家具ネット販売のタンスのゲンは9月3日、通販サイトを刷新した。ショッピファイ・ジャパンの通販サイト構築サービス「Shopify(ショッピファイ)」を利用して通販サイトを構築したもので、初の本格的な自社通販サイト刷新となる。同社は1964年創業、2002年よりネット販売を展開している。オリジナル製品の比率を高めており、現在では販売する商品のうち約95%がオリジナル製品となっている。家具のネット販売企業としては最大手にまで成長した同社だが、これまでは仮想モール中心に売り上げを拡大してきた。なぜこのタイミングで自社サイト強化に乗り出したのか。
ネット販売事業者に求められるサービスのレベルが上がった
新規客増加に対応
─「ショッピファイ」導入に至るまでの経緯は。
新型コロナウイルス感染拡大による“巣ごもり需要”でネット販売を利用する消費者が増えたことが大きいです。特に、当社が扱う家具や生活家電など、暮らしに関するアイテムを扱う通販企業への要望や期待感がどんどん高まっているのを感じました。自社サイトがこのままの状態では良くないと思いました。
─どこに問題点があったのでしょうか。
2002年以降、本格的な刷新はしていなかったわけですが、当時はスマートフォンはないし、デバイスにあわせて最適化するレスポンシブデザインもありませんでした。さらにはSNSもなく、グーグルも今ほどの力は持っていなかった。環境は大きく変わっているのに、それにあわせてサイトを変えることができていなかったわけです。また、自社サイトを担当するスタッフが足りないなど、人的な問題もありました。
─これまで売り上げは仮想モールの店舗が中心でした。
仮想モール間の競争は激しく、ポイントなど各社はさまざまな付加価値サービスを提供しているわけです。仮想モールに出店し、自社でも通販サイトを運営している場合、仮想モール以上のサービスを提供しないとユーザーは商品を買ってくれませんよね。そういった強みを自社サイトでは作れていませんでした。会社によっては自社サイトの価格を安くするという考え方もありますが、当社は商品を誠実に売りたいという思いがあるので、そういうことはしない方針です。
─コロナ禍でどこが変わったのでしょうか。
新規客が増えたことで、求められるサービスのレベルが1ランク、2ランク上がったという印象があります。例えば問い合わせにしても、ネット販売に慣れている人は、返答までに多少時間がかかっても許してくれるようなところがありましたが、1時間程度で返信するなど、即時対応が求められるようになっています。これまでの体制を抜本的に変えないといけないと感じました。受注や売り方、問い合わせへの返答など、自分たちがカスタマイズしてきちんとしたサービスを提供する必要があると考え、サイト刷新を決めました。楽天市場にしてもアマゾンにしても、サポートを重視したシステムとなっていますが、当然のことながら当社にあわせて作ったわけではありません。例えば、大型の家具の場合、地域ごとに配送までのリードタイムが大きく変わってきますが、仮想モールではそうしたことが伝えにくい。商品説明やサイトの注意書きにしても、これまではじっくりと読んでから買う人が多かったのですが、あまり読まずに商品を購入する人が増えている印象です。例えば「商品はいつ届くのか」という問い合わせが非常に多くなっています。こうした流れに対応するためにも、自社サイトを刷新しなければいけないと考えました。
「コーディング不要」に魅力
─なぜ「ショッピファイ」を選んだのですか。
デザインやコーディングへのフォローがある点が決め手となりました。当社が販売する商品のうち、約95%はオリジナル商品です。ですから、商品開発や消費者に届けるための一連の流れに力を入れることが大前提となります。通販サイト用のコンテンツを作るためには、HTMLやCSSのコーディングが必要となりますが、そこに力を割くのが難しい。特に、当社のある福岡県大川市は「家具の町」として有名で、商品を開発するには最適な場所ですが、コーディングを得意とするスタッフを集めるのは、立地的に難しいのが実情です。そのため、これまでは外注で何とかしようとしてきたわけですが、そういうことを最初からやってくれるカートシステムと組んだほうがいいのではないかと考えました。
「ショッピファイ」は海外で人気があり、当社のようなD2Cブランドを幅広くサポートしています。また、「ショッピファイ」には「テーマ」という概念があり、自分のショップにあったデザインを選ぶこともできます。もう1つ理由があって、それはショッピファイが比較的新しい会社なので、GAFAのサービスが存在することを前提とした設計になっていることです。例えば、商品ページを登録するとすぐにグーグルにも登録されますし、フェイスブックやインスタグラムとの連携も特別な設定なしにできます。古くからあるカートシステムがこうしたサービスに対応する場合、後から機能を追加していくわけですから、利用者側からすると商品ページを作ったあとも何かしらの手間があるわけですが、「ショッピファイ」は入力項目が少なく、コードも使わずに出品できるので、スタッフに専門知識がなくても問題ありません。
─後発の強みですね。
当社は2002年からネット販売を展開していますが、当時必須とされている技術が今は必要なかったり、当時はなかったような技術が求められたりしているわけです。例えば、レスポンシブデザインもそうですし、商品詳細に動画や3Dデータを入れ込む、などということは20年前にはまったくなかった技術です。
「ショッピファイ」ではそういうことができるようになったわけですが、できるようになったことが大事なのではなく、今後起こるであろう変化に対応していくことがもっと大事だと思っています。外部環境が大きく変わっても、大きな設備投資は自社で行わずにショッピファイと一緒に成長していくことができるのではないかと期待しています。
商品数が大幅に増加
─システム移行からすぐに注文件数が伸びていますが、その理由をどう分析しますか。
そもそも、これまで自社サイトは商品を絞っていたのですが、全商品を掲載するようにしたので、商品の母数が大きく増えています。「ショッピファイ」に変えたことで商品登録にかかる時間が10分の1ほどになったほか、スタッフ誰もが出品できるようになったことが大きいです。さらに、グーグルやインスタグラム、フェイスブックへの商品登録も簡単になり、ショッピング機能が使いやすくなりました。細やかな顧客対応などの部分を作り込んでいけば、今後さらに伸びる余地がありそうです。最近はチャットサービスを導入しました。これは「ショッピファイ」の機能ではないのですが、問い合わせに対するスピーディーな返信など、顧客対応に関する課題を解決するためです。
─チャットの効果はいかがですか。
近年はチャットへの需要が高まっているように思います。「問い合わせをしたらすぐに返事が来て当たり前」と思っている消費者が増えているのではないでしょうか。楽天市場などでもチャットを活用していますが、リアルタイムで対応ができない午後8時~午前8時の間に、全サイト合計で100件ほど未読が溜まっているような状況です。チャット専任のスタッフを置くのではなく、とにかく顧客にすぐ返事ができるような体制にするために、チーム一丸となって対応しています。
顧客の暮らしをより良くする機能や付加価値持った商品企画を増やす
─YouTube動画やgifを含めたフリック型のメディアを追加しましたが、効果は。
転換率という観点でいうと、いろいろな要因があるので「動画のおかげで伸びた」と言い切るのは難しいですね。ただ、これまで載
せていなかった情報が載せられるようになったのは確かですから、それが功をして幅広い商品を購入してもらえるようになったのは事実です。画像だけではイメージ違いが生まれやすい、例えば上下したり伸び縮みしたり、動作のある家具などが買われやすくなりました。
─刷新後、売り上げは具体的にどの程度伸びましたか。
9月の売り上げは前年同月比でいうと約2倍になっています。10月に入ってからは8日現在、すでに9月の売り上げを上回っている状態です。
─取引量が多い企業向けのプラン「ショッピファイプラス」を導入する予定とのことですが、どこが改善されるのですか。
カート周りの作り込みができるようになります。例えば「この商品はある地域の消費者にはこの決済が利用可能だが、別の地域の消費者は使えない」といった制約が消費者にとって分かりにくさの原因になっていると思うのですが、こういう問題は仮想モールの出店店舗は解決しにくいわけです。こうした課題を無くすための作り込みが、「ショッピファイプラス」を使うことでやりやすくなると聞いています。
─自社サイトの売り上げ比率はどの程度ですか。
これまでは1~2%程度でした。年末には9月売り上げの2倍にはもっていきたいと思っており、2~3年後をメドに5~6倍規模まで伸ばす計画です。今後は比率が増えていくことになるのでしょうか、あまり「全体に占める割合を増やしたい」という感覚はないんです。自社サイトを伸ばすことで仮想モールの比率を減らすというような考え方ではなく、あくまで当社の商品を買っていただけるユーザーをどんどん増やしていきたいということです。自社サイトの売り上げを伸ばすのと同時に、仮想モールの店舗も伸ばしていきたいですね。
困りごとを解決したい
─商品開発に関する今後のプランを教えて下さい。
現在、2500アイテムほどオリジナル商品を扱っているわけですが、磨きをかけてオリジナリティーある商品を増やしていきます。価格競争は非常に激しいですし、模倣されることも多いのですが、当社では「暮らしの未来を、デザインする。」を企業理念として掲げています。ここでいうデザインは単に「格好いい」ということでなくて、「世の中の問題を解決するような機能」という意味です。顧客の暮らしをより良くする機能や付加価値持った商品企画を増やしていきます。上海に現地法人を設けているのですが、工場監査から国内における検品の流れも仕組み化しており、より安心して使ってもらえる生産環境も整えています。新型コロナで家にいる時間が長くなったこともあるのか、家での困りごとがどんどん増えている印象があります。これまでの家具・寝具・家電では解決できない課題を乗り越えるような商品展開をしていきたいですね。
─今後の展開は。
当社としては、もっと面白い商品や顧客に喜んでもらえる商品を開発したいと思っています。それを推進するためのツールとして「ショッピファイ」を活用していきたいと思います。いろいろなプラットフォームでコミュニケーション手段を作り、「タンスのゲンで買いたい」というユーザーを増やしていきたい。自社サイトに関しては、一番商品を買いやすいサイトにしたいと思っています。サービス環境を整えて、より満足感ある体験ができるサイトにしたいですね。
工藤直也(くどう・なおや)氏
1989年生まれ、福岡県北九州市出身。九州大学教育学部卒。2012年タンスのゲンに入社。モール系店舗運営・商品企画担当を経て2019年より取締役。また同社の商品部長。「暮らしの未来を、デザインする。」という同社の理念に沿った製品の開発・品質管理・在庫管理を実施。また今回「ショッピファイ」を活用した本店サイトのリニューアルとサービス開発チームの立ち上げを実施。
◇ 取材後メモ
家具ネット販売のトップランナーとして高い知名度を有するタンスのゲン。それだけに、自社通販サイトの大規模な刷新が初めてというのは意外でした。「自社サイトを強化することで、仮想モールに支払う手数料の負担を減らしたい」と語るネット販売企業は多いのですが、工藤取締役は「それが目的ではなく、自社サイトを使いやすくすることで、ユーザーをどんどん増やしていきたい」と前向きに語ります。「ショッピファイ」を導入することで手間を削減し、これまで以上に商品開発に力を入れていくという同社。最近はどの業界でもメーカーがネット販売に力を入れており、仕入れ商品を販売するネット販売企業は苦戦を強いられています。そんな中で、オリジナル商品がほとんどを占める同社は大きな強みを有しています。自社サイトの強化でD2Cブランドとしての存在感を増していきそうです。