パソコンやスマートフォンなどに限らず、すべての「モノ」がインターネットにつながることで生活やビジネスが大きく変わると言われ、注目されるIoT(Internet of Things=モノのインターネット)。もちろん、ネット販売においてもIoT の活用は進み始めているようだが、多くの事業者にとっては「よく分からない」というのが本音だろう。では先を行くEC 実施企業はどうIoT を活用し、それにより、どのような効果を期待しているのか。各社のIoT のEC 活用の現状について見ていく。
「押すだけ」で注文完了、メーカー巻き込み投入加速
【事例① アマゾンジャパン】
アマゾンのIoTデバイスの本命と言えば、米国などではすでに販売中のスマートスピーカー「Amazon Echo(アマゾン・エコー)」なのだろうが、当該商品が未発売のアマゾンジャパンにおいてもIoTデバイスを活用した試みがすでにスタートし、成果をあげているようだ。
アマゾンジャパンでは2016年12月から「アマゾンダッシュボタン」と呼ばれる独自のIoTデバイスを用いて、パソコンやスマホを介すことなく、「ボタンを押すだけ」という動作で簡単に特定商品が注文できるようにし、リピート注文を促す取り組みを始めた。
「ダッシュボタン」は米アマゾンが2015年から投入を始め、日本でも展開を始めた日用品などの再注文がボタンを押すだけで可能となる同社の有料会員「Amazonプライム会員」向けに販売する小型端末。
PCやスマホなどを介すことなく、キッチンやトイレなどどこにでも設置でき、洗剤やトイレットペーパーなどがなくなったり、買い置きが切れる前にボタンを押すだけで注文できるもの。
利用にはWi‒Fi環境と同社のスマホアプリとブルートゥースでつなぎ、アプリ上で「ボタンを押すと注文する商品」を事前設定する必要がある。設定を終えたボタンを押すと端末が点灯し、緑色(「在庫なし」などで注文できなかった場合は赤色になる)に変わったら注文が完了したことになる。同ボタンは誤って複数回、押してしまっても新たに商品が届くまではカウントされない。またボタン経由の注文内容は専用アプリに通知されるため、再確認やキャンセルも可能だ。
プライム会員限定で同社サイトで1つ500円で販売するが「ダッシュボタン」を経由した初回購入分から500円を割り引くため、実質無料で配布することになる。
2016年12月の「ダッシュボタン」の販売開始時点では花王の洗剤「アタック」や大王製紙のティッシュペーパー「エリエール」、エステーの消臭剤「消臭力」、サントリーのミネラルウィーター「サントリー天然水」、カルビーのシリアル「フルグラ」、伊藤園の青汁飲料「毎日一杯の青汁」など商品ごとに全42種類を用意した。なお、1つのボタンで同シリーズで異なる種類の商品も注文設定できるため、注文可能商品数は合計約700種類となっている。
さらに2017年6月28日からは東洋水産のカップ麺「赤いきつねうどん」や亀田製菓の菓子「亀田の柿の種」、大塚製薬の健康補助食品「カロリーメイト」、サントリービールのアルコール飲料「ザ・プレミアム・モルツ」、大塚製薬のサプリ「ネイチャーメイド」、フマキラーの掃除用品「フマキラー アルコール除菌」のほか、アマゾンのPB乾電池「Amazonベーシック電池」など新たに74ブランドのダッシュボタンを追加、注文可能商品は合計約700種類で、現時点での「ダッシュボタン」の種類は116、購入可能商品は約1400まで拡大している。
メーカーから費用を徴収して作る
この「ダッシュボタン」はアマゾンが販促のために展開する独自デバイスであるが、実は同社の負担で製造販売しているのではなく、当該ダッシュボタンで購入可能な商品のメーカーから一定の費用を徴収しているよう。そもそも「ダッシュボタン」はアマゾン内におけるメーカーの販促用ツールという位置づけのようで、「契約の詳細は明らかにできないが、メーカーさんと話し合いに合意して(「ダッシュボタン」の)契約条項に基づいて、発生する『ボタン』の製造コストなどをご負担いただく」(前田宏消費財事業本部統括本部長)としている。
自社商品の販促策でありながらも、メーカーにとっても自社商品の販売量の多いアマゾン内でさらにボタンによる注文数の増加や囲い込みなどにつながるなどのメリットが高いことを訴求し、費用負担を求めるというアマゾンならではの“荒業”ながら、コストを抑えて迅速に「ダッシュボタン」を投入でき、さらに拡販を図っていくという試みはうまい戦略と言えそうだ。
人気は重いモノ、高頻度注文品
では「ダッシュボタン」の販促効果はどれほどのものなのか。米アマゾンでは「ダッシュボタン」発売から1年でボタンを通じた注文数が5倍に増えるなど成果を挙げたようだが、日本においてもやはり、飲料やトイレットペーパーなど重くてかさばる物や高頻度で使用され、常に一定量のストックが必要な商品の拡販に効果を発揮しているよう。
アマゾンジャパンによれば「ダッシュボタン」の販売開始から約半年が経過した2017年5月時点での「ダッシュボタン」の売れ筋トップ5は「サントリー天然水」(飲料)、「ウィルキンソン」(同)、「エリエール」(トイレットペーパー)、「アリエール」(洗濯用洗剤)、「ムーニー」(おむつ)になっているという。さらに「ダッシュボタン」経由で購入された商品のトップ5は「サントリー天然水(2L×6本)×2箱」(飲料)、「アサヒ飲料 ウィルキンソンタンサン500ml×24本」( 飲料)、「カルビー フルグラ800g」(シリアル)、「エリエール トイレットティシューダブル(30m)12ロール」(トイレットペーパー)、「Happy Belly 岐阜・養老 天然水(2L×6本)×2箱」(飲料)となっているようだ。
「ダッシュボタン」の販促効果について同社では「実数は言えないが、日本で『ダッシュボタン』を発売したのは半年前。ほぼ同時期にほぼ同じボタン数をイギリスやドイツでも発売したが、『ダッシュボタン』自体の売り上げやボタン経由で購入された商品の売り上げは、日本がアメリカに続いて2番目に大きい。つまり、日本のお客様に非常に『ダッシュボタン』が受け入れられ、非常に活用頂いていることになる。予想以上の反響にむしろ驚いている」(前田本部長)という。
なお、前田本部長によると「ダッシュボタン」を購入してから、初めてそのボタンで購入できるブランド・商品を購入したユーザーが意外に多かったという面白い現象が見られたという。つまり、これまで愛用してきた商品を購入するためにその「ダッシュボタン」を使ったのではなく、まず「ダッシュボタン」自体に興味を持ち、買ってみた結果、当該商品を買うようになったというもので、要は「ダッシュボタン」はリピート購入を促す「再注文用ボタン」としてだけでなく、目新しさも手伝ってと思われるが、新規注文を促す効果も現時点ではあるようだ。
ボタンは今後も増加へ
アマゾンジャパンによると、「ダッシュボタン」は今後も増やしていく方向のようだ。前述の通り、一定の販促効果が期待できることや、リピート注文や囲い込みが図れることなどから、“ボタン化”を希望するメーカーからの引き合いは強いようだ。
アマゾン側としても売れ筋商品の中でダッシュボタン化されていないブランド・商品を持つメーカーに働きかけていくほか、メーカー側からの要望も「売上金額の大小を問わず、ボタン化の要望をバイヤーに頂ければ対応していきたい」(Amazonデバイス プロダクトマネジメント本部・橋本肇シニアプロダクトマネージャー)と様々な商品・ブランドを「ダッシュボタン」化していきたい意向のようだ。実際に米アマゾンでは玩具メーカーの要望を受けて「おもちゃのピストルの弾」などの「ダッシュボタン」も販売しており、「我々には思いもつかないようなニッチだが、繰り返し注文があるようなものなどもボタン化していきたい」(橋本氏)という。
また、「ダッシュボタン」とともに2016年に開始したネット接続可能な家電と連携し、当該家電で使用される消耗品などがなくなりかけると再注文を自動化する家電メーカー向けのサービス「アマゾンダッシュリプレニッシュメント」の強化やいずれ日本でも販売されるであろうスマートスピーカー「アマゾン・エコー」の活用など、ECの巨人であるアマゾンジャパンのIoT活用は今後もさらに加速していくとみられる。他のEC事業者もアマゾンの動きには注目しておく必要がありそうだ。