良質の技術・商品を持ちながらも、時代から取り残されたり、埋没しているブランドは存在する。こうした企業に再び光を当てるのがデジサーチアンドアドバタイジングだ。時には資本参加して、二人三脚でブランドの再生を請け負う。「ブランド側にも変革する勇気と情熱が必要」とする黒越社長に、ネット販売によるリブランディングの手法などについて聞いた。(聞き手は本誌・神崎郁夫)
農耕型の企業再生
──老舗バッグメーカーの濱野皮革工藝をネット販売で復活させたと聞きました。
その通りです。濱野さんとの取り組み以外にも、漆器の山田平安堂さんなどのブランド再生・育成にも共同で取り組んでいます。当社は、通販サイトの運営だけでなく、企業のブランディングや商品の企画まで踏み込んだコンサルティング業務が強みです。場合によっては資本参加も含めて企業のブランディングを手助けしています。販路としてはネット販売だけでなく、実店舗の開発を行うこともあります。商品の開発段階から販路に至るまでをトータルでプロデュースするわけです。
──プロデューサーの役割を担うわけですね。
当社は通販サイトを運営しているので、ネットを介した売り上げの拡大はもちろんですが、当該企業(ブランド)の再生、育成に重点を置いています。言うなれば当社は”農耕型”です。時間と手間をかけてブランドを練り上げていきます。
──契約は成果報酬型を採用されているのでしょうか。
そうです。利益は、あらかじめ決めた配分率で分け合う”レベニューシェア”でパートナー企業と契約しています。支援する当社としても”当事者”として売り上げを拡大させるのに真剣になりますし、ブランド側も成果が出ない場合の支払いを抑えられることで、投資リスクが軽減できるという利点があります。
──ネットを活用したブランディングで気を付けなければいけないことは何でしょうか。
まず、顧客を作る前に、いきなり通販サイトを立ち上げても運営は難しいということです。簡単には売れないと思います。高いお金を出してサイト制作を外部に委託しても、すぐには成功しません。なぜなら、サイト作りがいくらうまくても、ブランドの世界観や、商品の良さを充分に知らなければ、本当の意味での”ブランディング”は難しいからです。
──御社がブランドを再生する強みはその辺りにありそうですね。
当社では、クリエーター志望の学生3000人から厳選した数名を採用しています。クリエーターは、開発コンセプトや店舗イメージなど、いわゆるブランドマネージャーの役割も担っています。ブランドマネージャーは1人1つのブランドを担当しています。商品のキャッチから撮影作業、ページ構成などをすべてを1人で行っています。
──そうなると、ブランドマネージャーの能力が企業再生に直結しそうですね。
もちろん、重要な役目を負っています。当社では、創業者に会ってブランドのスピリットをより深く理解するのはもちろんのこと、工場に行って職人と話をしたり、取り扱い商品と関連する展示会にも足を運びます。当たり前のことですが、ブランドマネージャーが担当するブランドをとことん知り尽くすことがブランディングの第一歩というわけです。基本中の基本ですが、この部分に手を抜いてはいけません。商品作りやサイト作りに愛情がこもっているかは、消費者がすぐに見抜くものです。
変りたくないから”変える”
──ブランドの再構築、つまり”リブランディング”を実施するために重視する点はどこでしょうか。
まず、ブランドの経営者、つまり先ほど例に挙げたような老舗企業でいうところの”当主”が、本気で自身のブランドを愛しているかどうかです。ブランドの再生に成功する企業の共通点を見てみますと、やはり自社ブランドを強烈に愛している人が経営陣にいるものです。
──御社の取り組み先として比較的新しい企業も抱えていますが、老舗ブランドに限定しているわけではないようですね。
もちろん、老舗に限定しているわけではありません。ただ、自社のブランドに情熱をそそいでいる人がいるかどうかが、お話を受ける上で譲れない条件です。だからこそ、老舗とのパートナーシップが多くなる部分はあると思います。
──ブランドに歴史があればあるほど、ネットという販売チャネルを嫌う傾向にありそうですが、その点はいかがでしょうか。
以前、ある老舗企業の当主に、『老舗は変りたくないから変える』と言われたことがあります。非常に長い期間、同じ価値を提供し続けるためには、常に努力と変革に取り組む必要があるわけです。つまり、時には新しい物を取り入れる柔軟性が必要ということだと思います。老舗と言われる企業ほど、こうした努力をしてきたのだと感じました。
ブランドの本質に触れる
──老舗が行うネット販売の利点はどこにありますか。
老舗やデザイナーなどが、その歴史や背負っているものに制限されることなく、自由に企画し、表現できるのがネットの世界の良いところです。単に、希少性とか限定モデルとかではなく、新しいチャレンジが込められた商品をネットだからこそ販売することができるのではないでしょうか。また、実店舗の立地などに左右されることなく、いくらでも”尖った商品”を消費者に提案できるのも利点です。『ネット販売はブランドの価値を下げる』という方もいますが、それはブランディングの仕方の問題です。
──情報量の多さもネット販売の魅力のひとつですね。
その通りです。当然ながら、ネット販売では商品のコメントなどで売り上げは大きく変わってきます。ファッションアイテムであれば、使用方法や着こなしを伝えるのは当たり前です。それだけではなく、通常、実店舗の棚に並べてあるだけでは伝わりづらい商品誕生までのストーリーや職人の技術、素材の特徴などを、写真や文章を惜しみなく盛り込むことで、普段はなかなか知ることのないブランドの”本質”にまで触れられるようにしなければいけません。これは、ネット販売の大きな強みになります。
──その分、大変なこともありそうです。
そうですね。通販サイトの方が表現に自由度があり、ブランドの持つDNAを正確に表現できる反面、コンテンツの重要性、つまり質の高さが求められます。
──売り上げ拡大につなげる”成功方程式”のようなものは、あるのでしょうか。
ネットを活用したブランディングで大切なのは、伝える能力と、クチコミを起こす戦略です。細かいことですが、他人に紹介しやすいページ作りに配慮することは重要です。ただ、クチコミを活用するには、実績を出すことが大事で、そのためにも、ある程度の広告費は必要です。それと、有名人の”本物の”ファンを作ることです。もし、そうしたファンがつかないのであれば、爆発的に売れる水準にまで達していないということで、商品から作り直す必要があります。熱烈なファンがついた後は、アフィリエーターを呼んで”ブーム”を作っていくという流れが理想です。
ネット&メゾン
──掴まえたファンを離さない”コツ”など、今後のネット販売はどうあるべきでしょうか。
これからは、「ネット&メゾン」の時代です。ここで言うメゾンとは実店舗のことです。通販サイトのほかに、きちんとした店舗をひとつ持つことが重要です。店舗は固定費も含めてコストがかかりますので、売り上げ拡大の軸となるのは、あくまでネット販売です。ネット上の顧客でも、店舗があれば『見てみたい』となるものです。その際、リアルとネットでは多少違う商品を展開することで、相互に客が行き交う状況を作るべきです。
──御社の通販サイト「エルトゥーク」でも実店舗を持つ企業が多いですね。この「エルトゥーク」という名にはどんな意味があるのでしょう。
昨年10月に本格オープンしましたが、「エルトゥーク(erutuoc)」というサイト名は、注文を受けてオーダーメードで作られる一点ものの高級衣料品をさすフランス語の『クチュール(couture)』を逆さから読んだものです。ここでしか購入できないオートクチュールな商品をそろえるというサイトのコンセプトそのものというわけです。
──どのような商品を取り扱っていますか。
バッグなどのファッションアイテムを中心としたセレクトショップで、バッグでは、ニューヨーク発の「ro(ロー)」や、神戸に実店舗を構える「ATAO(アタオ)」、子供服の老舗として有名な「ギンザのサヱグサ」のバッグラインなどを扱っています。そのほか、漆器の山田平安堂など、バッグ以外にも取り扱いの幅を広げているとことです。
──御社がブランディングした企業が通販サイトで収益を拡大している理由はどういうところにあるのでしょうか。
受注生産で在庫リスクを回避し、セールで販売しなくても良いスキームを構築している点でしょう。実店舗と違い、ネット販売ではサンプル品があれば、受注生産に対応できます。当社では、取り扱いブランドを合わせると約100万人の顧客を抱えています。そのため、メルマガを配信して通販サイトにアップすれば、マーケット情報は3日くらいで把握できます。その反応を見ながら最初のロットを工場に発注すれば、過剰在庫を抱えないで済むというわけです。
老舗の”挑戦”
──ネット販売では、老舗企業や新興ブランドの新しいチャレンジを支えています。
「エルトゥーク」は老舗やブランドが”挑戦をする場”としても活用してもらっています。挑戦といっても、ブランドの価値を下げるようなセール販売はしません。ブランドの歴史などにとらわれない、新しい発想での物作りを応援したいと思います。
──実際に、老舗ブランドが新しい挑戦に乗り出しているのでしょうか。
例えば、山田平安堂は、本業の漆器分野ではこれまでも数多くの著名なアーティストやブランドとコラボした商品を展開していますが、ファッションラインを開発するに当たり、その発表の場として「エルトゥーク」を選びました。そのひとつが世界的な時計・ジュエリーブランドの「ショパール」とコラボしたスカーフなどです。当サイトでは、これ以外にもさまざまなコラボ商品が生まれています。