ペイパルが日本でのブランド認知拡大に乗り出した。欧米では標準的な決済手段となっているペイパルだが、日本では「海外サイトで買い物をするときに便利」というイメージにとどまっている。通販企業には、ペイパルの導入でユーザーのネットでの「衝動買い」を実現する点などをメリットとして強調。業界標準の「ゲスト用ワンクリック決済」にすることで買い回りしやすいEコマース環境を作り、利用企業の成長につなげる狙いだ。さらには、オムニチャネルを実現するためのツールとしてもアピールする。東京支店の杉江知彦コミュニケーションズ部長に戦略を聞いた。(聞き手は本誌・川西智之)
ワンクリック決済導入で消費者の「衝動買い」誘発
知名度拡大に本腰
――日本への本格進出から3年が経過しました。現在の課題を教えてください。
ペイパルは「クレジットカード決済代行ではない」という部分が伝えきれていなません。ペイパルにはカード情報だけでなく、アカウントにカード情報と住所・氏名が紐付いているため、ペイパルを採用しているサイトでは初めて訪れてもカード情報や住所をしなくて済みます。つまり「かご落ち」を減らすことができ る わ け で す。
これは、収納代行や決済代行にはない特徴と言えるでしょう。かご落ちはどのサイトでも課題でしょうが、ネットの場合、衝動買いがしづらいのが現状です。気にいった商品があっても、入力する項目が多いと面倒になってかご落ちしてしまう。「買いたい」と思った時にワンクリックで買えるような仕組みを導入すれば、サイトは必ず活性化します。
――なぜこうしたメリットを伝えきれていないのでしょうか。
日本でのブランド認知が低く、ペイパル自体が大手の通販企業で利用されていないことが大きいと思っています。そこで、知名度拡大に向けてアクセル踏み込む予定です。日本を重点マーケットとして人も予算も投じていこうという状況です。
――日本の場合、まだまだ「海外で買い物をするときの決済手段」と捉えている人が多い印象です。
ペイパルは欧米などではディスラプション、つまり変化を起こしてきましたその結果、ペイパルはEコマースにおける標準決済となり、ユーザーが自由に複数ショップを買い回りできる環境になっています。言うなれば、ツイッターやフェイスブックのような、標準的なツールとして位置付けられているわけです。
一方、日本ではペイパルというツールがあることをアピールしきれておらず、決済代行の一種としか捉えられていないのが実情でしょう。企業からも「カード決済を導入しているのに、なぜペイパルが必要なの?」などと言われてしまいます。
――どのように利用企業を拡大していくのですか。
日本のネット販売市場は拡大しているのは確かですが、目立って伸びているのは大手ばかり、というのが実際のところです。ただ、一極集中が進むと消費者の選択肢が減り、競争も減るので良くありません。
ペイパルはワンクリック決済が可能なので、面倒な会員登録をせずに買い物ができる点がユーザーにとっては魅力なのです。主要な通販企業がペイパルを使い始めれば中小も導入するでしょうし、そうなれば顧客も利用するようになっていく。ペイパルが通販業界共通のワンクリック決済になれば、大手に続く第三極が形成できるのではないでしょうか。現在は、そのためのパートナー企業を募集している段階ですね。
――大手仮想モールへの売り上げ集中は、消費者にとっても良くない方向に進む恐れがあるし、出店者側にとってもリスクとなる。
選択肢が減るというのは、非常にもったいないことです。ペイパルは世界193カ国26通貨で使われていて、年間では約30億件取引があるわけですが、店舗がペイパル使っている理由は、「取り引きが活性化するから」です。
残念ながら、日本ではまだまだペイパルがきちんと使われていない。便利なツールがある、ということを伝えきれていません。アメリカは小さいサイトから大きいサイトまで、カートにペイパルボタンが付いているので、ユーザーにとっては非常に便利です。利便性を向上することで、今のマーケットの伸び率をさらに高めていきたいですね。
「オンライン」と「オフライン」という区別はもう古い
リピーター獲得にも効果
――通販サイトがペイパルを導入するメリットは。
店にとってはカード情報を保持しなくていいのが最大の特徴でしょう。通販サイトの情報流出事件が相次いでいますが、仮に不正アクセスを受けたとしても、カード情報を持っていなければリスクは低くなります。さらに買い手と共に、売り手も不正取引から守る「セラープロテクション(売り手保護制度)」があります。
また、ペイパルの導入で自社サイトの売り上げが伸びれば、それだけ仮想モールへの依存度が減るわけです。ペイパルの手数料はカードの手数料とほぼ一緒で、月額の固定費も不要です。企業の規模に関わらず、フェイスブックが販促に使えるように、ペイパルも一つのツールとして活用してもらいたいですね。
――会員登録不要というのはユーザーにとって便利な反面、通販企業にしてみれば、リピーター獲得につなげにくい面もあります。
多くの通販サイトはゲスト(非会員)でも買い物できる仕組みを持っていますよね。ペイパルがあれば、もっと簡単に買い物ができるということです。ユーザーにとって、普段買わないサイトに情報を入力するのは面倒ですし、リスクも感じます。そこの壁をなくせば衝動買いも増えるはずで、事業者にとってもメリットは大きいのではないでしょうか。
一方で、ゲストがチェックアウトする際に、オプトインで『会員になるかどうか』をチェックさせることもできますから、リピーター獲得のためにも役立つはずです。
――今後の利用者増に向けた取り組みを教えてください。テレビCM放映などは考えているのですか。
店舗からしてみれば、ユーザー数が重要なのは当然で、そこは努力が必要な部分です。実のところ、今までは何もしなくてもユーザーは増えていたのですが、自然増には限界があります。販促費をかけてブランド認知を高めるべきタイミングは、近い将来間違いなく来るので、そのタイミングで大々的にCMを流したいと思います。
また、クレジットやデビットカードに加え、来年には日本でもやっと銀行口座もペイパルにつなぐことができるようになる予定で、今までカード利用が嫌でECを避けていた方も、銀行口座から直接ワンクリック決済ができるようになります。
ペイパルは、普通ならトレードオフの関係にある安全性と利便性を両立しているため、今後もセキュリティーを担保したまま利便性を高めていきます。そこは他社には真似できない部分でしょうね。
――銀行口座が利用可能となれば利用人数も多く伸びそうですね。
その際には今日本ではストップしている個人間送金も解禁されるので、皆がペイパルを使ってお金をやりとり出来るようになります。いずれはペイパルは物理的な「財布」に取って代わりたいと思っています。つまり、ペイパルによってすべてのデバイスが「おサイフ」になるわけです。そうなればNFCをわざわざ導入する必要も無くなります。
「オンライン」と「オフライン」という区別はもはや古い。今はどんな店舗でもPOSシステムを通じてオンライン上にあるわけで、そうなればペイパルのようなオンライン決済企業はますます強くなっていきます。財布をなくすための1歩目として、まだまだEコマースの世界でペイパルができることはたくさんあります。
――標準的な決済となった欧米と日本との違いはどこにあるのですか。
日本の場合、(ペイパルアカウントが必要な)イーベイが無いため、アカウントを作る機会が少ないというのが欧米などとの違いです。そこで、店舗で“顔パス”決済できる「ペイパルチェックイン支払い」を普及させたいと思っています。これは、事前に顔写真を登録したスマートフォン用アプリ「ペイパル」と、お店側用のアプリ「ペイパルヒア」を利用したものです。
例えばアプリから喫茶店を選び、来店する前にチェックインの手続きを済ませておけば、レジではペイパルで払う旨を伝えるだけで決済が可能となります。これなら、おサイフケータイ未対応のiPhoneユーザーでも利用できますよね。これもまたPOSベンダーさんと連携し、拡大させていく予定です。
理想のオムニチャネル実現
――顔パス決済については、4月から「ヤマダ電機LABI渋谷」でテストを始めました。
ヤマダ電機さんの場合は、オムニチャネル化に向けた取り組みをいち早く実施したということです。いずれは店舗のレジをなくし、店員にタブレットを持たせてその場で決済してもらう、という形が理想の形のようですね。例えば炊飯器を購入した顧客に対して、ヤマダの通販サイトで売っている米をクロスセルする。ペイパルであれば顧客情報をいちいち入力してもらう必要がありませんから、ワンクリックで決済が完了します。
――店舗と通販サイトを持つ企業だからこそ実現できる販売システムを構築していく。
実店舗では顔パス、ネットはIDにとパスワードの入力だけで購入できるというシームレスなやり方でオムニチャネルが実現できるのは、ペイパルだけです。今回は顔パス支払いに注目がいきましたが、実はそれよりも、オンラインと組み合わせることこそが画期的なのです。
実店舗とオンライン販売は競合するというイメージがいまだにありますが、オンライン販売を店舗でのショッピングに組み込んでしまえばいい。いうなればオンライン販売が接客ツールになるわけで、それを店員がナビゲーションする。ですから、店員のいる実店舗にとってはネット専業に対する大きな強みとなりますね。
――現在の流通額や今後の目標など、公開できる数字はありますか。
数字に関しては非公開です。ただ、現在の日本におけるアクティブユーザーは約100万人ということはお伝えできます。これを2000万人、3000万人と増やしていく必要があるのは当然のこと。ゆくゆくは20歳以上のネットユーザーは全員登録している、という状況にしたいと思っています。
例えばオーストラリアの場合、人口2200万人のうち、700万人がアクティブユーザーです。「皆が使っている」という状況なるまで、わずか3年ほどでした。日本の場合、オーストラリアと事情が違うのは確かですが、ペイパルはある程度利用が伸びれば臨界点に達し、ユーザーも爆発的に伸びるでしょう。とはいえ、一定数の企業・ユーザーが使わないとそれに達しないので、そのための取り組みを続けていきます。
◇プロフィール◇
杉江知彦(すぎえ・ともひこ)氏
ソフト・ハードウェア事業から決済まで幅広い分野においてビジネス開発およびブランド・マーケティングに従事。決済事業においては国や地方自治体と訪日観光事業にて深い関わりを持ち、講演も多数行う。2013年よりペイパルに勤務。現在、コミュニケーションズ部長。
◇編集後メモ◇
オンラインでモノを買う際に避けて通れないのが「個人情報の登録」です。せっかく買いたい商品を見つけても、いちいち入力するのが面倒だったり、そもそもよく知らない企業に情報を預けるのが不安だったり……結局はアマゾンや楽天市場で買い物を済ませてしまう、という経験を持つユーザーは多いように思います。通販サイトからの情報流出事件が相次いでいますから、ユーザーが警戒するのは当然のこと。自社サイト強化はどのEC企業にとっても課題でしょうが、そのためにはユーザーに安心感を持ってもらう必要があります。不正アクセス防止対策のみならず、安全な決済手段を購入手段の一つとして提供することも必要です。ただ、日本ではペイパルの認知度がそこまで高くないのも事実。「安全性と利便性を兼ね備えている」という特徴をいかに周知できるか。ユーザーの立場としてもペイパルの目指す「第三極」の実現に期待したいところです。