を導入し、お客様の声を拾い集める作業を本格的に取り入れたことで様々な意見をいただき、形として反映させることができたものです。通常、シームレスリテーリングと聞くと売ることばかりにフォーカスが行きがちですが、サイトやフェイスブック、ツイッターからお客様の声を集めることで、実店舗やオンラインに対する感想も集めることができるのです。
――そのほかに重要な施策とは。
当然、シームレスリテーリングを進める上でスピード性も課題となります。世の中のテクノロジーは常に進化しているので、それを取り込むだけのスピードをいつも持っていないと競争から遅れてしまいます。ウェブ周りのアナリティクスやビッグデータは日進月歩の世界なので、何が必要なツールかをうまく目利きすることは非常に大きなチャレンジです。
――テクノロジーを活用する上で留意している事は。
テクノロジーに対応できる人材の確保は重要なポイントです。この分野は常に国内で人材が枯渇しているので、自社で採用するということだけでなく協力できるパートナー企業を見つけたりすることに難しさは感じます。今後はアナリティクス周りを充実させて、早々にシステム上でもリアルとネットの顧客データーベースを統一して連動させる予定です(「トイザらス・ベビーザらスポイントカード」会員数は約800万人)。顧客データが統合されるとシームレスカスタマーが具体的にどのような購買行動をしているのか読み取れるだけでなく、「ネットだけの利用者」「実店舗だけの利用者」がそれぞれなぜ他のチャネルを使わないのかという大きな疑問も解明できるようになります。また、お客様ごとにパーソナライズしたコミュニケーション、売り方をeコマースから提供するためには欠かせない仕組みと言えるでしょう。
――今後のeコマース事業において目指す方向性とは。
大きいテーマとしてシームレスリテーリングを推進させていくことは間違いないのですが、そのほかにもトイザらスは“おもちゃ屋”なので、入店した瞬間にお客様がワクワクするようなエンターテインメント性を与えられるようにも追求したいと考えています。eコマースではそれがまだできていない部分があるので、一つの販売チャネルではありますがもっとメディア化してもいいのかなとは思います。米国トイザラスの事例ですがeコマース部門はモバイルとPCでチームが分かれています。お客様からの訪問はスマホの方が多いのですが購入で言えばPCの方が高いようです。このようにモバイルのショールーム化が進んでいるために画面設計を変えるスピードなども圧倒的にPCより早くしているようです。そういう所は日本でも非常に意識してやっていく部分でしょう。
――フルフィルメント周辺での課題はありますか。
物流に関しても即日配送や、当日出荷受け付けの締め切りのタイミングをもう少し延長することなど、いくつか検討していることはあります。いずれにしても自社ならではの独自のコンテンツが何になるか今後も議論を深めていく必要があるでしょう。
◇プロフィール◇
飯田健作(いいだ・けんさく)氏
1971年4月5日生まれ、上智大学経済学部経済学科卒業、イェール大学国際関係大学院修了(MA)、在アメリカ合衆国日本国大使館、アクセンチュア、ウォルマート・ジャパン・ホールディングス/西友eコマース担当バイス・プレジデントを経て、2014年1月に日本トイザらスに入社し現職。eコマース活動全般を統括する。
◇編集後メモ◇
話の中で印象的だったのが、社内でのオムニチャネルに対する理解の高さです。売り上げの分配に関して実店舗との間で不公平感などは生じておらず、飯田氏自身もネットから実店舗に顧客を誘導するケースについて「まったく気にもしていないし、むしろどんどん売っていこう」と呼びかけているそうです。売り場の垣根がなくなりつつある以上、今後は「EC事業」という言葉自体がなくなっていくこともあるのかもしれないと感じました。