近松良●AOKI執行役員  OMO加速へ、実店舗の強みをECで再現

 スーツ専門店のAOKIは、2024年5月11日付で、これまでは別組織となっていた「マスメディアコミュニケーション」と「デジタルメディアコミュニケーション」について、顧客にとって最適なコミュニケーション戦略を図るための組織統合を実施した。EC事業も含めた「販売促進・ネット通販部」として運営している。実店舗とECで均一された購買体験の提供に向けて、OMOのさらなる進化を図ることが、今後の大きな鍵となっている。同社が描く成長戦略の裏側に迫る。

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一般ニーズを捉えた機能性商品が販売をけん引

EC限定商品などの販売が好調に推移

─就任以前の経歴について教えてください。

 入社してから20年以上、販促の部署にいまして、実店舗にご来店するお客様を対象に、テレビCMやDM、チラシなどを企画制作していました。(新しい部署では)これまでの販促的な視点に、新たにデジタルマーケティングの部分が加わってくるというイメージです。

 今はまだAOKIのECの構成比がそこまで高くないということ考えると、デジタルマーケティングだけを行えば良いということではないはずです。私自身、これまでECの世界にいなかったことで、逆に当社のお客様に合わせたECの在り方やOMO施策が描きやすいと思っています。

─現在の市場環境をどう見ていますか。

 コロナ禍を経て企業業績におけるECの重要性は引き続き高まっていると思います。当社が65年以上積み上げてきた歴史や取扱商品を考えると、スーツやフォーマルウェアの印象が強いので、消費者としてはAOKIでECから購入するという選択肢はまだそこまでは多くないのかもしれません。一方で、シャツやカジュアル商品、レディースのトップスなどサイズ感がイメージしやすくてまとめ買いができるものはECの利用率が高まっています。AOKIもAOKIの別ブランドの「ORIHICA(オリヒカ)」も多数の商品があるので、まだ気づいてもらえない商品を見つけてもらえる場としても(ECは)重要になるでしょう。

─2024年3月期のEC事業を振り返って。

 最近はリアル店舗への回帰が見られたものの、EC売上高は対前年比でほぼ2桁増となりました。成長した背景の一つには、EC限定商品である(カジュアルスーツの)「アクティブワークスーツ」や、(一般医療機器に届出された疲労回復衣料である)「リカバリーケアプラス(一部実店舗でも販売)」などの存在があります。自社のメルマガやアプリ、SNSなども活用してアピールしていきました。

─何かしらの機能を付加した商品は支持を得やすいということでしょうか。

 昨今の健康意識の高まりも影響していると思います。また、“洗えるスーツ”のように、一般ニーズを捉えたものがお客様に届きやすいと感じています。

スタッフ投稿でコンテンツを充実

─今期(2025年3月期)の出足については。

 非常に好調に推移しています。取り組みとして前期との大きな違いはないのですが、会社全体として「パジャマスーツ®」や(女性向けのアイテムである)「MeWORK(ミワク)」について、上半期にテレビCMなどの広告を強化したことで認知が上がっている面はあります。ウェブにおいては、LPやささげのクオリティーのアップ、(店舗スタッフがコーディネートや商品情報、動画などをECに投稿する)「スタッフスナップ」の取り組みなどを強化しています。

─具体的にささげで強化している点とは。

 担当者が商品部と細かいコミュニケーションを図って、隠れた商品特性などを掘り起こしてアピールするようにしていることです。商品について伝えたいことはたくさんありますが、取扱品目も多いために、伝えようとすると意外と取りこぼす情報も出てきてしまいます。そうした中で、もっと掘り下げて聞きたい内容に時間をかけて細かくリサーチすることで、うまく落とし込むことができるようになっています。

 例えば洗えるスーツであれば、ただ「洗える」ということだけではお客様に響きにくいでしょう。「夏場の日々の汚れや汗・匂いをとるには洗うことが重要」というような実際の接客トークに近いものを落とし込んでいくことで、写真だけではイメージできない部分を膨らませることができています。

─スタッフスナップの導入について、その効果などは。

 数年前から取り組んでいるものです。実店舗スタッフが店舗業務の合間を縫って商品の着こなし撮影やキャッチコピーの作成に取り組んでくれています。結果的にコーディネート画像が積みあがることで、買い物の参考になるようなコンテンツが充実していきます。直接の売り上げ以上の効果があると見ています。

─スタッフ目線で行う投稿写真の良さとは。

 自分の体型や雰囲気に合った販売員が着ている商品を選んで見ることができるのが大きいと感じています。プロのモデルの写真では、イメージが付きづらいこともあります。スタッフがモデルになると、リアルな着こなしやサイズ感が伝わります。加えて単品で購入しようとしていたお客様が、組み合わせのコーディネート投稿を見ることで、購入する商品が広がることもあります。まとめ買いにつながっている面もあるのではないでしょうか。

 今は全国の店舗スタッフの中から、選抜されたメンバーが投稿に参加しています。女性スタッフの比率がやや高いのですが、年齢も様々で、決して若手だけでなく、50代のスタッフも熱心に投稿してくれています。また、売れ筋の商品だけを取り上げるということではなく、何かしらのテーマを持って、それぞれが入荷された商品を見ながら個人で良いものを選んで投稿しています。

時短勤務の女性社員を有人チャットで試験活用

─顧客対応ではチャットも強化している。

 ウェブチャットスタイリングサービスがあり、これは自動応答と違って、有人で行っているものです。お客様に支持されているAOKIの本質として
「商品」と「接客」がありますので、販売スキルを有する社員がネットを介して商品を紹介し、お客様が実店舗やECの好きなところで購入できる状態をつくることは、目指すべきOMOの一つの形になると考えています。

 自動応答やAIの活用も効率が高いので、定型的なところでは利用した方が良いと思っています。ただ、サイズ感や着こなし方、フォーマルウェアゆえに必要となるマナー知識など、ネットからではなく、信頼できる販売スタッフから話を聞きたいという場合もあります。これはデジタル社会においても変わらない部分なので、そういった不変のニーズに応えていくことが大事でしょう。顧客満足度の向上は最終的なファン化にもつながります。

─現在、チャット対応は時短勤務の女性社員の新しい働き方の1つとしてテスト運用を行っていると聞きました。

 昨年より、産休・育休から復帰した時短勤務社員の働き方を広げる取り組みとしてテスト運用しています。具体的には、夕方の子供のお迎えまでの6時間を店舗勤務。帰宅後に残りの2時間をチャット対応勤務に切り替えるというものです。また、AOKIとORIHICAでそれぞれに担当がいて、相互に応えられる環境となっており、それを統括するメンバーもいるため、(サービスの稼働)時間内に質問に対応できる体制となっています。

─実店舗とECの連携について力を入れていることとは。

 OMO戦略としては(ネットとリアルをシームレスにつなげる仕組みである)「イージーウェブショップ(EWS)」の名称で展開しています。EC購入商品が送料無料で受け取れる「店舗受け取り」、ECで見つけた商品を試着のために店舗に取り寄せられる「取り置き予約」、店舗で気になった商品についてその場で発行した2次元コードをスキャンすることで帰宅後にECから購入できる「テイクアウト」、店舗で気にいった商品をご購入後、自宅に配送する「ウェブオーダー」の4つのサービスがあります。

 ウェブオーダーについてはオリヒカで全店舗に導入していて、AOKIでは現在7店舗(前年同期は2店舗にトライアル導入)に導入しており、都市部を中心に導入店舗数が増えています。こうしたサービスは利用するまでの初回の壁を超えることが難しいものですが、ここを超えればメリットを感じてもらうことができて確実にリピートにつながるでしょう。

 そのほか、アプリへの入会促進やスタッフスナップによって、リアル店舗とデジタル領域の関係は深まっていると感じています。(お客様でも)スーツは実店舗、シャツやトップスはECで購入するなど、それぞれの都合に合わせた上手い使い分けが進んでいる印象です。

レディース事業の拡大は大きなテーマに

─近年、力を入れているレディース商品における戦略とは。

 ここを伸ばすことは会社としての大きな方針です。全社的には、女性に向けたMeWORKのキャンペーンを行っており、女優の上戸彩さんや今田美桜さんが出演しているテレビCMや動画広告、SNS広告などを使って認知を高めていることがベースとしてあります。そこに、サイト内でコンテンツの充実として、スタッフスナップなども使いながら様々なことを行っています。

─レディース商品とECの相性は良いのでしょうか。

 レディース商品のある品種においては、実店舗よりもECの方が何倍も構成比が高くなることもあります。そういった意味ではメンズ商品とは違うのかもしれません。もともとAOKIでは男性のお客様がご来店することは根付いていますが、レディースについてはここ20年くらいの話なので、まだまだ新しい顧客層の流入が多く、当たり前のように「ECを入り口」にしてAOKIを見ています。そうした違いはあるのかもしれません。

─今後の事業展望について

 CX戦略の一元化を実現できる体制の確立が、今回の組織変更に与えられた重要なミッションだと思っています。一般的に言われているOMOを、AOKIのお客様に合わせた内容で実現することを突き詰めて考えていきたいです。高い接客スキルを持つ約600店舗(ORIHICA含む)のスタッフが一つの強みになります。その上で、リアルもECも関係なく、お客様の都合に合わせてシームレスに買い物を楽しんでもらえるよう、均一されたサービスを提供できることが重要です。その際には、実店舗の強みをECでどうやって再現していくかが、今後の課題となるでしょう。

 そのほかにも、商品やCMを含めたキャンペーン、セールでのリアルとECの横連携の強化があります。また、入り口となるアプリ入会の継続的な促進も大事です。そして、社内外を含めたEWSの周知であったり、さらにはお客様が欲しいと思える品揃えの展開など。

 また、すべてを支える物流やシステムの基盤強化についても、今後取り組んでいきたいと思っています。

 実店舗とECの両方を利用するお客様を増やすことで、最終的なLTVの向上にもつながり、もっとAOKIのファンになってもらえると考えています。



近松良(ちかまつ・りょう)氏
1973年生まれ、1996年4月にAOKIへ新卒入社。店舗勤務を経て、1997年から販売促進部にて、チラシ・DM企画制作を中心としたセール企画立案業務を担当。以降、アナログ媒体を担当しながらも徐々に職域を広げてマス広告も含めた部署の責任者として着任。直近でデジタル、ネット通販なども含めた全体的なマーケティングコミュニケーションを統括する部署が新設され、責任者として着任。現在に至る。

◇ 取材後メモ

アパレル業界において、近年、EC化が一気に進んでいるのがスーツ市場の分野です。かつてはその商品の特性上、ネット上だけでの商品提供には難しい面もあるとされていましたが、ここにきて実店舗との連携や最新ツールの活用でそのハードルを取り除く動きが見られています。とりわけ、同社においては、全国を網羅する実店舗とそれを支える現場スタッフの存在がEC事業においても大きな強みとなります。スタイリング提案や採寸、購入後のアフターフォローなど様々な場面でECをサポートすることが可能で、ネットとリアルのチャネルを自由に行き来する現在の顧客ニーズに対応することができるでしょう。今後も拡大が見込まれる同市場において、積極的な取り組みが注目されます。

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