今後の実店舗はITを活用しないと生き残れない
セレクトショップ運営のアーバンリサーチは、順調にEC売り上げを伸ばしている。今期は物流面など関東でのインフラ整備に力を注いでいるほか、自社通販サイトとECモールとの在庫連携を推進。2016年1月期のネット売上高は110億円を見込んでいる。自社通販サイトをオープンした約10年前からECの責任者を務める坂本満広WEB事業部部長にネット販売強化の現状や成長戦略を聞いた。
EC専用倉庫を関東に開設
――WEB事業のインフラ整備を進めていています。
10月に東京支社にもWEB事業部を置きました。撮影用のスタジオも事務所内に開設する計画で、今後は本社のある大阪と、ショールームストアを設置している台湾を含めた3拠点でWEB事業の人材を募集し、各拠点でチームを作れるようにしていきます。
――物流面も強化しています。
EC専用の倉庫についても、10月に従来の大阪だけでなく、神奈川県内にも開設して東西2拠点体制としました。関西では大阪市内にある約1320平方㍍の倉庫がメーンですが、EC売り上げの拡大に伴って複数の倉庫に分散しています。店舗向けの倉庫は関西にしかありませんが、EC専用倉庫を先行して関東にも設けました。神奈川の倉庫は約5000平方㍍ある当社専用倉庫で、顧客ニーズに合わせたスピード配送に対応していきます。これまでの受注実績をもとに在庫を関東と関西に振り分ける形です。
――関東の顧客も多いです。
消費者もそうですが、取引先のファッション通モールのほとんどが関東に倉庫を構えていることも、WEB事業部が先行して物流の東西2拠点化に着手した理由のひとつです。今期はEC在庫を一元化して他社ECモールへ積極的に出店していますが、従来であれば大阪から各ECモールの倉庫に商品を送っていたため物流費が高く、配送時間もかかっていました。関東に倉庫があればその分、時間短縮につながりますし、取引額の大きなスタートトゥデイの倉庫にチャーター便を走らせるコストも削減できます。
――新倉庫は立地もいいですね。
日本全体の物流ネットワークが変化していく中で、新倉庫は、例えばヤマト運輸の多機能スーパーハブ「厚木ゲートウェイ」や「羽田クロノゲート」とも近く、新しいインフラを活用できることもメリットです。
――規模の大きい関東の倉庫が軸になるのでしょうか。
その通りです。2015年1月期のEC売上高は約86億円で、そのうち自社通販サイト「アーバンリサーチオンラインストア」の割合は30%程度です。他社ECモール経由の販売量がまだまだ大きいので、EC在庫については16年春には関東で80%、関西で20%くらいを持つイメージで、関西の倉庫は絞っていきます。
――WEB事業部は大阪と東京で役割が異なるのでしょうか。
これまでも展開するブランドごとにチームを組んできていて、いくつかのブランドを東京で行うことになります。そのため、東京にもクリエイター、ウェブデザイナーが必要です。自社通販サイトではロケーション撮影の画像も使っていて、関西だけでなく関東の店頭スタッフもサイトに登場させたいと思っています。東京のウェブデザイナーにつては、まずは新サイトを担当してもらいます。
――新サイトを開設されるのですか。
「アーバンリサーチオンラインストア」とは別の通販サイトを16年2月中に開設します。既存サイトに比べると大規模なものではないですが、高額なインポート商材などセレクト品だけを集めたサイトを立ち上げます。現状、ルミネなどに入っている実店舗はオリジナル品の比率が80%程度で、自社通販サイトも約90%と高いのですが、新サイトは文字通り“セレクトショップ”とします。
――なぜ、別サイトにするのですか。
当社のオリジナルアイテムとインポート商材の世界観は微妙に違いますし、価格帯はけっこうな差があります。ターゲット層も若干変わってきます。もちろん、オリジナルとインポートの両方を購入してくれるお客様もいますが、新サイトではインポート好きの層を狙った商品をそろえます。
店頭のIT活用で成果
――リアルとウェブの連携強化に向けた取り組みはいかがですか。
自社通販サイトでは15年8月から、店頭での「商品取り置きサービス」を始めましたが、これは実店舗が基点となって立案したものです。商品詳細ページで在庫のある店舗を探せるようにしていますが、店舗名の横に「取り置き申込」ボタンを設置しました。消費者が店舗に電話をかけるのではなく、ボタンをクリックするだけで取り置き依頼できる機能を追加しました。最初は限られた店舗を対象に始めたのにもかかわらず、約1週間で数百件の店頭取り置き依頼がありました。顧客満足につながるヒントはすべて現場に落ちていることを再認識しましたね。
――オムニチャネルを進める上で店頭の協力や意識改革は不可欠です。
オムニチャネル化を進めるのに当たっては、EC側からいくらお願いしても、リアル店舗のスタッフが自らやる気を出して取り組まなければ成功はしませんし、今後の実店舗はITを活用しないと生き残れないと思っています。当社では15年4月に評価制度を変更し、店頭販売員のEC貢献度に対する評価を高めました。もちろん、単に評価制度を変えただけではダメです。というのも、実店舗では目の前にお客様が来て接客をしないといけません。そんな中、実店舗からITを活用しようという発想が出てきたのはうれしいことです。ECでも例えば、「コーディネートが分かりにくいからもっと画像が見たい」とか「商品のサイズや色が分かりにくい」といったさまざまな声が聞こえてきますし、それらをサイト改善のヒントにしています。ECでもリアル店舗でもヒントは現場にしかないということです。
――商品取り置きサービスも消費者の声がヒントになったのですか。
ウェブルーミングという言葉があるように、ECで商品をチェックして実店舗に来店する消費者が非常に増えています。そうであれば、仕組みを整えて新しいサービスを提供すればいいわけです。オムニチャネルというのはそういうことで、EC側の発想だけでは成り立ちません。オムニチャネルが流行りだからと言ってサービスを考えると過剰なものになり、誰にも使ってもらえません。現場基点で生まれるものは過剰サービスにはなりません。
在庫連携で新規出店加速
――他社ECモールと在庫連携を進めています。
ファッションECモールなどとシステム連携をした上で取り引きのなかった売り場にも出店しています。実際に在庫を預けるとなるとアイテム数を絞らざるを得ませんが、データ連携すれば全商品を販売できます。
――すべてのECモールが対象ですか。
「ゾゾタウン」には在庫も預けていますが、システム連携もするという“ハイブリッド型”です。「ゾゾ」は売れるスピードが速いことと、即日配送サービスを行っていることもあって一定の在庫を預けていて、システム連携は在庫が薄くなったり、欠品した場合のフォローをしていくイメージです。
――新規出店も多いですね。
今期は在庫連携を行った上で「セレクトスクエア」や「スタイライフ」などに出店しました。11月13日には「マルイウェブチャネル」にも10ブランドを出店したところで、今後は「アマゾン」にも出店する予定です。
――EC売り上げの内訳については。
前期のEC売り上げ約86億円のうち「ゾゾ」が50%程度、その他のECモールで約20%でした。16年1月期はEC全体が110億円で、そのうち自社ECは前期と同様に30%程度を見込んでいます。「ゾゾ」には商品を預けている部分がありますが、自社ECとその他のECモールは同じ在庫を売ることになります。今期も「ゾゾ」で50%くらいになりそうです。
「ゾゾ」のクーポン施策がびっくりするくらい売れた
――「ゾゾ」好調の要因は何ですか。
とくに、「ゾゾ」で10月下旬に約1週間実施した2000円の割引クーポンキャンペーンの売り上げがびっくりするくらい大きかったですね。通常、「ゾゾ」では個々のショップのバナーは出しませんが、今回は全面的にバックアップしてくれました。また、例えばセールの時期などは全店舗が「ゾゾ」ユーザーに向けて発信するので効果が薄れてしまいますが、クーポンキャンペーンでは対象店舗だけがゾゾの全ユーザーに向けてアナウンスできます。
――新客開拓につながりましたか。
新規客が多かったです。クーポンキャンペーンが終了してから売り上げのベースが上がっていますし、自社通販サイトの売り上げには影響しなかったことを考えると、新規ユーザーが多いということです。今回の新規客がリピーターになってくれればいいですね。
――リスクもあります。
当社としてもリスクを持って挑戦しました。というのも、それだけの在庫量が必要で、会社を説得して半年前から準備をしました。それでも蓋を開けると商品が足りず、実店舗の在庫も少しずつ集めました。今回の取り組みはサイト開設10周年の記念キャンペーンという意味合いもありました。11月中には自社通販サイトでも2000円クーポンのキャンペーンを行います。
多商材化の取り組みも
――EC運営の課題はありますか。
システム開発のスピードです。当社は元々、ASPからスタートして、その後はスクラッチで組み、今は3段階目に差しかかっています。次のステージを目指すとなると、いまのエンジンや環境では難しいです。今後、ECだけで200億円、300億円を売るためのインフラ整備が不可欠です。これまではECの部隊だけで作ってきましたが、今後は全社的な協力が必要です。EC専用倉庫については会社の物流部と連携して取り組みましたが、システム開発では情報システム課と一緒に取り組み、構築するまでに1年はかかります。
――取り扱い商材も広げられる。
服以外の商材についても積極的に取り扱っていきたいと思っています。ただ、例えばケーキなどは倉庫にストックできないため店から発送する必要があります。花も同じで、ブーケは花のデザイナーが作ったサンプルを撮影して販売し、注文が入ればその場で作って梱包して送ることになります。これを現状のオンラインストアに入れても、EC用倉庫ではその作業ができません。倉庫は在庫を保管するだけの拠点で、花などの“生もの”をストックすることはできませんし、同梱もできません。加えて、花などを既存サイトの「アーバンリサーチオンラインストア」で扱うと品ぞろえのひとつになってしまい、たまたま欲しかった人が出てこないと注文には至りません。花だけを扱う専門サイトでないと売れませんよね。花だけでなく、食料品や家具、地産地消の商品など、商材別のサイトを作っていきたいです。そのサイトと、「アーバンリサーチオンラインストア」をうまく連携させていくことを検討しています。
――台湾でのEC展開については。
台湾のEC展開については軌道に乗ってきています。現状、「KBF」と「アーバンリサーチ」「ロッソ」「ドアーズ」の4ブランドの商品を置いていますが、「KBF」の売り上げが全体の7割を占めます。ただ、台湾ではショールームストアを運営していますが、少し狭いのと住宅地にあるため、もっとお客様が来やすい場所や広さで展開したいです。
◇プロフィール◇
坂本満広(さかもと・みつひろ)氏 1980年にアーバンリサーチ入社。ショップ店長を務めた後、85年店舗マネジャーに就任。97年URBANRESEARCH(1号店)の責任者として従事。05年通販の責任者として事業をスタート、13年からアーバンリサチWEB事業部シニアマネージャーに就任、15年から現職。
◇取材後メモ◇
アーバンリサーチが自社通販サイトを開設した10年ほど前に手をあげてECの責任者に就いた坂本氏。開設当初は受注データを手に、自ら実店舗を回って商品をピックアップし、発送するなど汗をかいてWEB事業の礎を築いてきた同氏の言葉には説得力があります。いまや他社モール経由を含めたEC売り上げは100億円規模に拡大しましたが、自社内にノウハウを蓄積する姿勢は変わらないようです。最近では、リアル店舗とネット販売の垣根を越えた相互送客の仕組み化にも取り組んでいますが、オムニチャネルの名のもとに世間で多い“押しつけ型”の過剰サービスではなく、実際にリアル店舗やネット上の売り場で吸い上げた生の声を重視するなど、顧客視点に徹した同社の動向にはますます注目が集まりそうです。