ジュンは、自社ECでCRMやSNS活用などの強化を図り、現状は約3割の自社EC比率を5割程度まで高めていく。一方、自社ECに在庫がないときでも在庫のある実店舗から購入者の自宅に直接配送する「ラクトリ」サービスは店舗スタッフの負荷が大きくなったため、対象店舗を減らした上で在庫を多めに積み、効率化を図るなど再整備している。大西健司執行役員デジタルマーケティング事業部ディレクターと石川剛執行役員ECセールス事業部責任者が語るジュンのECおよびOMOの戦略とは。
外部ECモールでのクーポン施策をやめた
自社ECへの投資を強化
─2024年9月期のEC売上高については。
石川:自社通販サイト「ジャドールジュンオンライン」の強化を進めていて、前期の自社EC売上高は前年比2ケタ増となりました。とくに、下期が始まった4月に組織改編があり、EC部門と各ブランドのEC担当が統合されたこともあって、上期と比較して自社ECがかなり伸びました。これまではブランドごとに委ねられていたEC施策の判断の早期化と実行の強度が、一つの事業部に統合されたことで大きく変わりました。
─ECビジネス全体としてはどうでしょうか。
石川:前期のEC事業全体の売り上げはほぼ横ばいでした。24年4月以降は、売り上げの約7割を占める外部ECモールでクーポン施策をほぼやめるという戦略に切り替えました。外部モールへの広告費用の一部を自社ECの集客施策に回し、自社ECを伸ばしながらEC事業全体として横ばいで着地できたので、利益面は改善しました。自社ECへの投資を強化して伸ばすことに注力した下期でした。
─デジタル広告費は高止まりしています。
大西:元々、自社ECへの広告投資が足りていなかったので、外部ECモール向けの広告費を振り分けました。また、従来の固定額で広告を回してサイト流入、売り上げを獲得する体制から、予算に対して必要な購入者数、売り上げを逆算してKPIを振り直しました。広告からの流入予算、売り上げ予算を明確にして運営したことが大きいと思います。
リアル店舗を大事にする会社として、ウェブ広告の理論が浸透していませんでした。例えば、リスティング広告で成果を出そうとしたら、ブランド名などの検索される量を増やさない限りリスティング広告からの売り上げは増えないので、検索されるような施策もセットで実施できるようになったことが従来との違いです。SNS広告で検索してもらえる数を増やした上で刈り取るといった取り組みが浸透してきました。
─組織改編の成果がありました。
石川:以前よりEC事業のメンバーと各ブランドのEC担当者が近い距離で仕事をしているので、日々のコミュニケーションがとりやすくなりました。従来は各ブランドでECの戦略を立てていましたし、スタッフのECリテラシーやSNS活用などの理解にも差がありました。日常のコミュニケーションを深めることで、ボトムアップにつながりました。
─SNSを活用して店舗スタッフのインフルエンサー化に取り組む企業が増えています。
大西:スタッフのインフルエンサー化はブランドごとに目標を立てて取り組んでいますが、スターのスタッフが育っているわけではないので、広告を活用しながらSNSを強化しているのが現状です。
─スタッフのスタイリング投稿などは増えているのでしょうか。
大西:SNSへのスタッフ投稿を強化しています。SNSはフォロワー数が1万人であっても、SNSの利用者はさまざまな人やブランドなどをフォローしているので、1投稿が1000人程度にしかリーチできないことは多々あります。本来のフォロワー数よりも多くの人にリーチできる投稿を広告化してさらにバズらせたいので、アパレルのSNS活用で実績のある外部コンサルタントを招き、店舗スタッフ向けの講習会を毎月開催するなどしてSNS投稿の質を高めています。実際、フォロワー数が講習前の5~10倍に増えるスタッフも出てきています。
─新規獲得や顧客の定着化に向けた課題はありますか。
大西:スタッフのSNS投稿を経由してオーガニック流入を増やす部分はもっと強化しないといけません。また、顧客管理の側面では、CRMシステムを導入してMAを回していますが、知識を持つ人しか動かせず、データを活用した施策の立案までは十分にできていないことが課題です。近くシステムを刷新して、ひとつのシステム内でさまざまなデータを集約し全体像を把握できるようにすることで戦略を立てやすくします。
石川:自社ECでの顧客化推進の取り組みとしては、ポイントアップキャンペーンなどを展開しました。予約商品の購入で付与ポイントをアップしたり、2カ月に1度、ポイントアップする施策を、リアルの直営店も含めて実施したりしています。従来はブランドごとに実施していましたが、ブランド横断型で実施するようにしました。また、顧客化推進の一環として、24年の春からは自社ECでゲスト購入の機能をなくし、会員登録を必須にした結果、実店舗と自社ECを併用するクロスユース率が高まっています。
取り寄せは対象店舗を厳選
─自社通販サイト「ジャドールジュンオンライン」に在庫がないときにチャットスタッフに相談すると、在庫のある実店舗で商品を確保し、購入者の自宅に直接配送する「ラクトリサービスの状況はいかがですか。
大西:「ラクトリ」とそれに近い機能で、自社ECで気になる商品を実店舗に取り寄せることができるサービスは評価をしながら進めてきました。その中で、外部ECモールの欠品商品も実店舗で取り寄せ対応を行うケースが出てくるなど実店舗の負荷が過度に高まりました。そこで、対象の店舗を減らす一方で、その店舗の在庫は多めに積むなどして効率化を図っているところです。
また、「ラクトリ」の利用が増えるということは、EC用の在庫が不足しているからで、自社EC用の在庫を増やすことで欠品商品を減らす取り組みにも着手しています。
─具体的には。
大西:これまで、EC用の在庫は「ゾゾタウン」の倉庫に置いていたので、ゾゾユーザーには配送スピードなどで満足してもらえていましたが、自社ECをさらに強化するのに当たって、EC旗艦倉庫を神奈川県内に開設しました。自社ECで販売する分は旗艦倉庫で保管し、配送スピードも含めて顧客サービスの品質を高めていきます。“ジャドールファースト”の観点からEC用の倉庫を開設しました。
─「ラクトリ」などのOMOサービスはオペレーションが難しいと言われています。
石川:リアル店舗に人流が戻っている中、コロナ禍で整備した仕組みを検証し、アパレル店舗の強みである接客品質を維持するためにも、「ラクトリ」サービスによる店舗スタッフへの過度な負担は減らします。「ラクトリ」はスタッフ数や保管スペースにある程度の余裕がある店舗で行います。関東エリアの店舗スタッフにEC付帯業務が増えていることについてヒアリングしていて、全体最適となる取り組み方を模索しています。
コロナ後のスタンダードにサービス設計を合わせる
─リアル店舗の接客品質は欠かせません。
石川:全国に300強ある実店舗が顧客接点の場になっています。リアル店舗とECの一体の成長を考えると、店舗の顧客満足度向上を図ることはECにとっても大事です。
大西:コロナ禍でECに寄り過ぎたサービス設計を、コロナ後のスタンダードに対応していく必要があります。
有人チャットが好評
─評判の良い自社ECのチャットサービスの現状については。
大西:自社ECで展開しているチャットサービスをさらに強化していくかどうかは検討中です。元販売職のスタッフが行う有人チャットのメリットは、実店舗と同じグレードの接客ができることです。例えば、EC利用者にスタイリング提案を求められた際に、商品ページへのリンクを貼って確認してもらうようなよくあるチャットサービスではなく、当社では独自のツールを使って、商品画像を切り貼りしたコラージュ画像の形で提案しています。
─チャットではスタッフを指名できます。
大西:有人チャットだからこそ「このスタッフに接客してほしい」というニーズに応えることができます。チャットスタッフに顧客が付いていて、満足度が高いサービスです。一方で、現状は土日・祝日を含めて午前10時~午後7時まで総勢17人体制で対応していますが、ニーズの少ない時間帯などもあるので、ある程度、対応時間を絞って効率的な運用を行っていきたいと思っています。
実店舗での声がけと同様に、EC利用者のサイト内行動に合わせてチャットサービスの表示タイミングや表示内容を変えることも視野に、トライ&エラーを繰り返しながらサービス設計を見直していきたいです。
─自社ECのコンテンツで強化していることは。
大西:最近では集客力を高めるために、自社ECの特集企画にもモデルを起用してコンテンツのリッチ化に取り組んでいます。
─セレクトショップ型ECの「ライフ&ビューティバイジュンオンライン」の取り組み状況は。
大西:「ライフ&ビューティバイジュンオンライン」は「ジャドールジュンオンライン」とは別サイトとして展開しています。ポーチからはみ出していても映えるようなパッケージの商品も含めたおしゃれなスキンケアアイテムやライフスタイルグッズ、香り系のアイテムなどを展開していて、韓国のスキンケアブランドなども充実させています。
─外部ブランドの商品を扱うなど自社ECを“モール化”する流れもあります。
大西:個人的な意見としては「ジャドール」の中でポップアップのように取り組んでみてもいいと思っています。自社のブランドポートフォリオを補完できるようなブランドをEC部門で仕入れられる仕組みがあってもいいですよね。当社はメンズのブランドが少ないので、例えばメンズのトレンドの商品、古着などを扱っても面白いと思います。それらが販売軸でもあり、集客軸にもなり得るので、取り組めたらいいですね。
─今期のEC事業の成長率は。
石川:25年9月期はEC全体で2ケタ成長を計画しています。現状、EC売上高に占める自社EC比率は3割程度ですが、ゆくゆくは5割に高めていきたいです。
石川剛(いしかわ・たけし)氏
大学卒業後、複数のファッション企業にて販売、営業、ECを経験し2019年に株式会社ジュン入社。自社モールの運営マネージャーおよびブランドのデジタル推進を経て、2024年4月より現職。
大西健司(おおにし・けんじ)氏
大学卒業後、ファッション企業にて自社モールの運営を担当。フリーランスとして、ファッション・コスメ・スポーツメーカー等のEC支援事業を経て、2023年12月に株式会社ジュン入社に入社し現職。
◇ 取材後メモ
ジュンは、コロナ禍でチャットサービスや店舗在庫の直送サービスなどを整備し、自社ECの利用者から好評を得てきました。スタッフスタイリングのコンテンツをはじめ、店舗スタッフがECに登場する機会も増えました。一方、人流が回復して店舗がにぎわい始めると、店舗在庫の直送サービスは店舗スタッフに負担がかかり過ぎていることから、サービス対象店舗を減らすという決断をしました。「コロナ禍でECに寄り過ぎたサービス設計をコロナ後のスタンダードに合わせていく」と大西氏が語るように、OMO型のサービスはその時々で消費者から求められることが異なりますし、企業側の人員体制によってもサービスレベルの強弱をつけざるを得ないと感じます。