マッシュホールディングスは、自社ECとアプリを軸にEC事業を伸ばしている。大手アパレルのほとんどが複数ブランドを扱うモール型の自社ECを運営する中、同社グループはブランドごとの自社ECを重視する。一方、アプリは天候に合わせたエリア別のスタイリング提案などがアクティブ化に寄与している。マッシュホールディングスEC管理本部部長兼ウサギオンライン常務取締役本部長の小林昌樹氏とマッシュスタイルラボEC事業本部部長の今井貴大氏が語るEC事業の成長戦略とは。
アプリユーザーの拡大が新規獲得に貢献している
アプリのアクティブ化で成果
─2024年8月期のEC売上高については。
小林:グループ全体のEC売上高は前年比5.0%増の393億円でした。実店舗も既存店売上高が8%増と好調だったので、EC化率は1.0ポイント減の36%となりました。
─EC事業の成長要因をどのように見ていますか。
小林:運営する自社ECはそれぞれ伸びました。実店舗好調に伴う会員の増加や、マッシュグループの公式アプリ「マッシュストア」の利用率改善なども売り上げに寄与しました。MA会員は2024年8月末時点で728万人と前年比で15%伸び、当初計画の700万人から上振れしました。
─アプリのダウンロード件数はどうですか。
今井:23年4月にリニューアルした「マッシュストア」のダウンロード数は24年8月末時点で170万件に拡大していて、25年春には200万ダウンロードを突破する見込みです。前期、自社ECはコロナ禍を含めて過去最高の売上高となりました。「マッシュストア」も約18億円のEC売り上げとなり、自社ECの成長に貢献しました。
─新規アプリ会員の獲得については。
今井:各ブランドの店頭で「マッシュストア」のダウンロードを促しました。アプリ会員の拡大がECの新規ユーザー獲得につながっています。アプリのダウンロードは店舗スタッフによる声がけがメインで、全体の7~8割を占めています。店頭では声がけキャンペーンを2~3カ月に1度のペースで実施していて、スタッフにインセンティブを設け、店舗ごとに獲得数を競っています。ユーザーは新規でアプリをダウンロードすると1000円分のクーポンがもらえます。
─「マッシュストア」の特徴を教えてください。
今井:毎日使ってもらいたいので、単なるショッピングアプリにしたくなかったですね。ユーザーが店頭でもECでも便利に使えるアプリを目指しました。リニューアル後は「お天気機能」を実装しました。エリアを設定すると、そのエリアの天候に合わせたスタイリングが表示されます。「お天気機能」をスタートして月間のアクティブユーザー比率は10%以上向上し、最大30%に高まりました。
─そのほかにアプリの特徴は。
今井:お店以外でアプリを立ち上げるとショッピングページが表示されますが、実店舗で開くと最初に会員証のバーコードが表示されるのでスムーズに買い物ができます。また、実施頻度は高くないのですが、アプリにはライブ配信機能があって、新作アイテムを販売するときなどにインスタライブと併せて「マッシュストア」でもライブ配信を行っています。
販売員のコーデ投稿を強化
─大手アパレルでは複数ブランドを扱うモール型の自社ECが主流です。
今井:主流はそうですが、マッシュグループではブランドごとの自社ECでそれぞれの世界観を大事にしながら発信をしていて成長を続けています。
─ECでとくに好調なブランドはありますか。
今井:「ファーファー」はそこまで規模が大きくないのですが、自社ECの売上高が前年比57.5%増と急伸しました。とくにECの先行予約が好調で、消化率も高まっています。予約商品をお気に入り登録するユーザーが多く、登録者数の多さが、その他ユーザーの購買意欲を刺激している側面もあると思います。お気に入り登録数は追加生産するときの目安にもなります。データが蓄積されてきて、追加生産する際の精度も高まっています
─自社ECの課題については。
今井:CRMの強化に向けてデータ基盤の整備とツールの導入を進めてきました。グループのシナジーを生むために、MA会員向けの施策に取り組んでいるところで、伸びしろは大きいと見ています。
─広告費が高止まりしています。
今井:広告費はコロナ前から大きく増やさずに運用の精度を高めていて、費用対効果は倍増しています。運用精度の改善は他部署との連携強化も寄与しています。
─コーディネート投稿も売り上げに貢献しています。
今井:マッシュホールディングスではグループ内で開発したコーディネート投稿ツールを運営しています。人手不足もあって投稿数が減った時期もありましたが、投稿をディレクションするSNS課が力を発揮してくれています。店舗スタッフへの研修や店舗での撮影支援なども行っています。投稿数は過去最多で、投稿画像経由のEC売り上げも増えてきています。また、同じ商品で同じカラーの投稿画像が多くなり過ぎる場合は、色違いの投稿を推奨するなど、戦略的に投稿の対象商品を分散させたりしています。あって、前者は、ラボ内でAIを活用する割合が少しずつ高まってきています。
─投稿ツールの次の展開については。
今井:24年11月からは、ゾゾさんとの連携を開始しました。投稿ツールを活用したスタイリング画像が自社ECだけでなく、「ゾゾタウン」と「ウェア」にも反映されるようになりました。スタッフの手間はかからず、自動的に掲載されます。約1年前からはビューティーカテゴリーも投稿ツールを活用し始めていて、スタッフのおすすめアイテムをレビューしています。
─販売員のSNS活用は不可欠です。
今井:スタッフにはコーディネート投稿経由の売り上げに応じてインセンティブを付与し、モチベーションを高めています。画像投稿ツールはスタッフなら誰でも参加できますが、SNSでの発信はリスク管理の観点からも一定条件をクリアしたスタッフだけが発信しています。SNS課のスタッフにも数万人規模のフォロワーが付いていて、ポップアップストアなどを開催する際にはSNS課のスタッフも参加することで、集客力を高めるような取り組みも行っています。
─新規ユーザーの取り込み策については。
今井:新規獲得施策としては、タレントを起用したイベントとして「オーガニックデイズ」や「ウサギオンラインフェス」などを開催しました。「オーガニックデイズ」は、「コスメキッチン」が24年11月下旬に通販サイトと全国の4店舗で開催したオーガニックの祭典で、“ファーストオーガニック”を訴求し、お得なキットやポイント還元といったキャンペーンや、「コスメキッチン」のベストコスメを発表するなどさまざまなコンテンツを展開しました。元々はECチャネルだけの取り組みだったのですが、11月の開催時はリアルでも展開し、タレントの起用もあって話題になりました。
─ウェブと店頭の連動企画などにも取り組んでいますね。
今井:例えば、「セルフォード」では24年の春夏シーズンから毎月1人ずつ著名人を起用し、テーマを立ててウェブの企画を軸にしながら店頭のVMDも連動させています。これまでに俳優の高梨臨さんやモデルの安座間美優さんなどを起用しました。ブランドのイメージを打ち出しつつ、「次は誰なのか」とユーザーが楽しみにしてくれる企画に育っています。
パーソナル提案を強める
─「ウサギオンライン」の役割に変化はありますか。
小林:当初はマッシュグループのモール型自社ECとして運営してきましたが、足もとではリアル店舗の「ウサギオンラインストア」を全国に約30店舗まで広げています。マッシュの各ブランドが都心型だとすると、「ウサギオンラインストア」は郊外立地に展開していて、マッシュブランドのエントリーのような立ち位置です。店舗で興味をもってくれたユーザーにECも利用してもらい、そこから「ジェラートピケ」や「スナイデル」などブランドのファンになってもらえればいいと思っています。
自社ブランド以外の顧客層にリーチするためにも、オンラインイベントの「ウサギオンラインフェス」を開催したり、外部企業のD2CブランドなどもセレクトしてECで販売したりしているが、マッシュグループと親和性の高いブランドの商品を取り扱っています。実店舗の「ウサギオンラインストア」は基本的に自社ブランドだけを展開しています。「ウサギオンライン」も24年8月期は増収でした。
各チャネルで購入する意義を持たせることが大事
─EC限定のアイテムやブランド横断型企画にも取り組んでいます。
小林:当初はマッシュグループのモール型自社ECとして運営してきましたが、足もとではリアル店舗の「ウサギオンラインストア」を全国に約30店舗まで広げています。マッシュの各ブランドが都心型だとすると、「ウサギオンラインストア」は郊外立地に展開していて、マッシュブランドのエントリーのような立ち位置です。店舗で興味をもってくれたユーザーにECも利用してもらい、そこから「ジェラートピケ」や「スナイデル」などブランドのファンになってもらえればいいと思っています。ブランドごとの自社ECでもウェブ限定アイテムを展開していますし、「ウサギオンライン」でもサイト限定のアイテムを展開し、それぞれで差別化ができるようにしています。そのサイト、チャネルで購入する意義を持たせることが大事ですね。
ブランド横断型企画では例えば、人気ブランドのコートをフィーチャーした「コートラボ」という特集を組みました。コートなどシーズナルなアイテムを横串で見せることは継続的に実施しています。これまでは、複数ブランドを使用したミックスコーディネートを積極的に提案することはなかったのですが、「ウサギオンライン」のアプリを24年11月にスタートしたので、今後はミックスコーデも提案していきたいですね。
─アプリではどうですか。
今井:「マッシュストア」は「ウサギオンライン」のアプリと同じことを行っても差別化できません。会員を囲い込んで、LTVの向上につなげます。大学時代に「スナイデル」を着ていたユーザーが卒業したら「フレイアイディー」を着てもらい、結婚したらカジュアルでは「ミラオーウェン」を、ハレの日は「セルフォード」を着てもらうといった具合に、女性のライフステージやオケージョンに合わせて提案していきます。レコメンドシステムを活用してパーソナライズされた提案力を高めます。実際に「マッシュストア」内のブランド買い回り率も年々高まっていて、前期は15.8%でした。
─今期の重点取り組みについては。
小林:今期はCRMの強化に引き続き取り組む。顧客の購買・行動データを分析し、CXツールを使って各ユーザーの属性に合った商品をレコメンドしていきます。
─アプリは。
今井:「マッシュストア」もパーソナライズを強化していきます、個人に最適化した提案を強めていく。検索して見つけるというよりは、AIも活用して常にチェックしてもらえる発見型のアプリにしていきたいです。来期に向けて準備を進めていて、「ウサギオンライン」のアプリと差別化していく必要があります。
小林昌樹(こばやし・まさき)氏
新卒で大手GMS入社。セレクトショップ業態で営業、バイヤー、ECを経験。複数のファッション企業でEC、マーケティングの統括、役員を経て2024年2月より現職。
今井貴大(いまい・たかひろ)氏
大学卒業後、CM制作会社入社。複数のファッションブランドで店長、営業職を経験後。2011年マッシュスタイルラボ入社。gelatopique等の営業部長を経て2020年4月より現職。
◇ 取材後メモ
マッシュグループは、アパレルのEC売上高ランキングで上位につけるアダストリアやベイクルーズ、パル、オンワードなどとは一線を画し、複数ブランドを扱うモール型ではなく、「ジェラートピケ」や「スナイデル」などブランド単位のECを重視して成長を続けている数少ない企業です。一方、自社ブランド以外も扱う通販サイト「ウサギオンライン」と実店舗の「ウサギオンラインストア」、公式アプリの「マッシュストア」を展開するなど、さまざまなチャネルでユーザーにアプローチしているのも特徴で、各チャネルでパーソナライズされた提案ができるかどうかで今後の成長速度も変わってきそうです。