林亮介●AOKI執行役員

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過中長期的にECで100億円達成へ

 紳士服の販売を手がけるAOKIでは、かねてからの課題であったEC事業の強化に向けて、2020年5月に販売促進部のデジタルマーケティング部門と従来からあったEC事業部門を統合して、新規事業部「ネット通販事業部」を立ち上げている。この組織の舵取り役には、デジタルマーケティング部でリーダーを務めていた林亮介執行役員が就任。コロナ禍で人々の働き方が変化する中、多様な顧客ニーズにマッチしたビジネスウェアをEC上で提案している。国内有数の有店舗企業でもある同社が思い描くこれからのEC戦略とは。

レディースの強化が成長支えるポイント

新規事業部設立の成果が着々

─会社がEC強化に乗り出した理由について感じていることは。

 やはりコロナ禍での実店舗の危機が一番の引き金になったとは思いますが、以前より、オムニチャネルや実店舗とECの融合は小売業界でも指摘されていました。当社はECの基礎体力がまだまだついていない状態だったため、そこをしっかりとつけなくてはいけないことは、デジタルマーケティングに携わっていた頃から感じていました。

─就任されてからのEC事業の実績を教えてください。

 売り上げで言いますと、新規事業部の発足1年目となった2021年3月期は前年対比で80%増と大幅に伸びました。2022年3月期についてもさらに前年比20%増と上乗せで成長することができています。

─成長した理由については。

 いくつかありまして、前期は「アクティブワークスーツ」というリラックス素材の上下セットアップスーツを5970円という価格でEC限定で発売しました。これは非常にヒットしまして、今は第10弾まで販売している定番商品にもなっています。

 もう一つはレディースの成長です。顧客層と同年代の女性社員が担当して、EC内の商品画像の見栄えや文章などを顧客目線で作り、さらに、身長別コーディネートや骨格診断などカジュアルショップでもあるようなサービスも行うようになりました。また、上戸彩さんや今田美桜さんを起用したキャンペーンでスーツもよく動きました。レディースはトップスも非常に好調で、カットソーなどインナー系については商品部とも協力して多種多様なバリエーションを揃え、実店舗にはないオリジナルのセットでセールを行ったことも新規顧客が獲得できたポイントです。

 そのほか、2020年6月から始めた(店頭販売員が撮影したコーディネート画像をECに投稿できる)「スタッフスナップ」も、購買の決定率向上に貢献していると感じます。加えて、2021年の11月から始めた「チャット接客」も購買につながっています。

─EC限定で販売する商品について、その選定基準とは。

 実は大きな違いはなくて、男性に関しては中心層が40代〜50代で、実店舗と同じです。女性は20代と40代が多い印象です。基本的に働く女性となります。

─チャット接客の利点について。

 元々、当社は接客をメインとした業態ですので、接客してほしいというお客様も多くいます。ECにチャットが入ることによってこうした実店舗のサービスに慣れているお客様が、よく利用されているのだと思います。チャットで商品内容を詳しく聞いた後に、ECだけでなく、実店舗に来て買われる方もいるので、ブランド全体の購買に役立っていると思います。(ECでの)表現が分かりにくいとの指摘をチャットで受けた際には、それを商品部とも共有して、テキストや画像を詳細にするような改善も行いました。

インスタライブ配信に本腰

─実店舗とECの連携について。

 大きくは4つあります。まずは、「実店舗取り置き」で、EC商品を実店舗に取り置いたり、ECで見た商品を実店舗に在庫があれば来店時に試着・販売できるようにするものです。2つ目は「実店舗受け取り」で、EC購入商品を実店舗で渡すものです。この2つはECが実店舗を利用してサービスを拡大させるような内容ですが、一方で、実店舗がECを活用してサービスを拡大させるサービスもあります。それが、(傘下ブランドの)「ORIHICA(オリヒカ)」で行っている「ウェブオーダー」です。実店舗には在庫がない商品をECで取り寄せて、倉庫でサイズ補正してそのままお客様の自宅に配送するというものです。もう一つは「テイクアウト」で、実店舗で紹介した商品にその場でQRコードを発行してお客様のスマホに送るものです。後に、お客様が色々な競合店を見て買い回りをされる際に、送ったQRコードから当社の商品もすぐに確認できるようになります。

 そのほか、ポイントや購買履歴といった顧客データの連携はすでに行っています。購入履歴はアプリでも確認でき、自分が過去に何を買ったかサイズまで見られるため、それを頼りに買い物をされるケースは多く、ECでも商品が買いやすくなっていると思います。今後は「マイサイズ」の登録ができるような機能も取り入れたいです。

 やはり、実店舗とECを両方使うお客様を増やしたいと考えています。社内ではオムニチャネル会員と呼んでいるのですが、当然、ロイヤリティが高く、非常に購買が促進されています。まだまだ実店舗だけしか使っていないお客様も多いため、次の購入先としてECを使ってもらいたいです。

─有店舗企業の課題として、実店舗からECに顧客が流れることを懸念することはありませんか。

 確かに昔はそれを気にするスタッフもいましたが、今はお客様の方で(ECとの併用が)当たり前になっているので、もともとの理解という部分はかなり進みました。その上で、実店舗には実店舗としての売り上げ目標があるため、例えば「テイクアウト」の売り上げは実店舗に還元したり、「スタッフスナップ」で売れた商品もそのスタッフの売り上げとして還元したりしています。現場の声を聞きながら、人事部とも協力して、評価制度をしっかりと整えています。

─今後の成長で、レディースは1つのポイントとなりますか。

 会社全体でレディースを成長させていくという流れがあり、ECは特に伸び率が高いのでここはメンズ以上に力を入れています。伸びているのは通常の上下のスーツだけでなく、オフィスカジュアルのような単品のジャケットやパンツ、スカート、インナー、組み合わせが自由なセットアップなども好調です。

 とりわけ、今期はレディースにおいて、SNSを注力していきます。昨年、1回だけで終わってしまったインスタグラムでのライブ配信を、今期はもう1度チャレンジしており、今は月に2回程度配信しています。9、10月頃からはさらに週1回程度に増やしていく予定です。まだ始まったばかりのため、大きな数字は出せていませんが、継続して行うことで視聴者のファン化につなげたいです。

─インスタライブの内容とは。

 コマース機能を使うというよりかは、商品紹介がメインで、購入はあくまでも自社通販サイトに誘導する形です。「スタッフスナップ」でアクセスの多い人気の実店舗スタッフや、商品部担当者に登場してもらって新作や着こなしを紹介しています。現在のインスタのフォロワーは3万2000人程度で、もともとこのアカウント自体が女性メインの層になっているので、基本的にはライブ配信もレディース向けにやっていきます。

 男性向けについてはこれからユーチューブチャンネルを強化していく考えです。そのほか、広告やサイト内でのスタッフ関係のコンテンツ、ブログ記事での集客や紹介をしていく予定です。

─今期(2022年度)はコロナの感染数も月ごとに大きく変動し、ビジネスウェアを取り巻く環境にも影響していると思いますが、足元の販売状況は。

少しずつ実店舗回帰も見えてきていますが、ECはほぼほぼ計画通りの推移で好調を維持しています。前年対比でも10%程度の伸びです。

─リモートワークの見直しに向けた議論も見られますが、その影響は。

 上半期にしては、スーツの売り上げが前年・前々年の対比でかなり伸びており、Yシャツも非常に好調です。実店舗に話を聞いても、オフィス回帰の動きがあり、久しぶりにスーツを買いに来たという声は少なくないようです。

─カジュアルも強化していた中、オフィス回帰が徐々に始まったことで、今後の商品構成に変化は。

 商品構成の変革は変わらないです。構成比として「ビジネス」で4割というものはしっかり目指していて堅実に守っているところです。「パジャマスーツ」のように少しラフな格好で出社できる用途にも対応した「カジュアルで着られるウェア」は3割くらいまで伸ばしていきます。「レディース」も同じように3割まで伸ばします。もともとレディースはかっちりとスーツを着て出社される人が少なく、オフィスカジュアルが多かったので、そこまでオフィス回帰の影響は受けていないと思います。この4:3:3の割合を目指すという全社方針はECでも変わらず取り組んでいきます。

─今後、社内でECが求められる役割とは。。

 1つは、販売チャネルとしての成長を期待されており、EC自体で利益を生むということです。ここについては、実店舗といかにサービスレベルを近づけるかどうかが課題になると思います。まず、「ショートタイムショッピング」がきちんとできるかでしょう。これは最短距離で買い物がしたいお客様に対して、障壁となるような使いづらさや誤認されるような導線をなるべく排除していくことです。

 また、買い物は単なる作業ではなくエンタメ要素もあるものなので、商品との偶然の出会いをどれだけ演出できるかも大事です。レコメンドやコーディネート提案などで思いもよらない発見などをしっかりと提供していきたいです。そして、通販にどれだけ温かみのある接客を入れていけるかも必要です。当社の強みは実店舗での接客であり、それをできるだけECで再現したいので、スタッフを前面に出したり、チャットを使って新しいコミュニケーションの場を作って、販売チャネルとして成長させていきたいです。

 また、もう一つは、実店舗の補完拡張としてECはインフラ的な役割を持っていると考えています。デジタルを活用して、実店舗でお客様が感じている負の面をどこまで解消することができるかではないでしょうか。これまで挙げてきたサービスがその礎になると思います。

AOKIのEC事業単体で社内最大の売り場規模に

─現状のECの売り上げ規模と、今後の目標について。

 コロナ以前の頃は、AOKIとORIHICA(オリヒカ)と出店する仮想モール店舗などすべてのチャネルの売り上げを合計して、ようやく一番売れている実店舗と同じ規模に並ぶという状況でした。今は、AOKI単体のECでAOKI最大の実店舗を越えているので、名実ともにAOKI最大のショップになっています。今後、中長期的にはECで100億円の売り上げを目指しています。

─林さん個人で目指している目標などは。

 当社のマーケティングは、チラシやDM、テレビCMなど、出稿すればすぐに反応が得られる非常に短距離的な販促が中心です。一方でデジタルはじわじわとファンを広げていくのが得意な媒体という側面があります。私としてはECを活用して、しっかりとAOKIブランドの良さを最大限に引き出していきたいと思います。まだ未完成な取り組みもありますが、良いものに集約していき、顧客満足度を追求していきたいです。


林亮介(はやし・りょうすけ)氏

1986年生まれ。2009年4月にAOKIに新卒入社。2年間の店舗勤務を経て、2011年から人事部採用課で当時トレンドだったSNS採用に従事。その後、販売促進部のデジタルマーケティング担当として、HPやメールマガジンの制作、リスティング広告の運用などを担当。2020年に組織再編でECとデジタルマーケティングの部門が集約され、責任者として着任。現在に至る。



◇ 取材後メモ

1カ月先の感染状況もまったく読めないこのコロナ禍とあって、リアルで集客を図っている有店舗の小売り企業は頭を悩ませているところも多いでしょう。ECはその悩み解決の一助となるもので、いかに実店舗と同じサービスレベルを提供できるかが成功の鍵となります。同社の場合、コロナ以前から少しずつ進めていたEC強化への種まきが、ここにきて徐々に実り始めてきた印象を受けます。100億円という大きな目標に向けて、得意のデジタルマーケティングをどのように活用していくのか、林氏の今後の手腕に注目です。

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