レンタルの仕組みをプラットフォーム化へ  天沼 聰●エアークローゼット 代表取締役社長兼CEO

エアークローゼットは、月額制ファッションレンタルサービスのパイオニアとして順調に消費者の支持を集めているようだ。最近では自宅で試してから購入できるメーカー公認のレンタルモールを開設し、美容家電を扱うなど商材の幅をライフスタイル領域に広げてきている。また、“顧客体験をより良くすること”を主目的にデータ活用やAI活用にも積極的に取り組んでいる。天沼聰社長兼CEOが語るサブスクリプションビジネスの成果と展望とは。(聞き手は本誌記者・神崎郁夫)

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顧客体験をより良くするためにテクノロジーを活用する

ブランドの販促手段にも

─ サービス開発に際して心がけてきた ことは。

 一番大切にしているのは、お客様のライフスタイルを豊かにしたいということです。新しい洋服を選ぶ時間を面倒だと感じずにワクワクしてもらえるようにしていきたいです。サービス開発の面では大事にしていることが3つあります。ひとつは、これまで情報もサービスもマスに向けて提供されてきましたが、当社は消費者一人ひとりの好みの違いに対応し、“パーソナライズされたサービスを提供しています。今まで数十万件のコーディネートを提案してきましたが、そのすべてが用意されたコーデではなく、当社スタイリストが1着1着お客様に合わせて選ぶことにこだわりを持っています。

─ すべてのサービスで商品との出会いを提供していますね。

 その通りで、ふたつ目はモノそのものよりも、モノを介した体験といった“コト消費”に主眼を置いています。レンタルサービスを選んだのも、洋服に出会うという点ではデジタルだけでもできますが、ファッションは実際に着用し体験してもらうというコトにつなげる部分を意識しました。

─ 3つ目は。

 お客様の時間価値が高まるサービスを 提供することです。レンタルサービスを 展開する上でスタイリングを取り入れて いるのも、スタイリストが服選びの作業 を代替することでお客様の時間価値を高 められるからです。

─ ファッションテック企業としても知られています。

 当社はテクノロジーの活用をすごく意識していますが、AIやデータ活用は目的が何かによって使い方が変わります。当社の目的は顧客体験(UX)の最大化で、顧客体験をより良くするためにテクノロジーを使います。

─ 5年半の間にレンタル市場はどう変わりましたか。

 消費者軸とファッション業界からの見え方がありますが、消費者軸ではメルカリさんが急成長したこともあってシェアリングエコノミーの概念や古着・中古品という二次流通は生活に急速に浸透しました。一方でレンタルサービス、とくに月額制サービスは体験しないと分からないため、ハードルが少し高いですね。「エアークローゼット」も知名度としてはまだまだで、これから広がっていく市場です。

─ 業界からの見え方は。

 激変しています。当社が普段着のオンラインレンタルサービスとしてスタートしたときは類似サービスもなく、業界からは「それは無理だよ」と否定的な声が大きかったです。今はブランドのファンを作るという観点からブランドを知ってもらったり、洋服を着てもらう機会を増やすことにつながるため、「エアークローゼット」はプロモーションのひとつになっています。また、業界の流れのひとつにサステナブルがあり、1着の洋服をいろいろな人が着ることでサステナブルに近づくという部分も取引先ブランドから評価され、レンタルサービスに対する見方も変わったと感じます。

─パーソナルスタイリングへの見方は。

 そこも大きく変わりました。以前、リアルイベントで当社スタイリストが来場者一人ひとりに合わせたスタイリングサービスを提供するために複数ブランドの協力を仰ぎましたが、「スタイリングはブランド単位で組むもの」と反対されました。ただ、昨年は27ブランド横断でその企画が実現しました。業界からもブランドを知ってもらう機会を作ること、スタイリングを提供することの重要さを肯定的に受けとめてもらえました。

─レンタルサービスの難しさは。

 サービスを開発する上でもっとも難しいのは事業構造をしっかり形作ることで、とくにコストコントロールの部分が肝になります。当社は3年以上かけてコスト構造の分析・改善に注力し、ようやくこの1~2年で安定してきました。それまでには、例えば倉庫は5年間で4回移転し、その都度、システムや業務フローの刷新も併せて実施してきました。─物販にはない返却があります。その通りで、システムや業務フローだけでなく、返却後に欠かせない商品のクリーニング・メンテナンスについては専門チームを設けていて、クリーニングの事業者と一緒に洗い方を変えたり、洗剤を独自に開発してもらったりと踏み込んで、事業構造に合うものに変えてきました。

─ノウハウが貯まっています。

 サブスクリプションは仕組みを作ることが大事なため苦労しました。継続的な改善作業は必要ですが形としてはできあがったので、今後はその仕組みを他の企業が使えるようにプラットフォーム化していきます。コロナの影響もあってオンラインレンタルに興味を示す企業が増えていて、そうした企業に当社のプラットフォームを使ってもらう機会も出てくると思います。新規参入組がファッションレンタルサービスを展開するために倉庫やメンテナンスの仕組みを作るのはかなりハードルが高いと思います。既存倉庫のシステムを刷新する必要もあってリスクも生じます。

─支援の仕方は。

 レンタルは倉庫内の動線や設備が特殊なため、恐らく当社の倉庫を使ってもらう方がフィットするのではないでしょうか。

これからはリアルとデジタルのハイブリッドで体験設計すべき

AI による返却予測でも成果

─ スタイリストの品質を維持・向上させるための取り組みは。

お客様から各スタイリングに対して評価を頂いていて、その評価をデータとして蓄積することでさまざまな軸で見ることができます。例えば、当社は毎月スタイリストアワードを開催していて、評価や販売率の高いスタイリストなどを表彰しています。アワードを通じてスタイリングのコツを共有したり、なかなか成績につながらないスタイリストには当社のスタイリングメンバーが個別指導してスコアの底上げを図っています。

─ 研修などは。

 新規に契約するスタイリストには当社の研修制度を受けてもらっています。そのほか、当社が発起人となって日本パーソナルスタイリング振興協会を設立させて頂きました。協会には文化服装学院やモード学園、バンタンといった教育機関にも参画してもらい、パーソナルスタイリングそのものを振興するのと、知識をまとめていくという観点から昨年、「TOPSS」というパーソナルスタイリングの測定試験を作りました。その試験を当社のスタイリストにも受けてもらい、経験だけでなく知識としても身につけてもらうことを含め、教育体制を整えています。

─AI技術活用の現状は。

 顧客それぞれに何が合うかはスタイリストの感性の方が上回っているため、基本的にはAIでサポートしている感じです。スタイリストのサポート方法にも2種類あり、ひとつはデータを活用して検索の最適化をしていく考え方で、たくさんある商品の中から今のシーズンに必要ない商品や、過去にそのお客様がレンタルした商品に似通った洋服を省いたりします。


ふたつ目がAIの活用になりますが、今ある商品の中から顧客ごとに何が似合いそうかを算出する技術を持っていて、AIが「これが似合うと思う」ということをスタイリストに提示できます。例えば、1万点の商品がある場合、1番から1万番までの商品でその人に似合う確率を出せますが、そのうちの上位をおすすめとしてスタイリストに表示できます。それ以外にもAIはいろいろな活用方法があり、お客様とスタイリストのマッチング度合いも大事なため、そこにもAIを使います。

─さまざまなAIの活用方法がありますね。

 当社のレンタルサービスは借り放題のサブスクリプションです。お客様から今日、何着の洋服が返ってくるのか分からなければ、倉庫の人員やクリーニングの担当者を何人配置すればいいかも決められず、コスト構造に大きく響いてしまうため、当社では返却予測にもAIが動いています。いまは予測値からほぼ外さなくなっています。

遠隔でスタイリング提案も

─新サービス「エアクロモール」開設のきっかけは。

 ライフスタイルの中で新しい出会いを作るという理念が、ファッションからその他のライフスタイル領域に広がりました。その中でも、「エアクロモール」では体験してはじめて分かる商品を重視していて、マットレスや美容家電など、自宅でじっくり使ってみないと自分に本当に合うか分からない商品との出会いの場を提供します。始まったばかりですが、自宅で試してみてフィットしているのでそのまま購入するという方も多く、取引先メーカーからの反応もいいですね。

─ 優先的に取り組むべき課題は。

 主力事業の「エアークローゼット」では、これまでの事業構造を作るフェーズから、より多くのお客様に使ってもらうフェーズに切り替わってきています。既存会員により満足して頂けるようにサービス品質を高めていくほか、新規開拓に向けてはサービスを知って試してもらう機会を増やしていきます。一方で、フッション業界は割とコラボが生まれやすく、さまざまな企業と相互送客などマーケティング面のコラボも含めて取り組みたいです。今はコロナ禍で残ってしまった在庫活用の問い合わせが増えていて、当社が取引先の在庫を活用してシェアリングするなど、直接協力できることも多いと感じます。

─ コロナ禍で取り組んだことは。

 「エアークローゼット」はこれまで必ずコーディネートした洋服を届けていましたが、リモート中のオンライン会議でボトムスよりもトップスの需要が高まったため、トップス3着でも届けられるようにしました。また、月額制サービスとして利用者が1カ月ごとに解約できる仕組みを設けていますが、コロナの影響が大きくなってきたタイミングで、解約ではなく一時的な休会に対応し、その間は届けた洋服もそのまま着用できるようにしました。あとは、スタイリストが活躍するリアルイベントがなくなったことで、センスの良いスタイリストたちがこれまで以上にオンラインの仕事に就ける状況となりました。そこで、スタイリストが「Zoom」を通じてお客様にスタイリング提案を行う遠隔パーソナルスタイリングサービス「エアクロトーク」を、計画にはなかったのですが急きょスタートしました。

─ウィズ・アフターコロナ時代のファッションサービスのあり方は。

 これからはリアルとデジタルのハイブリッドで体験設計をしていくべきです。実店舗もECも、レンタルも販売もいずれも良さがあります。それらはあくまで“手段”で、大事なのはお客様がそのとき本当に求めていることを読み解き、適切な形で提供できるようにすることです。今後、人のライフスタイルや価値観は多様性が求められますし、ファッションもより一層多様性が求められるため、パーソナライゼーションを追求していくことが重要と考えています。サービスの提供側が一人ひとりのお客様に柔軟に変容し続けることにつきます。


天沼聰(あまぬま・さとし)氏

1979年生まれ、千葉県出身。高校時代をアイルランドで過ごし、英ロンドン大学コンピューター情報システム学科卒。2003年アビームコンサルティングに入社し、IT・戦略系のコンサルタントとして約9年間従事。11年に楽天に転職し、UI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務めた後、「ワクワクが空気のようにあたりまえになる世界へ」をビジョンに、14年7月に株式会社エアークローゼットを設立。日本で初めての普段着に特化した月額制ファッションレンタルサービス「airCloset」を立ち上げ、その後もパーソナルスタイリングを提供するサービスを中心に複数の事業を展開。一般社団法人日本パーソナルスタイリング振興協会理事、一般社団法人日本サブスクリプションビジネス振興会理事、一般社団法人シェアリングエコノミー協会幹事を務める。


取材後メモ

 月額制のサブスクリプションサービスは数年前から数多くのスタートアップ企業が事業化していますが、有料会員の獲得や認知面で一定の成果を上げているサービスはそんなに多くありません。そうした中、コスト構造の分析・改善に時間をかけ、返却やクリーニングといった物販にはない要素も含めてサービスの安定化につなげている同社から学ぶことは多そうです。また、“顧客体験の最大化”を目的にすべてのサービス設計やAIを含めた技術活用を行うというブレない姿勢が利用客の満足感、納得感を高めているのかもしれません。最近は美容家電やマットレスなどのライフスタイル領域に事業範囲を広げていますが、「人とモノ・コトとの出会い」を大事にし続ける限り、消費者と取引先の双方から支持される企業として発展していきそうです。

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