メルカリが昨年12月からライブコマース「メルカリチャンネル」を11の事業者に開放した。参画企業の1つがアパレルのネット販売を行う夢展望で、総在庫に対する販売率は高いときで96%となるなど好調な立ち上がりとなった。成功のポイントは、顧客を熱狂させる「人」と「企画」とし、双方向コミュニケーションの強みを生かした施策が重要になっているようだ。メルカリの石川佑氏と、夢望の濱中眞紀夫氏が語る、ライブコマースでの売り方や収益性、将来の市場観とは。
ライブコマースでコマース業界を変える
メルカリの世界感を崩さずに事業者に開放
――昨年12月に「メルカリ」でライブコマースを事業者に開放しました。なぜでしょうか。
メルカリ石川佑氏(以下、石川):「メルカリ」はCtoCのプラットフォームなので、事業者の利用は禁止しています。一方で、事業者からの需要があることは理解していました。今回、ライブコマース「メルカリチャンネル」に限定して事業者が利用できるようにしました。実態として、外から見たときに事業者を差別化していませんので、「メルカリ」の世界観を崩さずに事業者が利用できる環境を整えています。
――まずは11社でスタートしました。どのように参画企業に説明したのでしょか。
石川:ライブコマースの市場が大きいことと、ライブコマースでコマース業界を変えるイメージを持って取り組んでいることを説明しました。参画企業の1つとして夢展望にお願いしたのは、意思決定のスピードが速く、ライブコマースを柔軟にやってくれるだろうと期待したためです。
夢展望の濱中眞紀夫氏(以下、濱中):夢展望は、2013年7月に上場して以降、苦労した会社でした。15年3 月にRIZAPグループ入りしました。収益構造を変えることと、販路の拡大することが課題だと考えていました。ライブコマースはEC業界の変化の潮流に合致していると感じました。
お客様の志向が「C」に近づく
――変化の潮流とは。
濱中:通販は紙からネットにチャネルを変えました。お客様が目にする情報の多くは事業者が発信したものでしたが、最近では個人が発信した写真や情報が多くなりました。それに伴って、お客様の志向も「CtoC」に近づき、ビジネスを感じる情報は少しずつ敬遠されるようになったと感じています。例えば、あらかじめストーリーが出来上がっているインフォマーシャルよりも、書き込みにどんどん反応し参加できるライブコマースをお客様自身が受け入れるようになっているような気がしています。
石川:最初に夢展望に声をかけたときは、最初は何の話かを伝えずに来てもらいましたね。メルカリが目指す世界観を説明し、参画していただきました。
濱中:ライブコマースが浸透すれば、もしかしたらイーコマースの収益構造がひっくり返るかもしれないと感じました。イーコマースはコストがかかる業態で、商品の撮影や画像の編集、採寸や原稿などの“ささげ”といった業務が必要になります。ライブコマースはスマホ1台あれば、撮影しながらその場で放送ができます。撮影中は基本的にカメラを固定しているので構図や画像の編集などの業務は不要となり、コストはショートカットできます。将来、ライブコマースが本当に動いていくと面白いことになる、と感じました。
“従業員”が輝く新しい商圏に
――「メルカリ」はCtoCのプラットフォームです。事業者が入ることにあたって課題はありましたか。
石川:現在、10数の事業者が参画していますが、BtoCではなく、CtoE(エンプロイ)のイメージなんです。企業の従業員とお客様のコミュニケーションの場になっていて、従業員が輝ける新しい商圏が生まれています。担当者はブランドを背負っていますが、もともと「メルカリ」を利用しているお客様でもありますので、事業者と個人の配信に違いはないと考えています。とはいえ、参画事業者には、「メルカリ」の良さであるCtoCの世界感を崩さないでほしいとお願いしました。広告のようにやるのは間違いなので、CtoCらしさを崩さずに入ることが成功の秘訣だと伝えました。
――実際に夢展望ではどのように取り組んでいるのでしょうか。
濱中:毎週1回、配信する曜日と時間帯を決めています。担当者は1人で、もと
と大手アパレルブランドで副店長を経験した人材が配信しています。担当者は普段から個人でSNSをしっかりやっていることもあって、ライブコマースをとてもうまくやってくれています。配信は自社の会議室で行い、スマホ1台を固定して撮影と同時に放送しています。取り扱う商品や販促企画などは会議室のホワイトボードに手書きしていますので、CtoCの世界感に馴染んでいると思います。配信中、担当者がコメントを読むためにスマホに近づくと顔がアップになりますが、そういったところはお客様にとっても面白いようで盛り上がっていますね。
コメントにはすべて対応する
――ライブコマースは双方向性が強みだと思います。対応すべきコメントはありますか。
濱中:基本的にはネガティブな内容のコメントを含めて、すべてのコメントに対応するようにしています。お客様は、拾ったコメントと拾っていないコメントに敏感に気が付きます。このアカウントはネガティブなコメントは拾わないと一度思われてしまうと、信頼関係が崩れてしまいます。今は1回の配信は平均1時間半くらいです。1度商品を用意しすぎてしまってお客様の声を拾えずにお叱りを受けたことがありました。お客様はそれだけ反応してくれるし、反応に対して返すことが重要になっています。
――販売のコツなどもあるのでしょうか。
石川:メルカリ側から企画の案内はしています。お客様を熱狂させればさせるほど売り上げが上がる傾向にあります。これまで、CtoC取引の成功事例を持っていたのでいくつか共有しています。「いいね」が1万件ついたら値引きするといった企画は盛り上がるなどの事例を紹介しました。
濱中:最初は1000件の「いいね」で100円オフにする企画を行いました。「いいね」が1000件も集まるか心配でしたが、結果的に7000件の「いいね」が集まり、早い段階で「いいね」は1万件を達成しました。
石川:値引き額が問題ではないようで、担当者が企画の告知を始めた瞬間から「いいね」数が増えます。お客様は「がんばれー!」と応援したい気持ちで押すので、お客様同士の一体感が生まれる企画になっています。
─ライブコマースに合う商材や合わない商材はあるのでしょうか。
濱中:12月にスタートしたばかりなので、今は商品を絞り込んで出しています。夢展望で売れ筋となっているスキニーパンツは年間6万本を売るヒット商品です。10色展開をしていますが、その中から定番の1、2色しか出さないことも多いです。というのも、きちんと接客をして販売することを重視しているためです。販売員がお客様のニーズをくみ取ってお勧めするようなイメージで、ニーズの高い定番色を中心にやっています。以前ロイヤルブルーを販売しましたが好みが分かれるためか想定よりも売れませんでした。まずは販売の原点に立ち返って、販売員がお客様に合う商品をしっかりと選んで提案し、さらに商品に合うアイテムをおすすめすることを優先して考えるようにしています。
――立ち上がりはどうでしょうか。
濱中:1時間ごとの売り上げをみてもまあまあだと思っています。
石川:だいぶ良いと思いますよ。夢展望が出品した全商品の販売率は、高いときで96%です。平均するとだいたい70~80%となっていますが、売れ残るものはLLサイズ以上の大きなサイズです。Mサイズなどお客様ニーズの高いサイズは完売に近いといっていいと思います。
集客したお客様の参加が重要に
――なぜ売れ行きが良いのでしょうか。
石川:ライブコマースは購買時ネックを解消できることが強みになっています。例えば、お客様がサイズ感や裏地が分からない場合に購入をやめてしまいますが、ライブコマースはコメントで質問するとその場ですぐに回答をもらえます。一方通行だった従来のメルマガやランディングページではそれができませんよね。
――現状のライブコマースの反応はどの部分を重視していますか。
石川:販売率は在庫に比例するので一概に評価は難しいのですが、閲覧者数やコメント数、「いいね」数などがどのくらいあったのかは事業者にフィードバックしています。
濱中:夢展望ではいかに集客したか、また集客したお客様がいかに参加していただいたかを重視しています。データでみると、視聴者数や「いいね」数、コメント数を見ています。コメント数が増えると、担当者を応援するコメントも多く投稿されるようになって、結果として購買率が高くなります。コメントで盛り上がって、買い上げ率があがることで在庫が回転していく状態が良いと考えています。
「メルカリ」で新規顧客層との接点を持つ
――夢展望は20~30代の顧客が多い印象を持っています。自社の通販サイトとのカニバリはありますか。
石川:夢展望の場合は、視聴者数はユニークユーザー数で7000超えています。おそらく、過去に夢展望を使ったことがない人が中心で、「メルカリ」を通じて夢展望にどんどん新規顧客が入っているのではないでしょうか。
濱中:そうですね。夢展望の業容が悪化する中で、20代の女性における知名度が低下していました。20代女性の知名度をもう一度高めることにつながりますので、とても良い取り組みになっています。夢展望はRIZAPグループの中で、唯一のEC専業企業です。ライブコマースは、RIZAPグループにとってもどう進んでいくか高い関心を持っていて期待しています。
――視聴者数に対するコンバージョン率(購買率)はどうでしょうか。
石川:夢展望のコンバージョン率は約2%となっています。仮想モールなどで行う新規顧客に対する広告やメルマガと比べるとかなり高いと思います。
――販売額の10%が手数料となりますが、費用対効果はどうお考えでしょうか。
濱中:仮想モールへの出店と比較すると、コストは抑えられると思います。
石川:仮想モールは出店するだけでは売れないので、広告費を投下する必要がでてくるでしょう。撮影、採寸、原稿の“ささげ”業務をすべて行う必要もありますから、そうした業務を行うことなく販売できるライブコマースの費用対効果は良いと思います。
お客様に参加してもらう売り場作りを
――ライブコマースが広がれば活用する事業者は増えそうです。競合他社とどう差別化するのでしょうか。
濱中:会社として、どういったストーリーで販売していくかは、担当者と一緒にノウハウを構築していきます。今の担当者をトップセールスマンに育成していくことが重要だと考えていて、「いいね」数やコメント数などは担当者にフィードバックしています。今の担当者をしっかりと育成した後は、販売員を増やしてノウハウを横展開していくことになると思います。最終的には売るのは人ではなく商品なので、商品で差別化することになります。良い商品をお客様に届けることには変わりありませんので、届け方の違いだと思います。しっかりと集客して参加してもらえる売り場を作り上げることが大事になります。それはファンを醸成していくことだと思いますが、夢展望のファンでも、担当者のファンでも全然いいと思っています。
石川:ライブコマースは、「人」と「企画」が重要です。これは他のECにはない差別化のポイントになっています。どの事業者においても、すでに商品力があることはこれまでの実績から実証されているので、誰が配信するか、どういった内容で配信するかが差別化のポイントになるでしょうね。
濱中:各社がどういった人物を発掘し、どういった売り方をするかが、ノウハウになってくるのでしょう。“ユーチューバー”のような、多くのファンを抱えてたくさんの商品を売れるカリスマが登場する世界感ができあがるのかもしれませんね。
石川:「人」から買う市場になると思います。「この人だから買う」、「この人が
商品を購入していたお客様の買い方が変わると思います。将来的には、ライブコマースを通じて有店舗小売りのようなリアルな接客にどんどん近づいていくのだろうと思います。
人材の発掘と売り方がノウハウになる
ライブコマースができる人はいる
――「この人だから購入する」といったこところまでノウハウを蓄積することは簡単ではなさそうです。
濱中:もしかしたら業界の垣根はなくなっていくかもしれませんね。ライブコマース市場では優秀な販売員を多く持つ実店舗小売業がEC企業よりも成長するかもしれないし、起用するモデルもスタイルの良さだけではなく、しゃべりが上手な子でなければ売れなくなっていくかもしれませんね。
石川:人材がいないと言いますが、実際はそうではないと思っています。若い人たちは写真共有SNS「インスタグラム」でどんどん動画を投稿していますし、コメントを投稿することに抵抗感がありません。動画やコメントの投稿をやったことがない人や、ブランドの世界感を崩すことを恐れる人が新しい販売方法に対する壁を作りがち。実際の今の20代はコメントすることや動画の配信に対して抵抗感はありません。それがSNSの時代だと思います。ライブコマースの話をすると、「うちには配信者がいない」という人がいますが、そんなことは全くないんですね。
濱中:その通り。お客様をしっかりつかんでいくことはとても重要になっています。ブランドは常に進化しなければならないし、旧来の成功事例に固執することは時にリスクにもなります。ライブコマースのように新しい試みであっても、発信した情報にお客様がついてきてくれるのであれば、それが夢展望のブランドになっていくと考えています。
――今後、ライブコマース「メルカリチャンネル」で強化することを教えてください。
石川:事業者に特化した機能の開発検討をしています。「メルカリ」はCtoCから始まったサービスで、1SKU単位でロットを登録しなければなりません。色展開を増やしにくいことや、大量に売りにくいことなど事業者が大量に商品を売るにあたっての課題は認識していますので、必要な機能はしっかりと追加していきます。
濱中:まずは今の担当者をトップセールスマンとしてしっかりと育成します。フォロワー数が増えたタイミングで、販売員を増やして、配信回数や商品を増やしていきたいと思っています。何人かのローテーションを組み、曜日別に担当者やアイテムが変わりなどの試みも検討できればいいと思います。
◇プロフィール
濱中 眞紀夫(はまなか・まきお)氏 夢展望 代表取締役社長兼営業本部長1987年成城大学卒業。タカキューに入社後、経営企画等を歴任し事業計画の策定業務等に従事。その後PriceWaterhouseCoopers consulting、ジーンズメイト等を経て、リヴァンプ入社。再生企業の代表取締役等を兼任。2103年よりリヴァンプ執行役員。ファッション事業及び外食事業リーダーとして多くのプロジェクトに関わる。2015年7月より現RIZAPグループに入社し、夢展望に参画。2016年6月より同社代表取締役社長に就任。
石川 佑(いしかわ・ゆう)氏 メルカリ 事業開発室大学卒業後、京セラにて、スマートフォンの商品企画・提案営業を経験。その後、DeNAにてECコンサルタント業務、カテゴリ戦略立案業務を担い、2017年1月にはショッピングモール「Wowma!」を立ち上げる。2017年10月、メルカリ事業開発部に参画、メルカリチャンネルの法人開放を担当する。
◇取材後メモ
メルカリが昨年12月に、ライブコマース「メルカリチャンネル」を事業者に開放しました。CtoCのプラットフォームに、事業者が違和感なく参画することは簡単ではないだろうという声もありましたが、CtoCの世界感を崩さず参入することで、好調な立ち上がりとなったようです。ライブコマースで売り上げを上げるには、コメントへの対応が重要になっています。お客様の疑問や不安をリアルタイムで解消することで、購買につながるといいます。ライブコマースの広がりによって今後のEC市場に実店舗の接客ノウハウを持った人材が欠かせなくなるかもしれません。そうなれば、チャネルの垣根はますますなくなり、小売市場全体の競争も加速しそうです。