アダストリアは、2016年2月期の自社ECと他社モール経由を含むEC売上高が前年比38.6%増の210億円となった。13年2月期の90億円から3カ年で約2.3倍の規模となるなど、近年でもっともEC売上高を伸ばした企業のひとつだ。14年11月に旧ポイントと旧トリニティアーツのECを統合・刷新して誕生した自社通販サイト「.st(ドットエスティ)」の舵取り役を担うアダストリアの田中順一WEB営業部長が語るオムニチャネル時代の成長戦略とは。
ブランド 力 と開発力、運用力の3つが大事
自社EC売上高も約3割増に
――前期までの3カ年でEC売上高が大きく伸びた理由を教えてください。
ECの売り上げを伸ばすためには、「ブランド力」と「開発力」「運用力」が必要で、3つのうちどれが欠けても数字は作れないと思っています。「ブランド力」というのはリアル店舗を含めた各ブランドの成長性で、そもそもブランド自体に力がないとECも伸びません。「開発力」というのは自社ECに新しい機能を実装したり、インターフェイスを改善したりすることです。3つ目の「運用力」は、それらを生かすための“魂”とも言えます。常にブランドの状態と開発状況に気を配りながらPDCAを回す力が「運用力」だと思います。
――3つの力を掛け合わすことが、ECの成長には欠かせないということでしょうか。
そうです。商品をしっかり売るという観点においては、3つ力の掛け算は正解だったと思います。合併した旧トリニティアーツのブランドを「ドットエスティ」のプラットフォームの中でPDCAをしっかり回す運用体制を組んでみて、各ブランドのEC売り上げが飛躍的に伸びたことからも、ショッピング機能として自社ECの方向性は正しかったと言えるでしょう。
――前期、自社ECの売り上げ拡大に貢献した取り組みは何ですか。
前期の自社ECの売上高は前年比約30%増となりましたが、例えば、開発面ではサイトのユーザビリティーを改善したり、決済手段を追加しました。また、ウェブとリアル店舗の会員制度統一などにも取り組みました。運用面では、予約販売やヒット商品をさらに縦に売る仕組みを構築したり、「ドットエスティ」で取り扱う17ブランドそれぞれの特性に合わせて商品写真を作り込んだりしました。サイト制作も内製化しました。
――先行予約アイテムやヒット商品を縦に積んで売るときのポイントはありますか。
ウェブの特性を考慮すれば、商品を早く見せることと、企画ページを作り込むことで商品の価値を高めることが大切です。そのふたつをセットにして取り組むことで、とくにおススメの商品をより多く購入してもらうことにつながります。最近では企画ページに動画をとり入れたりもしています。予約販売は需要予測の面もありますが、消費者に商品をどう見せたいのかを考えることが大事です。
――新規顧客の開拓と、既存会員の定着化施策の現状についてはいかがですか。
実店舗というタッチポイントがあることや、ウェブと店頭の会員制度を統一したことで、新規ユーザーはリアル店舗から入ってきてくれます。また、新規顧客にリピートしてもらうためにも、購入後にスタイリング提案のフォローメールを送ったり、会員が保有する特典やポイント、クーポンなどの期限が切れそうなタイミングに確実お知らせする仕組みなど、フォロー対策を強化しています。
企業より 消費者の方が先にオムニ化している
ECの欠品対策もテーマに
――今期からの3カ年で重視することは何でしょうか。
新3カ年計画では、オムニチャネル化をテーマに実店舗と一体化したサービス提供に努めたいと思っています。また、ウェブの販路も国内にとどまらず、海外市場にも挑戦していきます。同時に、2106年2月末の会員数が440万人を超えていて、リーチできる消費者が大幅に増えていますので、「ドットエスティ」の会員メリットをもっと高めていく必要があります。3カ年の最終年に当たる2019年2月期には会員数600万人以上を目標にしていますので、新たな集客モデルを構築していきたいです。
――オムニチャネル施策の現状について教えてください。
リアル店舗とECのどちらで商品を購入してもポイントが貯まったり、過去の購入商品とサイズ比較ができる機能やレビュー投稿機能、ランク制度の統一など、基本的にリアルとネットのどちらでも見られたり、参加できたり、使えるという機能を重視してきました。通販サイトでの店頭在庫表示機能も含めてオムニチャネル施策は一通りできていると思いますが、その次の仕掛けができておらず、現状に満足しているわけではありません。今後は、返品対応や自社EC欠品時の店頭在庫の引き当てなど、会員サービスの向上策と併せて質の向上に取り組んでいきたいと思います。
――足もとの欠品対策の状況はいかがですか。
まず、ウェブに投入する在庫量自体はECの成長に伴って増えています。自社EC欠品時の対策としては2016年の初めから、ある指数を決めた上でセンター在庫を引き当てる取り組みを始めていて、受注全体の約3%をカバーしています。消費者の「欲しい」という気持ちにできる限り応えることが大事です。まずは取り組みやすいセンター在庫から手をつけました。店頭在庫の活用も視野にありますが、その時は売り上げ計上の仕方や評価制度も含めて構築する必要があります。ただ、消費者の方が先にオムニチャネル化していますので、顧客が求めるサービスは実現したいと思います。
海外でのEC展開にも着手
――ウェブの海外販路についての基本戦略は。
海外展開についてはすでに一部で始まっていますが、今期からの新3カ年計画では自社ECでの進出や現地ECモールへの出店も含めて本気で取り組みます。2016年中に中国の「Tモール」に出店する準備をしています。ECは日本よりも中国の方が進んでいると思いますが、日本で取り組んできた当社の得意な部分として、例えば商品画像などは提供するなど、現地任せにはせずに二人三脚で取り組みます。中国でリアル店舗を展開する当社のブランドはすべてウェブ上にも売り場を構えることで、ECの売り上げだけでなく海外事業全体の拡大につなげていきたいです。
――440万人を超えた会員へのサービス提供のあり方については。
2016年3月から「ドットエスティ・ユー」というパーソナライズメールのサービスを始めました。会員がカートに入れたままにしている商品や、お気に入り登録したアイテムの在庫が少なくなったとき、値下げしたときなどにメールで知らせています。4月からは「ドットエスティ・ユー」と「LINEビジネスコネクト」を連動させ、「ドットエスティ・ユー」のLINE公式アカウントのトーク画面を通じてリアルタイムでのコミュニケーションが図れるようになりました。機会ロスも軽減でき、自社EC売り上げの底上げにつながっています。
――パーソナライズメールと「LINEビジネスコネクト」との連動状況はいかがですか。
現時点で会員IDとLINEアカウントを連携している顧客は会員全体の10%程度ですが、日々、連携数は増えています。まずは、会員にとってメリットとなるパーソナライズした情報をいかに提供できるかを重視して取り組みます。
――次のフェーズで取り組むことは何ですか。
いま、メールやLINEでおススメするスタイリングやアイテムの精度を高めるためのアルゴリズムを開発しています。これが完成すれば、より各会員の好みに合った情報が送れるようになります。Aというアイテムの在庫が少なくなったタイミングでメールなどを自動配信するときに、「ちなみにBという商品はいかがですか」とレコメンドするBの提案精度も高めていきたいですね。
―― 会員数が伸びていますが、「ドットエスティ」として心がけることは何でしょうか。
自社ECで販売する各ブランドをしっかり育てるという考え方は変えませんが、「ドットエスティ」のスケールメリットを生かす戦略についても考えていきます。主役はあくまでブランドで、「ドットエスティ」はプラットフォーム基盤という立ち位置です。その基盤にどういった武器を持たせれば各ブランドがさらに生きるかを考えていきます。マルチブランドを展開し、リアル店舗がある強みを生かした会員メリットをさらに作り込みます。その上で、すべてのサービスの見直しを図っていきます。
――新しい集客モデルの構築についてはいかがですか。
従来型の広告投下によるアプローチではなく、会員増に伴うCRMデータを蓄積し分析することで、自社のSNSなどを有効活用して導線を強化したり、他社との協業体制による集客なども考えられます。また、「ドットエスティ」は静的ですが、ウェブのインタラクティブ化の流れや、テクノロジーも進化していますし、もっとエモーショナルなサイト、衝動買いをしたくなるサイトを目指したいですね。さらなる成長に向けてはこれまでとは違う視点が必要で、そういう意味ではタッグを組む企業も変わってくると思います。
モールはメディアの役割
――ウェブ接客や人工知能などEC市場でも注目を集めている支援ツールにはどのような印象を持っていますか。
当社としても、ウェブ接客ツールやチャットサービスなどのテストマーケティングにはいろいろと取り組んでいます。トレンドになっているものはテストをしてみて、自社の戦略に合うものをとり込んでいければいいというスタンスです。チャットサービスについては、「バビロン」という客単価の高いブランドでトライアルを行いました。スマホ限定で、スタッフがギフトやスタイリングの相談に乗るという企画を16年4月の3日間に限定して行いました。チャットは単に商品を販売したり、問い合わせに答えるだけでなく、例えば客注も受けるなど、あらゆるノウハウを持って臨めば意味があると思います。もちろん、顧客数や客単価なども考慮するする必要はあります。あまり顧客数の多いブランドでチャットサービスを始めると、チャットを受ける体制を整備するのも大変です。いずれにせよ、CSや顧客サービスを担う部門の将来的なあり方も含めて考える必要がありそうですが、会員のメリットにはなりますよね。
――他社ECモールの位置づけや役割をどうとらえていますか。
他社ECモールへの商品供給はこれまでに選択と集中を実施し、いまはほとんど「ゾゾタウン」で展開しています。自社ECと他社モールでは顧客層も違いま
すし、モールはメディアと位置付けて活用しています。「ゾゾタウン」のランキング上位に自社ブランドのアイテムが掲載されれば宣伝にもなります。当社のブランドを知らない消費者が興味をもってくれることもありますので、モールでは売るアイテムを明確にして、縦に積んでたくさん売っていきます。当社はモール経由の販売よりも自社ECの売上高の方が大きいですが、どちらも伸ばしたいです。
――今後のEC成長率についてはどうお考えですか。
新3カ年の計画としては2019年2月期にEC売上高300億円以上を掲げていますが、常に30%以上の成長を目標に取り組んでいます。
◇プロフィール
田中順一(たなか・じゅんいち)氏
1982年8月26日生まれ、埼玉県深谷市出身。通販企業のMD職(約3年)、インターネット広告代理店の営業職(約3年)を経てアダストリア(旧ポイント)に入社。WEB営業部のマネージャー、シニアマネージャーを経て2015年9月から現職。最近の趣味はゴルフと熱血系漫画を読むこと。
◇取材後メモ
多くのアパレルが自社ECよりもモール経由の売り上げが圧倒的に高い中、アダストリアはモールの選択と集中を進め、自社ECをとことん磨き上げることに力を注いで結果を出した数少ない企業です。「ドットエスティ」は同社が手がける17ブランドを束ねる直営ECではありますが、田中部長からは「各ブランドに寄り添いながら」「主役はブランド」といった言葉が多く聞かれ、ブランドの成長を下支えするEC、ブランドがより生きるためのプラットフォームに徹する姿勢が印象的でした。2016年2月末に会員数は440万人を突破し、スケールメリットを生かした事業展開や、店舗と一体化したサービス提供の強化、海外展開など、次のステップに臨む同社のEC展開は今後も注目を集めそうです。