マガシークは、親会社のNTTドコモと共同運営する衣料品通販サイト「dファッション」が成長をけん引している。今期(2017年3月期)はリアルイベントを活用した「マガシーク」サイトの新客開拓や、1to1メルマガの精度向上で既存顧客のロイヤル化を図るほか、4月に始動したキュレーションメディア「マガカフェ」からの集客にも戦する。マガシークの井上直也社長が語る主力事業の好調要因や成長戦とは。
dファッ ショ ン利用者の裾野が広がっている
“伸びしろ”の獲得合戦
――ファッションECの市場環境をどのように見ていますか。
まだまだ伸びしろのある市場です。ブランドさんのECではセレクトショップ各社が先行して市場を創り、その次にワールドさんやオンワードさん、サンエーさんなどがECを強化し、大手のアパレル企業は300億円規模への拡大に向けて取り組んでいますが、これは何の違和感もない数字です。広くアパレル市場を見ると百貨店系やファッションビル系、ショッピングセンター系などのブランドのEC化率はまだ2倍か3倍近くまで高まってくるでしょう。そうした環境下で、当社のビジネスも伸びるチャンスは十分にあります。ファッションECモールではその伸びしろのシェアを誰がとるかという競争になっています。
――ブランド側は暖冬の影響が直撃しました。
アパレル企業は仕込んだコートが余って経営的には苦しかったと思います。当社は取引先から商品を買い取っているわけではありませんので、暖冬でも違うアイテムが売れましたし、伸び悩んだということはありません。ただ、平均単価が少し下がるなどの傾向はありました。
――ブランド側の余剰在庫は来年の「アウトレットピーク」の商品確保につながるのでしょうか。
すでにブランドさんはセールで販売しているのではないでしょうか。そういう“見切り”も早くなっている傾向にあります。以前であれば、梅春と呼ばれる2月に春夏シーズンが始まり、売れ残った商品は7月のセール前までひっぱるブランドが多かったですが、いまは売れないと2~3カ月以内にタイムセールなどで販売するケースが増えているように感じます。新品で売り出してからセールになるまでの波が早くなっていて、これは非常に大きな変化です。ネット上でセールの売り上げ比率が高まる要因にもなっています。ただ、当社の在庫回転率は上がっています。セールまで待っても売れる商品と売れない商品が明らかになってきていて、早めにタイムセールを実施したり、ブランド側に返すといった手を打って在庫回転率を上げています。
――「アウトレットピーク」商品の仕入れ方も変わりそうですか。
そういう意味では、「マガシーク」と「アウトレットピーク」が若干同質化というかバッティングする部分が出てきています。「アウトレットピーク」は元々、1年以上前のキャリー品が中心でしたが、アパレル企業も古い商品を抱えないようになってますので、シーズンの物をセールするという意味では近づいている部分があります。
取扱高は約170億円に
――前期も結果が伴う1年でした。
2016年3月期の取扱高は、前年の136億円強から約170億円まで拡大して、目標値を大きく超える利益も確保できました。
――好業績の要因は。
当社が展開するサイトの中で伸長率が一番高かったのは「dファッション」です。NTTドコモからの導線が分厚く、集客力の高さを改めて感じています。集客基盤がしっかりしている中で、サイトの細かい使い勝手や、決済までにサイト離脱の原因となっていた部分などを改修したことで、購入率も相当に上がりました。
――決済手段も増やしています。
従来のケータイ払いとクレジットカード払いに加えて、代引きとコンビニ払いを追加したことで売り上げを上乗せできました。ケータイ払いは月々の利用額上限が低いのですが、コンビニ払いを加えたことで、ケータイ払いの上限がきた利用者がコンビニ払いでさらに買い物をするといった成果もありました。
――「dファッション」はライトユーザーとの親和性が高そうです。
当初はライトユーザーが中心で客単価が低く、「マガシーク」とは売れ筋が違うと思っていましたが、今は「マガシーク」で売れている百貨店ゾーンのブランドなど高額な商品が「dファッション」でも売れ始めていて、ユーザーの裾野が広がっています。前期後半からは「dポイント」や「dカード」の露出が増え、ポイント保有者などの来店につながりました。
――「dファッション」の見せ方は「マガシーク」とはだいぶ違います。
「dファッション」はあえて楽天さんのような見せ方をしています。「マガシーク」と同じ品ぞろえですが、見せ方まで統一したのでは違う売り場を持つ必要はありません。「マガシーク」やゾゾさんなどのファッションECモールを利用したことのないライトなユーザーに響く見せ方を意識していますが、ポイント施策などの成果もあって「dファッション」でも高い商品を購入する顧客がじわじわと増えています。
――「dファッション」は今期もけん引役となりそうですか。
「dファッション」はまだ相当伸びる余地があります。ドコモが保有する会員の買い物データなどを活用して、見込み客にピンポイントで「dファッション」や「マガシーク」への集客を図るなど、デジタルマーケティングを強化したいですね。さらに、ABCクッキングスタジオやタワーレコードなどのドコモグループでは、それぞれの会員への相互送客プロジェクトも始まっています。メルマガやリアルの場でクーポンを渡すなど、さまざまな手法が考えられます。
――前期の「マガシーク」の状況は。
前年の伸び率を上回って成長しましたが、セールが増えたことで単価が下がりました。ただ、購買客数は大きく伸びました。取引先ブランドとの在庫連携の進展や、「dファッション」の伸長もあって在庫消化率が高まったこともあり、ブランド数の拡充など品ぞろえには好影響が出ています。
――欠品対策の取り組み状況は。
商品の欠品率や再入庫率などを重視していますが、データが整備されてきたことで取引先ブランドに対して数字を使った営業ができるようになりました。2015年4月に新設したMD統括部が取引先との交渉で司令塔的な役割を担っています。初期投入の適正配分や欠品率、フォロー率などの指標を出して交渉します。初期投入量が多ければいいというものではなく、回転率が悪いと双方のロスが大きくなるため、展開型数や縦積みの数を細かく打ち合わせをしています。
――ブランドとの在庫連携についてはいかがですか。
大手のアパレルさんやセレクトショップさんとは順次進めていますが、連携すればかならず伸びるということではありません。取引先には「マガシーク」で売れ筋の商品を投入してもらっていて、完全在庫連携になると売れ筋が必ずしも当社に配分されるとは限らず、販売量が下がるリスクもあります。そのため、手薄なブランド群を優先して在庫連携に取り組みます。
自社メディアが始動
――サテライト戦略の成果と課題については。
ひとつの在庫を複数の売り場で販売することで、販売力と仕入れ力を高めることがサテライト戦略の狙いです。「dファッション」は想定以上に順調ですが、近鉄百貨店さんとの衣料品通販サイト「ハルカススタイル」はまだまだ小粒の状態です。集客は百貨店側に任せていますが、店頭にポスターを貼ったりするなどで、ウェブからウェブへの集客にはなっていません。今後は当社もウェブマーケティングの部分で協力しながら伸ばしていきます。
――今後もサテライトサイトを増やすのでしょうか。
「ハルカススタイル」以外でも百貨店との協業を進めたいと思っています。店頭で欠品している商品のウェブ受注なども含めた協業体制が構築できればサテライトサイトの認知も高まり、使ってもらえると思います。
――主力サイトの新客開拓についてはいかがですか。
前々期は「クリテオ」など既存客への広告をかなりやりましたが、前期はウェブ広告を前年の7割くらいに絞り、新規開拓用に集中しました。今期は4月に始めたキュレーションメディア「マガカフェ」からの流入にも期待しています。ウェブ広告を増やすのではなく、雑誌を見て欲しくなった商品を購入してもらうという「マガシーク」の原点に返り、「マガカフェ」のファッション情報で消費者の“欲しい瞬間”を演出します。半年間はPVを増やすことに集中します。ロケットベンチャーと組んでスタートしましたが、ゆくゆくは社内でもノウハウを蓄積し、部分的に内製化することもあり得ます。
もう少し見 たくなる写真で詳細ページに誘導する
――オフラインでの露出などは。
今期は1万人規模のリアルイベントでのクーポン配布なども行います。客層が近い異業種とアライアンスを組んでファッション以外のイベントで露出します。イベント自体に協賛するというよりは、入場券にポイントクーポンを刷り込んだりするイメージです。
――「マガシーク」内で“欲しい瞬間”を演出する工夫はされていますか。
当然ながら、消費者の欲しいアイテムを切らさない努力は大事です。また、アイテム画像の強化にも力を注いでいて、ロケ撮影なども増やしています。画像のトリミングなども重視し、一部のアイテムではあえて服をすべて見せずに興味をひきつけ、詳細ページに誘導したりしています。“もう少し見たくなる写真”というのもキーワードですね。そういう画像はクリック率も高く、詳細ページでしっかり在庫があればコンバージョンにつながります。ここぞというアイテムにはスペシャルな画像を用意します。取引先ブランドとの在庫連携が進展し、画像の同一化が進んでいるため、差別化につながる画像は大事です。同時に、ブランドの協力を得ながら、1アイテムで1000~2000点売れる商品を増やしていきたいです。
――メルマガ経由の売り上げ拡大にも力を注いでいます。
現状、メルマガ経由の売上高は2割程度まで増えていますが、3割くらいは目指したいです。以前からシナリオメールは専門チームを作って「マガシーク」と「dファッション」で強化しています。カートに入れっぱなしの商品が残り1点になったり、値下がりしたときにお知らせするベーシックなものも含め、多種多様なシナリオを考えてテストを繰り返しています。今後は「マガカフェ」のコンテンツをメルマガに掲載したり、各ブランドのトップページにあるコンテンツを抽出し、そのブランドを好みそうなユーザーに絞り込んでファッションニュースを届けたりということもCRM施策として強化します。
――今後の成長速度については。
「2017年3月期は前年比20%以上の増収は狙いたいところです。売り上げが伸びれば利益もついてきます。計画通りの売り上げを確保することが大事になります。トータルの取扱高は前期に約170億円となりましたが、これを早く300億円規模、400億円規模にもっていきたいです。
――注目しているECやウェブサービスはありますか。
ファッションのレンタルサービスについては「マガシーク」で扱うアイテムがすべてレンタルできたら面白いですし、ニーズはあるとみています。
◇プロフィール
井上直也(いのうえ・なおや)氏
1965年生まれ。87年早稲田大学法学部卒。伊藤忠商事に入社。ユニフォームを扱う部署、香港勤務を経て2000年にマガシークを立ち上げる。06年11月に東証マザーズへ上場、13年3月NTTドコモの傘下に入り同年7月に上場廃止した。趣味は料理で、香港駐在時代に覚えた中華をはじめ、和食、イタリアンなどなんでも作る。よく読む本は、時代小説とビジネス書。
◇取材後メモ
3年ほど前にマガシークがドコモの傘下に入った際、ブランド側に意見を聞くと、「キャリアに制限されたECの成長には疑問がある」といった声も聞かれましたが、当時、売上高100億円の壁を目前に伸び悩んでいた同社にとって、この選択が再成長への大きな転換期になったことは間違いありません。ドコモとの共同運営サイトの開設を機に、ひとつの在庫を複数の売り場で販売する“サテライト戦略”を打ち出しますが、マガシークのその後の成長速度を見る限り、サテライト戦略は成果を収めていると言えそうです。キュレーションメディアやサテライトの拡充など、競合ECモールとは一線を画したチャレンジを続ける同社は、EC販路の拡大を目指すブランドにとってさらに重要な存在となりそうです。