「副業」から「本業」に、ECへの投資着々 松山真哉●ユニクロ グローバルデジタルコマース部 部長

ユニクロでは2017年3月より物流施設と一体型のオフィスである有明社屋(東京都江東区)を基点とした、リアルとネットの融合を進める「有明プロジェクト」に取り組んでいる。2018年7月にはその一環として、「ユニクロアプリ」にAIを活用したチャットによる購入アシスタント機能「UNIQLO IQ」の本格運用を開始した。顧客と双方向でコミュニケーションを図りながら新たな購買体験を提供する試みとなっており、EC誘導も大きく期待される。アプリ開発の中心となったグローバルデジタルコマース部の松山真哉部長が目指す、理想の買い物サポートAI の姿とは。

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AIチャットは、新たな購買体験提供への試み

――この数年間、ユニクロの中でECを取り巻く環境が変化していっている印象を受けます。

会社で「有明プロジェクト」を進めていく中で、大きくは3つのことを実現しようとしています。1つはオンラインとオフラインを統合した新しい購買体験をつくること。2つ目がデジタルやテクノロジーを活用しながら、お客様の要望を即、商品に反映させる仕組みをつくること。3つ目は、そうしたことを実現するために働き方自体を変えていかなければなりませんので、こうしたオフィスを作ってワンフロアで1000人が一緒に働くことで変えていくということです。
今回のUNIQLO IQに関しては、1つ目の「新しい購買体験」を提供するための取り組みだと思っています。そうした意味では、私たちはオンラインストアというものは正直ずっと副業という位置づけで、メインである実店舗を支えるという考えでしたが、これからはそれを本業化していくということです。今は人材もそうですが、このオフィス自体も下が倉庫になっており、そこからオンラインストアの荷物を配送するという物流設備面での投資もかなり行っているところです。

――ハード面以外の投資としてはどういったものが挙げられるでしょうか。

今行っているものでは、例えば支払い方法の多様化という点で「後払い」や「Apple Pay」の導入などがあります。また、実店舗のレジで清算した商品をオンラインストアから送るといったサービスや、(EC商品の)コンビニ・店頭受け取りも行っています。オンラインストアの場合、5000円以上の購入で配送料が無料となりますが、店頭受け取りであれば(常時)無料なので、今はかなり利用が伸びてきております。
こうした支払いや受け取り手段の進化だけでなく、これに加えて新しい体験の施策として今回の「チャットショッピング」を新たに提供することとなりました。

――チャットショッピングに注目した経緯としては。

今は、実店舗で買うという行動から、オンラインストアでの購入になり、それがモバイルベースになるといった流れがあります。その中で現在お客様に一番使われているコミュニケーションツールが「LINE」や「Facebookメッセンジャー」、「WeChat」といったチャット形式のインターフェースです。そうした背景もあり、対話をしながらショッピングができるという新しい購買体験を提示したかった狙いがあります。やはりお客様がいつも(ページを)開いて頻繁にメッセージを確認するなど、日常で一番時間を使っているツールだと思います。
また、もう一つのコンセプトとして、同様のサービスをこのユニクロアプリだけでなく「LINE」や「Facebookメッセンジャー」、ウェブベースでも展開していくことにも今取り組んでいます。感覚としては、実店舗に行かないと聞けなかったことや、コールセンターでしか相談できなかったことがAIを通じていつでもできるというイメージです。

――顧客とコミュニケーションを図るという機能は当初から強く意識していましたか。

有明プロジェクトもそうですが、常にお客様と双方向のコミュニケーションを図って、何か要望を聞いてそれを商品に反映したり、改善したりして「このように変わりましたよ」と伝えていくというサイクルを作っていきたいと考えています。お客様との一番身近な接点となるモバイルアプリを、そうした場にしていきたいと思っていました。

――運用については専任チームなどがいるのでしょうか。

そうですね。新しい顧客体験を作っていくということで、カスタマーセンターのチームの1つに位置付けていて、担当者数名が専任者として取り組んでいます。もちろんプロジェクトとしては、開発など色々な部署も関わってきます。

――AIのもとになる「教師データ」については試験運用を開始した2017年9月から作っていたのですか。

まだ、お客様の利用実績がない段階ではある程度憶測で作っていた面もありますが、その大元もカスタマーセンターへの問い合わせ履歴やFAQなどでのデータをベースにしています。象徴的なこととして、(顧客からの質問は)フリーテキストで入力することができるのですが、初めはその質問の約50%に答えることができず、自分たちが想定している使い方とはまったく違うのだなと感じました。そこで、専任チームが毎日ログを見て教師データをどんどん作っていく作業を愚直に行っていきました。
また、何カ月に1回か、UNIQLO IQの幅広い世代の利用者の方に集まっていただいてグループインタビューを行っています。そこでの話し合いに基づいて機能改善もしたりしています。さらに、月に1回の月度朝礼の後などで、CS表彰受けているような実店舗スタッフに定期的に時間をもらって、普段お客様から受けている質問内容や満足された対応事例をヒアリングして反映させるようにしています。

――具体的にどのような使われ方をされているケースが多いのでしょうか。

着こなしであったり、旅行用途など利用シーンに関すること、体型の悩み解決、今のトレンドなど、相談される内容はある程度バリエーションが決まっています。
実店舗スタッフの場合、例えばお客様に「旅行に行きます」と言われたら、一言「どこに行くのですか」と聞き返して暑い地域や寒い地域などその答えに応じた提案をします。UNIQLO IQでは最初、質問されたらすぐに“正解”を提示するものだと考えていたのですが、この「一言聞く」という当たり前の過程が漏れていたことに気づきました。今は、聞き返すことで答えの的を絞っていくようにしています。

――そのほかに、利用者ヒアリングなどを通じて新たに実装していった部分はありますか。

盲点だと思ったのが、当初はUNIQLOIQのチャット画面内ですべて(の質問応対を)完結することがいいと考えていました。しかし、商品が決まった後に色やサイズを選んでもらう時は、オンラインストアの方が見やすくて選びやすいという意見を頂き、(必要に応じて)チャットからオンラインストアに飛ばす導線も設けるようにしたのです。

――商品数も多いので、「表記ゆれ」などの問題も気になりますが。

コラボレーション商品も多いので、意識して登録するようにしており、あとはAIで学習するような形です。例えば正式な商品名では「Uniqlo U(ユニクロユー)」ですが、デザイナーはルメール氏なので、そこは両方できちんと対応できるようにしています。あとは、「着こなし」についても「コーディネート」「コーデ」「着方」など様々な言葉があるので、これも学びとして取り入れるようにしています。
先ほど、当初は50%の質問に答えられなかったという話がありましたが、こうした表記ゆれの問題1つをとっても毎日積み重ねて修正していったことで、7月下旬の時点ではそれが6%まで抑えることができるようになりました。常に10%以下をキープできるようになってきたかと思います。

顧客行動に基づく提案で

パーソナライズの強化

問い合わせの約半数がチャット経由に

――今回の新機能の認知拡大に向けて、どのような形でPRしていますか。

ユニクロアプリ自体、一つのブランドとしては国内でもかなりの大きな会員基盤を持っているので、まずはそこに向けてオウンドメティアを通じてしっかり伝えていくことです。アプリ会員、オンラインストア、メルマガなど発信できる場がたくさんあるので、分かりやすく地道に説明しています。先日、インスタグラマーを招いて開催したUNIQLO IQの発表会の様子も、朝のテレビ番組などで取り上げてもらったことで、その日は週の2倍ほど利用者が増えました。

――これまでのUNIQLO IQの成果をどのように見ていますか。

例えば、チャットボットだけでなく、カスタマーセンターでも人の手によるチット対応を2018年3月から始めていたのですが、5月の時点で問い合わせの半数以上が従来までの電話やEメールによるものら)チャット経由にかなり切り替わりました。
また、5月時点での問い合わせへの対応数で言えば前年5月と比べて、約2倍の量に対応できるようになりました。これはチャットボットが活躍しているということもそうですし、人によるチャット対応が電話応対に比べて6~7割の時間で済んでいるため、スピーディーなことが背景にあるようです。このように自分たちが思っていた以上にチャットシフトというものが進んでいるかと思います。

――ECでの購入を後押しするというような効果は見られますか。

数字的な部分は申し上げられませんが、先ほどのように色やサイズを選んでもらう際は、オンラインストアの方に誘導する仕組みも持っていますので、送客効果はあると思います。

――今後、より顧客のパーソナルな部分に踏み込んでいく内容としてはどのような追加機能を考えていますか。

自分のことを理解して提案してもらいたいということはヒアリングでも色々な方から言われました。例えば、以前買った商品に関連した商品や、気になる商品を登録している「お気に入り」に応じたコーディネート提案なども今は行っています。実店舗でスタッフが以前に買った商品を覚えていて接客するようなイメージで、ポップアップで商品画像をただ出すよりも、チャットを通じた対話の中で言葉として提案していく方がお客様も受け入れやすいのではないでしょうか。今後も、こうしたお客様の行動に基づいた提案はどんどん増やしていこうと考えています。
お客様へのメッセージでもそうですが、アプリやEメールなどで単純に全配信した情報と、ターゲティング配信した情報とでは、当然、買い上げ率なども変わってきます。お客様にとって意味のある情報が来るということなので、ノイズ(無駄な情報)を減らしてパーソナライズを強くしていくことが大事だと思います。

ECで抱える3つの課題

――現状、ECでの課題とはどういったものがありますか。

1つは実店舗との融合です。大手の仮想モールさんとの違いとしては実店舗の基盤を持っていることなので、そことの融合を進めることは当然大事なことになるでしょう。2つ目はグローバル展開ですね。このUNIQLO IQも含めて、世界中に一番良いものを展開していくことです。
3つ目が、コミュニケーションです。オンラインストアは買い物チャネルだけではなく、これを見てブランドを知り、買い物の前後にも見てもらうというメディアとしての役割があります。また、お客様から直接フィードバックが得られる接点でもあります。今はここで商品レビューをいかに多く集めていくかということにも取り組んでいます。自分たちでモノづくりをしている会社なので、それを基に商品開発を進めることができるということです。

――オンラインで集めた声が商品の改良などに反映されている事例は増えていますか。

お客様の声によって更新された商品を「UNIQLO UPDATE(ユニクロアップデート)」というページで紹介しているのですが、例えばカットソーで柔らかい「イージージーンズ」について、以前はウエスト部分がゴム素材だとはっきり分かる見た目になっていたのですが、要望を受けてから修正して、よりジーンズに近い仕様に変えたケースなどがあります。
レビューは実店舗とオンラインストアの利用者の両方から集まってきています。UNIQLO IQの中でも企業側からの提案ではなく、実際の購入者からの商品レビューを反映したよりリアルなレコメンドとなっているので、それはどんどん活用していただきたいと思います。

プロフィール

松山真哉(まつやま・しんや)氏 1976年9月生まれ。2001年5月に入社。海外駐在などの様々な業務を経て、2017年5月より、アプリ開発やEC などを担当する現職(グローバルデジタルコマース部 部長)に就任している。

取材後メモ

2017年8月期の国内ユニクロ事業のEC売上高は、前期比約15%増の487億円で、2018年も大幅な増収が見込まれています。しかしながら、有明プロジェクトをはじめ社内で目指す景色はもっと先にあるようで、インタビュー中は「まだまだこれからです」という言葉が何度も聞かれました。

今回、本格運用が始まったUNIQLOIQは同社が進めるデジタルとリアルの融合を体現したツールの1つでもあります。すでに多くのEC企業が導入しているAIを使ったチャット接客ですが、技術的な面から様々な問題を抱えていることもまた事実です。ネットとリアルで膨大な顧客データを持つ同社が今後どのような形で接客精度を高めたAIを構築していくのか、非常に注目されるところです。


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