楽天グループでは、西友との合弁会社「楽天西友ネットスーパー」の合弁を解消し、楽天が倉庫型ネットスーパー事業の単独運営を、西友は実店舗を起点とする店舗出荷型ネットスーパー事業を単独運営する形態へと移行した。2024年8月8日には「楽天西友ネットスーパー」の社名を「楽天マート」に変更。9月24日にサービス名も「楽天マート」へと変えた。楽天におけるネットスーパー事業の成長戦略とは。
西友と楽天の「ネットスーパー」というビジネスへの捉え方が変化
高付加価値品を強化
─西友との合弁を解消した経緯について教えてください。
西友は実店舗のスーパーマーケットがベースの事業だし、楽天はEコマースがベースなわけで、よりネットスーパー事業を大きくしていく上で、方向性の違いが生まれました。西友は、よりリアルのスーパーマーケットと連動した形でネットスーパーを伸ばしていくという方向、楽天は「楽天市場」を代表とするEコマースと連動する形でネットスーパーを大きく伸ばしていく、という方向です。双方とも、一定程度のユーザー基盤を構築はできているので、合弁は解消してそれぞれの戦略に沿った形で事業を伸ばしていこう、ということになったわけです。
─そういったことで事業に支障は出ていなかったでしょうか。
そういったことはありませんでした。ただ、倉庫型のネットスーパーは大きな物流センターが必要なわけで、楽天もかなり大きな設備投資をした事業を運営してきたわけです。合弁契約を締結した当時と事業環境は変わっており、西友と楽天の「ネットスーパー」というビジネスに対する捉え方が変わったことが大きいですね。
─サービス分離直前の楽天西友ネットスーパーにおける、店舗出荷と倉庫出荷の売り上げ比率は。
ほぼ半々です。最近は倉庫出荷が大きく伸びていました。
─サービスが分かれることで、流通額が減少する懸念は。
そこは特にありません。店舗を起点としたネットスーパーは、従来から西友が運営していたわけで、楽天は倉庫を起点にしたネットスーパーを営んできました。当然、両者の協力体制はありましたが、実態としては合弁を解消することでのマイナスポイントがあるわけではないです。
─日用品直販「楽天24」との違いは。
ナショナルブランドのグロサリー品は楽天24でも扱っていますが、売り方が全く異なります。例えばペットボトル飲料の場合、楽天24は1ケースからの発売ですが、楽天マートは1本からでも買えます。
─倉庫型出荷のメリットは。
店舗型は「その店舗で売っているものがネットでも買える」利便性がメリット。一方で倉庫型なら、倉庫にある商品を全て売ることができます。楽天マートでは、港北、松戸、茨木にある倉庫を拠点として、首都圏、関西圏の約1200万世帯を対象にサービスを展開していますが、この規模の商圏をカバーしようとすると、店舗型なら数百店舗を構えなければならないわけですが、倉庫型なら3拠点でカバーできるわけです。例えば、新商品を棚に配置する場合、実店舗が数百店舗あると相当な労力がかかるわけで、気軽に商品の入れ替えをするのは難しい。さらに、数百店舗に商品を置くとなれば、仕入れロットも大きくなります。ところが、倉庫型なら拠点に在庫を配置し商品ページを作成するだけ。店舗型よりもかなり少ない労力で商品の上げ下げができる。そのため「売れるかどうか分からない」というアイテムでも、小ロットで仕入れて売れ行きをみることができます。広い商圏をカバーしながら、小型の専門店のような機動力で品揃えすることが大きなメリットといえます。
─他のネットスーパーに話を聞くと、「店舗があることが強み」との声が出てきます。倉庫出荷型でどのように店舗出荷型に対抗するのですか。
店舗が強みという側面はあると思います。店舗があることで、もともと店舗の顧客だったユーザーに、もっとお金を使ってもらうというOMO的な考え方です。ただ、倉庫型ネットスーパーには、少ない拠点で多くのユーザーをカバーできるという利点がある。それは、小規模なセレクトショップ的な品揃えの店を大規模に展開するというもので、大手スーパーマーケットとは見ているところが違う。「大規模なセレクトショップを展開できる食品スーパー」という利点をどう活かすか。楽天にはそれを活かすための素地は十分あると思っています。
─「楽天市場」や「楽天ふるさと納税」などのグループサービスで扱う商材との相性が良いわけですね。
例えば、地方の珍しい商品は楽天ではユーザーから支持されています。普通のスーパーでは売っていないような商品を、楽天のネットワークを通じて小ロットからでも仕入れ、ネットスーパーという業態で関東・関西の消費者に販売することができるのは、非常に大きな強み。今後、品揃えの強化と、楽天ならではの強みを活かしてサービスを展開していきたいですね。
─具体的には。
2024年7月に「産直ふるさと食品街」というコーナーを設けました。これは、ふるさと納税の返礼品など、地方の特産品をラインアップした売り場です。今後は楽天市場の店舗と連携して、地方の特産品などを小口で販売するということを24年末から開始します。食品事業者の場合、楽天市場や自社通販だと、バルク売りしかできないケースもあるので、チャンスロスも多い。「楽天マートなら小口での販売もできますよ」という声がけもはじめており、店舗からの期待値は高いと感じています。
─単価や売れ筋も大きく変わるわけですか。
中長期的には変わっていくのではないでしょうか。アイテム数も約1万4000で、まだ大きな変化はありません。ただ、西友との合弁解消23年末ですが、24年いっぱいはサービス移行期間ということで協業が続いており、25年以降は徐々に変わっていくのではないでしょうか。受注単価も15%くらいは上げたいと思っています。
─価格訴求というよりは付加価値の訴求に舵を切るわけですね。
これまでは西友の「EDLP(エブリデイ・ロー・プライス)」に引かれてサービスを利用していたユーザーが多かったのは事実。ただ、今後は楽天ブランドでサービスを運営していく方針なのでで、高付加価値品を強化していくことになります。
─単価増によるメリットは。
配送効率が良くなります。楽天マートは1日6スロット設けて、自前で配送網も構築しているわけですが、ユーザーの利便性と運用の効率性はトレードオフの関係にあるわけです。毎日100%稼働でオーダーが入ればかなり効率的に運営できるわけですが、現段階では必ずしもそうなっていない。そうなると配送コストの問題が出てくるわけで、サービス運営上の大きなボトルネックになってしまいます。ただ、ユーザーの注文単価が上がれば、売り上げに占める配送コストの割合が下がり、最終的には利益につながります。
IT企業であることが強み
─競合として意識しているのはどこになるのでしょうか。
ネットスーパーという業態はまだまだ普及しておらず、今後もっと広めていかなければわけで、いろいろなプレイヤーがマーケットに出てくることで育っていくと思っています。そういう意味では、ネットスーパーを運営している事業者は競合ではありますが、まだまだ小さいマーケットなので、ともに大きくしていく存在でもあります。
─ただ、アマゾンはライフと組んでネットスーパーを展開しています。楽天が、スーパーとして知名度の高い西友と袂(たもと)を分かったことによるデメリットもありますよね。
確実なデメリットとしては「楽天」というブランドで「食品スーパー」を思い浮かべるユーザーが、現時点ではいないことがあります。ただ、そこは私たちが徐々に払しょくしていかなければならない部分です。やはり西友はスーパーとしてのブランドとしては確立されていますから、そこがなくなるのは大きなチャレンジです。
─食品スーパーとしてのイメージを持ってもらうための戦略は。
楽天は、日々の食品を買う場としてのイメージはなくても、楽天市場の食品は非常に大きなマーケットですし、昨今は楽天ふるさと納税を利用して、食品の返礼品を体験しているユーザーも非常に多いわけです。ですから「食品スーパー」としての認知はなくても「食品を買う場」としての認知は一定程度あります。今までは「お取り寄せグルメ」や「ふるさと納税」のイメージしかなかったものを、デイリーユースの「食品スーパーとしての楽天」というイメージに徐々に変える。楽天マートにおけるお取り寄せグルメやふるさと納税が起点になると思っているので、品揃えを強化していきます。
─配送の便数に関しては、サービス間競争も激しいのではないですか。
各社苦労しているところだと思います。配送網を構築には相応の先行投資が必要になります。ただ、当社に一日の長があるとすれば、IT企業であるということ。例えば、あるエリアに5台のトラックが準備されていて、300件の注文が入ったとします。そういう場合、どういうルートで配送すれば効率的かを割り出す必要があるわけですが、昨年来AI化を進めることで、配送効率が大きく改善しています。こうした点は、スーパーという業態の競合に対する大きな強みではないでしょうか。
─今後、さらなる効率化を進めていく上での課題は。
少しでも多くのユーザーに使ってもらうのが最大の効率化です。倉庫型ネットスーパーのメリットとして、大きな倉庫に小規模な専門店のような品揃えが用意できることだと説明しましたが、現時点で多くのユーザーに使ってもうらため、そういった部分をフルに活用したサービス展開ができているかというと、必ずしもできてないという現状があります。つまり、リアル店舗に買いに行くのと品揃えがあまり変わらず、「外出できない事情がある」「天気が悪い」といったもの以外に、ネットスーパーを使う動機づけができていなかったという反省があるわけです。
─生鮮食品は今まで西友が仕入れていたと思いますが、価格競争力を保てますか。
西友との合弁時代から、一部青果などは独自調達を行っていましたし、精肉・鮮魚なども調達先を開拓して販売を開始しています。価格に関しては、特売チラシと戦えるくらいの値付けで販売するものと、品質で勝負するものの2つがあると思います。楽天マートの場合「楽天ポイント」という大きなインセンティブがあるので、そこもうまく活用しながら、セールイベントも行っていきたいですね。
ネットスーパーを使う動機付けができていなかったのが反省点
─コロナ禍で大きく伸びたネットスーパー市場ですが、やや停滞気味です。もっと伸ばすためには何が必要ですか。
暑い日や、大雨の日でも買い物ができるという利便性は伝わったと思いますが、「もうお店に行くのもやめて、全部ネットで買い物をしよう」とまではいかなかったわけです。やはり、配送の利便性を今よりも上げなければいけないと思います。現在のネットスーパーは配送員の手渡しが基本であり、冷凍・冷蔵品があることを考えると置き配がやりにくい。一部の戸建てユーザーには、保冷ができる状態で指定場所に置き配をしていますが、大都市はマンション住まいが多い。特にオートロックをどうするか、入ってからどこに置けばいいのかなど、解決しなければならない課題がたくさんあります。また、タワーマンションでの効率的な配送は大きな課題であり、管理会社が仲介するような動きも出ているのですが、ネットスーパーの荷物となると、保冷の問題もあって一段ハードルが高いわけです。実は、韓国ではネットスーパーの普及率が非常に高く、それはオートロックのマンションでも、宅配業者が暗証番号を知っていて置き配ができるからなんです。日本ではなかなか難しいと思いますが、業界全体で打ち手を考えなければいけないと思います。
─ネットスーパー事業の楽天経済圏における位置づけは。
食品スーパーはユーザーとの接点が他サービスよりも圧倒的に多い。楽天マートなら、週2・3回使うユーザーはかなりいますが、楽天市場を定期的に週に2・3回使うユーザーはなかなかいない。楽天マートの規模がもっと大きくなれば、経済圏トータルでみても非常に重要なピースとなってくるでしょう。食品ECは大きなポテンシャルがあるので、楽天としてのアクションを取り続けることが重要です。
盧誠錫(ろう・まこと)氏
コンサルティングファーム、Webサービスのスタートアップを経て、2011年楽天(現・楽天グループ)入社。2017年楽天データマーケティング株式会社執行役員。2023年7月より現職。
◇ 取材後メモ
西友との合弁以降、順調に流通額を伸ばしてきた楽天のネットスーパー事業。しかし両社は「同床異夢」だったようです。実は「新楽天マート」、合弁以前の「旧楽天マート」と同じ形態のサービスに戻ったわけですが、盧社長は「いろいろなことを学び、体力もつけてそこに戻ってきたということ」とポジティブに語ります。西友と分かれて新たな出発を図る楽天マート。「EDLP」に引かれて購入してきたユーザーが離れることが危惧される中で、楽天経済圏からどれだけ新規ユーザーを取り込めるかがカギになるでしょう。