国内EC事業の流通総額が3兆4000億円(2018年12月期実績)に達する楽天。中心となるのは国内最大の仮想モールとなる「楽天市場」だが、さらなる成長を目指した打ち手を講じている。軸となるのは「サービスの統一」だ。楽天市場の最大の強みは店舗の個性だが、決済や配送などは各店舗が手がけるため、ユーザーへの分かりにくさにつながっていた。こうした中で同社は決済プラットフォームの統一を進めているほか、独自物流網の構築を公表。そして2019年には送料を全店舗で統一する方針を打ち出した。EC事業者にとって最大の売り場を運営する楽天は何を考え、どのように変わろうとしているのか。三木谷浩史社長ら3人のキーマンに戦略を聞いた。
全店舗の送料統一へ
まずは「送料無料ライン」を同額に
楽天が、仮想モール「楽天市場」の送料を統一することが分かった。年内にも送料無料となる購入額を全店舗で統一する方針。楽天市場は出店する店舗によって送料はバラバラだが、ユーザーからは「分かりにくい」という声もあったことから、統一ことで購入前の離脱を防ぐ。分かりやすさを重視することで、競合のアマゾンに対抗、楽天市場の流通総額拡大につなげたい考だ。
分かりやすさを重視
2019 年1月30日に都内で開催された出店者向けイベント「楽天新春カンファレンス2019」の講演で三木谷浩史社長が明らかにした。講演では「ECサイトの送料満足度調査」において、「満足している」と回答したユーザーがアマゾンの28.7%に対し、楽天市場は18.2%であること、「ECサイト送料が原因で購入をやめたケース」ではアマゾンが57.4%、楽天市場が68.3%といずれも劣っていたことや、ユーザーの64%が「購入額による送料無料ラインを設けることを望んでいる」といった調査を紹介。
さらに、南米のマーケットプレイス「メルカドリブレ」が、全店舗の送料無料ライン統一後、流通総額が急拡大した事例も解説した。導入前は年平均成長率が1.1%減と停滞していたものが、サービス導入後は同28.2%と成長軌道に乗ったという。
三木谷社長は「楽天市場の強みは店舗だが、弱みは送料に統一性がないこと。ここを克服すれば20~30%の成長が実現できる。楽天の歴史の中でも最大のチャレンジになる。個別の事情はあるだろうが、全店舗が一体となってこの問題に取り組むことで、世界に類を見ない、継続的に大きな成長ができるのではないか」と店舗に呼びかけた。
店舗への補てんも示唆
楽天市場では、すでに80%以上の店舗が購入額による送料無料ラインを設けているが、ラインとなる購入額は店舗によって異なっていた。まずは年内にもこれを統一する。追加の送料が必要となる家具などの大型商品や、食品などの冷凍・冷蔵商品は例外となる。今後は送料そのものの全店舗での金額統一も目指す。
ただ、運送会社との契約条件は店舗によって違うほか、利益率は商材によって大きく異なるため、無料ラインの設定額によっては、採算が悪化する店舗が出てくるのは確実だ。三木谷社長は今回の施策に対し「楽天グループとしてもかなりの資金を投入する準備がある」と説明。負担増となる店舗への補てんなどが考えられるが「当社としての覚悟を示したもので、具体的なことは決まっていない」(同社EC広報課)という。
また、同社で物流事業を担当する、執行役員の小森紀昭コマースカンパニーロジスティクス事業ヴァイスプレジデントは「送料無料ラインが負担になるなら売価で調整すればいい話だが、あまりに悪影響があっては問題。また楽天市場の流通総額を伸ばすのが最大の目的なので、店舗にどういうサポートをすればフェアーなのかを議論していく」とする。
大きな方針転換となるが、同社では「(送料無料ラインの通知から実施までは)リードタイムを用意し、きちんと店舗から理解してもらえるようにアナウンスしていきたい」(EC 広報課)と今後の方針を説明。これまで規約を改正する場合、店舗には書面で通知する形だったが、今回の施策に関する店舗への通知方法や、どのように店舗の同意を得るのかについては「慎重に検討していく」(同)という。仮想モール運営事業者が不当に利用料や決済方法を変更して出店者に不利益を与えた場合、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の恐れもあるが、同社では「法律を順守するよう注意し、店舗とともに成長できるモデルを目指したい」(EC広報課)とする。
焦点は金額の設定
店舗は今回の発表に対し、どんな感想を抱いたのか。アパレル販売のA社では「自社が設定している金額より上がるのか、下がるのか、統一される金額によって変わってくる」と話す。スポーツ用品販売のB社は「一定基準以上で送料を無料にすることを消費者が望んでいるのは知っているし、基準がバラバラだと分かりにくいのは確かなので、そこを統一するのは歓迎したい」と理解を示しながらも「今設定している送料無料ラインよりも金額が下がれば困るのは事実なので、楽天が補てんしてくれるのかどうかが気になる」と正直な感想を口にする。
アパレル販売C社は「楽天が負担してくれる形で送料無料ラインが下がるのであれば消費者のためになるから良いことだが、店舗が持つとしたら当然採算は悪化する。また、楽天が負担するにしてもそれがずっと続くのか」と疑問を呈する。また、食品ECのD社は「高額な商品は送料を吸収しやすいので比較的問題が起きにくいが、日用品関連など低価格商品は送料を吸収しにいため、価格に反映せざるを得ない。ジャンルごとに大きな格差が出てしまうのでは」と危惧する。
一方で、家電を販売するE社は、送料無料の商品が大半を占めることもあり、「ユーザーにとって分かりやすくなるので良いのではないか」とする。
やはり、店舗の焦点は「送料無料となる金額がどこに設定されるか」になりそうだ。ただ、あまり高い金額になることは考えにくく、「アマゾンの2000円に近いラインになるのでは」(家電販売のE社)との見方もあるだけに、それよりも送料無料ラインが高い多くの店舗にとっては負担増が気になるところだ。
もっとも、アマゾンの場合、このルールが適用されるのは、自社で販売する商品と、物流代行サービス「フルフィルメント by Amazon(FBA)」を導入している出品者であり、自社で発送する場合は別に送料を設定している。楽天は独自の配送ネットワークを構築する「ワンデリバリー」構想を推進しており、20年までに全店舗の商品を同社が配送する仕組みにするという目標を掲げている。
今回の送料関連のサービス統一は、同社が提供している楽天市場出店者の物流業務を請け負う「楽天スーパーロジスティクス」の利用を前提としたものとも考えられる。
楽天では送料無料となる金額については今後決める方針だが、「店舗の声を聞いていくことはもちろんだが、楽天市場が成長するための施策なので、ユーザーにとって魅力的な金額であることも必要だ。双方のバランスを考慮したい」(EC 広報課)とする。
「ワンデリバリー」は集荷開始
ワンデリバリー構想の進捗はどうなっているのか。18年は物流網の整備を着々と進めた。自社配送サービス「楽天エクスプレス」の対応エリアは、東京23区のほか、多摩地域の一部、千葉県の一部、横浜市・川崎市、埼玉県の一部、大阪府の一部まで拡大している。今年中には首都圏をほぼカバーし、関西圏にも展開していく予定だ。直販事業だけではなく、店舗の荷物配達も開始した。
楽天スーパーロジスティクスについては、千葉県市川市と兵庫県川西市の物流センターはほぼ満床となったことから、19年1月には千葉県流山市と大阪府枚方市に新たな物流センターの稼働を開始。小森執行役員は「予定よりかなり早いタイミングで満床になるのではないか」と手応えを口にする。
19年2月には関通との資本業務提供を発表した。関通は関西エリアを中心に展開する物流支援会社で、通販・ネットショップを対象に、物流倉庫・受注管理・出荷の包括的な物流サービスを提供している。
楽天は関通へ出資し、同社の発行済み株式数に対し9.9%を取得。また、同社の兵庫県尼崎市の物流センターを、楽天スーパーロジスティクスの物流拠点として運営する予定で、3月から「楽天フルフィルメントセンター尼崎」として稼働を開始する。さらには、楽天エクスプレスにおいても、関通が顧客から受託する荷物を配送するなど、連携を強化する。
今年は店舗からの集荷に関しても広範囲に展開する方針で、いよいよ楽天が構築を進める物流網の全体像が見えてきそうだ。