アスクルが展開する日用雑貨のネット販売サイト「LOHACO(ロハコ)」のスマートフォン用の新アプリの配信を開始した。主要ターゲットである「働くママ」のニーズに対応して必要な商品を短時間で検索・購入できるなど「日常の買い物をサポート」しつつも様々な工夫や切り口でおすすめ商品を雑誌のように魅力的に紹介するなど「買い物の楽しさ」も提案するという「時短」(機能性)と「楽しさ」(提案性)というある意味で相反する要素を両立させている新コンセプトのECアプリとなっている。同アプリの立ち上げを担当したアスクルの佐藤満執行役員ら「ロハコアプリ」開発プロジェクトチームの中心メンバーと実制作を請け負ったチームラボの担当者に新アプリの開発の背景や今後の方向性について聞いた。 (聞き手は本誌・鹿野利幸)
右脳ショッピングでお客様を盛り上げる
発注端末だけでない価値を
――「ロハコアプリ」が8月下旬から本格配信をスタートしました。以前から専用アプリはあったはずですが、新たにアプリを作った理由は何ですか。
アスクル・辻亜抄子氏(以下、辻):これまでのアプリもお客様からの評価は悪くなかったのですが、素早く商品を注文できるという機能を追求したため、発注端末のような感じになっていました。発注機能だけでなく、“楽しさ”のような情緒的なものも取り入れたものを作り、買い物を楽しんで頂きたいと考えました。
アスクル・佐藤満氏(以下、佐藤):ビジネス的な観点から言うと、ECがスマートフォンにかなりシフトしてきたことで、当社でもスマホを事業の中心として取り組んできました。そのため、アプリの強化は欠かせませんでした。アプリはプッシュ通知を活用したり、非常にパーソナライズした提案が可能になるなど、お客様とコミュニケーションがとりやすいプラットフォームですので、再びアプリを作ることしました。
――アプリの立ち上げはどの部署が担当しているのでしょうか。
佐藤:ターゲットが「働くママ」でしたので、女性を中心メンバーとするプロジェクトチームを立ち上げました。コアメンバーは辻や稻井、山本など4人ですが、コンテンツ集めのところなどでは全社的な協力を得て進めました。
――「ロハコアプリ」の特徴について教えて下さい。
辻:このアプリで実現したかった点は「探さない、で日常のお買いものをサポート」と「見たくなる、で買いたくなる度のアップ」です。要するに「時短」と「楽しい」を両立させたアプリです。「ロハコ」が取り扱う日用品は検索を繰り返して見つけ出すような商品ではなく、生活必需品で定期的に購入するモノが大半です。ですから、できるだけ探さずに、すぐ簡単に購入できるようにしようと考えました。ターゲットの「働くママ」は時間がありませんから、そうした時短ニーズに対応しようと思いました。そして、もう1つが「楽しさ」ですね。ウィンドウショッピングや雑誌のようにトレンドの商品などを魅力的な画像などを使った見せ方で提案することで、「眺め買い」を楽しんでもらうと。“右脳ショッピング”ですね。
――“右脳ショッピング”とは。
佐藤:概念的な表現ですが、ECは特に日用品となると売れ筋商品をランキングで見せるというような左脳的(論理)な方向に行きやすいですが、それだけではない価値観を提供しようということで右脳的(感性・感覚)な仕掛けでお客様を盛り上げる要素を入れたいということです。
辻:忙しい時は簡単にいつも買っている商品をすぐに買えるようにして、少し時間に余裕がある時などは、「いいモノないかな」という感じでショッピングを楽しんで頂くと。この2つの相反するようなことを両方ができるようなアプリにしました。
タイムラインと履歴ボタン
――「時短」と「楽しさ」を具体的には「ロハコアプリ」でどう実現したのでしょうか。
チームラボ・堺大輔氏(以下、堺):新アプリではECアプリでは異例だと思いますが、「タイムライン型」を採用しました。要は上から順に商品紹介が続いている形式です。これまでの注文機能の利便性を追求したアプリでなく、「楽しさ」も提供するためにはタイムライン型は向いていると思います。最近ではユーザーもタイムライン型サイトに慣れており、かなり下の方でも閲覧頂けます。後でお話しますが、「シネマグラフ」や「シーン提案」で上からひとつずつお客様に様々な切り口で商品を提案できるからです。
辻:リアルの店舗でも、必要な商品をとって、レジに向かうまでに色々な商品が目に入って、「そうだ、あれ買い忘れていた」とか「新商品がある。あれ欲しい」などの“気づき”があると思いますが、そういったことをアプリの中にも入れていくことで「楽しさ」を出していきたいと思いました。
堺:画面の大半は提案型に割くことになりますが、「時短」の機能性に関してはアプリ画面の左下部に「お買い物履歴ボタン」を常設しました。これをタップすると、そのお客様が過去に購入したり、閲覧した商品がそれぞれ表示されて、それらをすぐに購入できるようにしました。また、アプリ画面の最上部に設置した検索窓でのキーワードによる商品検索のほか、画面上部の「店」のアイコンから商品カテゴリ検索ができるようにし、「食品・調味料・缶詰」「ビール・ワイン・お酒」「医薬品」「サプリメント・健康商品」などジャンルによって14の大カテゴリに分別し、そこから中カテゴリ、小カテゴリへと商品を簡単に絞り込める仕組みにしました。
特徴を直感的に伝える
――シネマグラフとは何ですか。
辻:画像などを動かすアニメーション技術です。これはチームラボさんから提案頂いたのですが、これにはプロジェクトメンバー一同、ぐっと刺さりました(笑)。商品写真をただ並べているだけでなく、その商品の特徴を際立たせて感覚的により分かりやすくなります。「ロハコアプリ」では季節商品などいくつかの商品の画像に使用しています。例えば、これにより、グラスに注がれたビールの泡やハンバーグの湯気などが動いています。これにより、利用者の目を引いたり、シズル感を出す効果を生んでいます。
堺:今までのECアプリは静的なものが多かったですが、端末や通信の環境や技術も進化してきて、動的なものもかなり出せるようになりました。そこでちょっとチャレンジをしてみようと。静止画よりも、臨場感がありますし、「眺め買い」というコンセプトからすると、ぱっと見て「おいしそう!」とか、「おしゃれ!」だとか、一目で興味を持って頂けるような仕掛けが必要でした。
――シネマグラフの効果はどうなのでしょうか。
佐藤:売り上げへの貢献度まではまだ分析できてはいませんが、導入した商品のところで注目して頂き、スクロールの手をとめてもらったり、当該商品画像のタップ数が増えるなど、効果が出ています。今後も夏ならビールとか季節感を考えたながら、シネマグラフを使った画像を増やしていこうと思います。
MDのキュレーション力で“シーン提案”を
商品の魅力、知ってもらうきっかけに
――シーンごとの提案もユニークですね。例えば「フルグラとチアシードでバランス◎の朝食を」として、シリアルとダイエット効果がある食品「チアシード」を 一緒に摂取する食べ方を「ルイボスティー」や「木製スプーン」とともに食卓の1シーンとして提案し、その食卓シーンの画像をタッチすると当該商品がまとめてすべて購入できる仕組み(下の画像参照)になっています。
辻:もともとカタログから始まった当社には商品に詳しいマーチャンダイザー(MD)が多く、キュレーションの力がある人がたくさんいます。そうした強みを活かして提案していきたいなと考えました。MDのキュレーションの力で分かりやすく魅力的に提案して、「これとこれをあわせて使ったら、こんなに素敵になるんだ」とか、何らかの気づきを与えられればいいなと思います。
佐藤:現在は「ロハコ」でお客様がすぐ想起されるような食品や化粧品などでシーン提案をしていますが、今後は文房具などでもやってきたいと思っています。文房具はかなりの売れ筋カテゴリですが、日用品の購入者層と別れています。ロハコに文具というイメージがない方に、例えば子供のいる世帯に子供用文房具などを提案していきたいと思っています。
見せ方は試行錯誤
――「ロハコアプリ」は商品のキレイな写真が1つの大きな訴求ポイントとなっています。撮影の際の工夫などはありますか。
アスクル・稻井麻紀氏(以下、稻井):今までは商品詳細で商品の機能や性能などを正しくお伝えするということを主眼においた写真を撮影してきましたが、アプリではそれだけが目的ではありません。いかに楽しさを表現できるかもポイントです。撮影の時に、商品の配置を変えてみたりとか、すでにある商品画像についても様々な形でトリミングをしたりして効果的な形を試行錯誤しています。先ほどのシネマグラフについても、チームラボさんに協力頂いて、見せ方などを探っています。
アスクル・山本絵里香氏:季節商品とか、おすすめ商品も日々、変わっていきますので、撮影から掲載までの期間をどれだけ短縮できるかなど、お客様へ精度の高い情報をどううまく伝えていけるか、その方法を改善しながら最適な形を模索しています。
佐藤:コンテンツを作るのは、あくまでコストです。アプリだけのコンテンツはPC、スマホ、アプリとの共通のコンテンツよりもコスト対効果が悪いです。ここをどう効率的に回しながら、ここで作ったアプリ用コンテンツをスマホやPCにも流用できるのかというところを設計するのに稻井などがだいぶ、苦労しています。ただ、ここは競合他社が入ってこれていない強みです。要は自分たちで商品写真をシズル感をもって撮れるというのは、差別化のポイントになると思うので、重要だと思っています。こうしたスキルはカタログ作りに根差していると思います。今回のアプリで「何で日用品なのに、こんなに写真を多用するのか」という疑問の声がなくはなかったですが、我々の1つの強みはここですし、社長の岩田も「やるんだ。変えるんだ」とかなりバックアップしてくれました。「ロハコアアプリ」がECアプリの潮流を作るぐらいの気持ちでチャレンジしていきたいです。
いかにサクサクク動かすか
――見やすく使いやすいアプリだと思いますが、開発までには相当時間がかったのでは。
一同:笑い
堺:言いたくないですね(笑)
佐藤:企画が2カ月でコーディングが3カ月でした。辻:ありえないくらいの速さでしたね。堺:ふつうは無理です。突貫でしたね。そのくらいでできてしまうと思われるとつらいです(笑)。
佐藤:以前からアプリの強化を考えてきましたが、9月末からの「ロハコ」のテレビCM放映も進んでいましたし、年末商戦に向けてと考えると、いきなりぶつけるより、この夏から出してブラッシュアップをかけておきたいということもありました。
――開発にあたって一番、苦労した点は何ですか。
チームラボ・宮崎知和氏(以下、宮崎):アプリのトップをいかに心地よくサクサクと動かすことができるかいう調整ですね。例えば、写真の読み込みのスピード。読み込みが遅いと、スクロールや、スワイプに間に合わず、画面が白くなり使っている方は気持ち悪いわけです。そういうところでお客様は離脱してしまいます。できるだけ先読みして、気持ちよくパンパンパンパンと画面が出てくるように工夫しました。
堺:あとは先ほどお話した右脳と左脳のお話の「機能性」と「提案性」という要素をどううまく画面に混ぜるかというところですね。これはすごく難しいもので、先ほども申し上げた通り、ほとんどの画面要素を「提案性」が埋めてしまうわけですが、右下のボタンだけで「過去の購入した商品が買える」とか、キーワード検索やカテゴリ検索をきちんと担保するなど、1つの画面の中でどこまで混ぜるのがベストか。きっとどっちに寄りすぎてもダメでその頃合いが難しかったです。
――試行錯誤があったでしょうね。
辻:過去の購入履歴などから簡単に商品を購入できる「お買い物履歴ボタン」のアイコンのデザイン1つとっても最後まで相当、試行錯誤がありました。非常に重要で、お客様に気がついて頂けるように浮かせてみたり、色を変えたりとか。マークも最初はまったく違うデザインでしたね。
宮崎:これも結構、やり取りましたね。
――「お買い物履歴ボタン」は現在、アプリ画面の右下に表示されていますが、この場所は使いやすいですよね。
辻:場所もこだわりがあって、押しやすい場所をさがしたりとか、かなり試行錯誤しました。もちろん、リリース後も何度も何度も細かな箇所を修正し続けていますし、今後もよりよくするために試行錯誤していきたいと思っています。
高単価品の提案で購入単価アップも
出足は上々の成果
――「ロハコアプリ」の出足の状況は。
佐藤:これだけ大きく、前のアプリから変えたので、(売り上げが)下がるのではと懸念もありましたが、そのようなことはなく、売り上げは伸びており、まずは成功と言えそうです。前のアプリはヘビーユーザー向けに作っており、「簡単に買える」というところにフォーカスしていましたが、新アプリは提案型で多少、単価の高いものなども目に入るようになったこともあり、1回あたりの購入単価が上がっています。アプリのダウンロード数も本格配信スタートの発表後に増えたため、売り上げが伸びたようです。
――今後のアプリの強化の方向性は。
辻:お客様から頂いている声の中で直さなければいけないものがまだまだありますので、ここは確実に潰していきたいです。
宮崎:配信開始時点では、タイムラインで使用している写真のサイズは定型でしたが、サイズの幅を増やして、商品などによって、色々な提案をできるように最近しました。表現が単調にならないよう、今後も表現の部分にはこだわってきたいです。
選ばれるECアプリの条件
――ネット販売各社は盛んにアプリを作って配信していますが、ダウンロードされた後も選ばれ使われ続けているアプリは少ないです。ユーザーから選ばれ使われるECアプリの条件とは何だと思いますか。
佐藤:今までは何か商品が欲しい、と思った時に立ち上げるのがECアプリでしたが、買わなくても見にきてもらえる仕掛けが大切だと思います。プッシュ通知などでコミュニケーションを図りながら、見にきてもらい、それでブランドへのリテンションを高めてもらい、継続して購入頂けると。そのためには、ゲーム性のあるコンテンツやコミュニケーションの部分の強化も必要だと思います。
堺:最終的にはライフスタイルの提案になっていくと思います。誰がみても同じでなく、個人に対してきちんと提案、レコメンドをしていけるようなアプリが選ばれ使われ続けるのではないでしょうか。
◇プロフィール◇
「ロハコアプリ」開発プロジェクトチームメンバー
「ロハコアプリ」開発プロジェクトチームメンバー「ロハコアプリ」の立ち上げに際して、コアターゲットが「働くママ」であることから、女性を中心メンバーとして発足させた。メンバーはECマーケティング本部本部長でLOHACOテクニカルディレクターの佐藤満執行役員をリーダーに、LOHACO編成本部の辻亜抄子氏(写真・中央)、稻井麻紀氏(同・左から2番目)、山本絵里香氏(同・左)ら。アプリの実制作はチームラボに依頼した。同社の堺大輔取締役(同・右)とカタリストの宮崎知和氏(同・右から2番目)が今回の座談会に協力して頂いた。
◇取材後メモ◇
「ロハコ」がついに本格的な攻めに打って出ました。9月末から放映を開始した初のテレビCMで一気に認知度を高めて、シェア拡大に本腰を入れていくようです。テレビCMの狙いはこの「ロハコアプリ」のダウンロードの促進が1つの狙いです。少なくない販促費を投入して放映するテレビCMの効果を活かすも殺すも「ロハコアプリ」の出来次第ということになります。その「ロハコアプリ」。機能性と楽しさという相反する要素を上手にミックスさせたありそうでなかった優れたアプリと言えそうです。テレビCMとアプリでどれだけ激化する日用品ECでシェアを拡大できるか。楽しみです。