野原彰人●楽天グループ執行役員コマースカンパニーCOO&ディレクター 奇禍を奇貨とし店舗やユーザーと歩む

 楽天グループの運営する仮想モール「楽天市場」の2020年12月期流通総額は、3兆円を突破した。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、新規顧客や復活購入者が急増しているためだ。また、3月には議論を呼んだ、税込み3980円以上の購入で送料が無料となる「送料込みライン」を導入。当初の計画とは違い、希望する店舗のみでのスタートとなったが、導入店舗の伸び率が未導入店舗の伸び率を大きく上回るなど、成果を出しているようだ。野原彰人執行役員コマースカンパニーCOO&ディレクターに20年の楽天市場を振り返ってもらった。

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議論呼んだ「送料込みライン」導入は必要不可欠だった

「楽天モバイル」も後押し

─楽天市場の流通額が順調に伸びています。

 外出自粛に伴う消費行動の変化に伴い、成長率が大きく加速しました。年間の国内EC流通総額は初めて4兆円を突破したほか、楽天市場の流通総額も3兆円を超えました。コロナ禍のEC需要の高まりに伴い、新規顧客が増えたほか、1年以上購入がなかった復活購入者も大きく増加。前者は前年比27.6%増、後者は27.1%増となっています。

 楽天ID数は1億以上ですから、新規はほぼほぼ取りきったかと考えていましたが、あにはからんや、開拓できていないマーケットはまだまだあったわけです。

─携帯電話サービス「楽天モバイル」の開始も大きかったようですね。

 モバイルからの新規流入もかなりありました。楽天市場の2020年10~12月における、ユーザーあたり購入額は前年同期比15.1%増、さらに7~9月に購入したユーザーが10~12月に購入した割合は約78%となっており、新規・復活も含めてリピート率も順調に伸びています。2月に開催した通期決算の発表会でも、社長の三木谷浩史がECの伸びについてはかなり強気な発言をしていましたが、その源泉は定着率にあります。

─好調だった商材は。

 消費財は「最寄り品」、いろいろな商品をあちこちで比較しながら購入する、耐久消費財などの「買い回り品」、高額商品などの「専門品」の3つに分かれますが、これまで消費者の行動様式はバラバラでした。例えば、最寄り品であれば普段の生活の中においてスーパーで買い物をするのが普通だったわけです。

 ところが緊急事態宣言以降、実店舗での買い物がしづらくなった最寄り品だけでなく買い回り品、専門品においても大きな成長率の上昇が見られました。「わざわざ配達してもらうようなものではない」という、先入観や固定観念がコロナ禍でかなり変わった。当社では「楽天西友ネットスーパー」に注力していますが、こうした領域の拡大は、ユーザーの行動様式の変化と一致しています。

 専門品に関しては、例えば「銀座でウインドウショッピングをしながらブランド品を買う」というような行動様式そのものが蒸発してしまい、こうした店舗を運営する企業もネットに進出してきました。それを受けて、専門品ジャンルも大きく伸びたわけです。もともとネットが強かった買い回り品も含めて、3つのジャンルがECでは融合しつつあります。

─20年3月には、議論を呼んだ「送料込みライン」を導入しました。

 20年12月時点では、導入店舗の比率は85%、流通総額の比率は89.4%に達しました。送料込みライン導入店舗における4~12月流通総額は大きく伸びており、未導入店舗と前年同期比を比較すると、導入店舗が約25ポイントも上回っています。当社としては、残り15%の店舗にこうしたメリットを伝え、100%に達したら「楽天市場は3980円以上の購入で送料込み」であることを、大々的にプロモーションをしていきたいと思っています。

 もちろん、ECで送料が無料ということはあり得ません。「物流コストは必要不可欠」であることは、しっかりとユーザーに伝えるべきだと思っていますが、それを踏まえた上での本施策の導入は、妥当だと捉えています。当社では「ユーザー・店舗・楽天の“三方よし”」を標榜していますが、これを実現するには、ある意味で“三方悪し”の部分も必要になってくる。つまり、ユーザーにとっては「3980円未満の購入なら送料がかかるのは仕方がない」、店舗側は「価格を3980円以上はなら単価としてはそこそこだから、ユーザーにメリットを提供する必要がある」、そして当社としては「顧客とのリテンションを維持するために投資をしている」。ECが持続可能な成長をするために、3者がそれぞれ改革を行うことで、最終的に利益を受け入れることができるわけで、同施策の導入は必要不可欠だったわけです。

 残念ながら、センセーショナルな話題が先行してしまった結果、寄り道をしてしまった部分は否めませんが、店舗へはコミュニケーションを重ね、理解をいただき、多くの店舗から賛同の声をいただいている。導入店舗の比率をさらに高めてなるべく早いタイミングで100%に到達、ユーザーへのアナウンスを強化することで、よりECを盛り上げていきたいですね。

─コロナ禍における出店者向けサポートに関しては。

 コロナ禍を受けてオンラインでの対応を強化しました。当初は不安な部分もありましたが、オンラインも常態化したころから、オンライン上でのサポート体制についてもさまざまな成果が出ています。出店者が楽天市場やネット販売に関する基礎知識が学べるポータルサイト「楽天大学」において、無料のオンライン講座「楽天大学まなびLIVE」を継続して開催。ビデオ会議システム「ZOOM」を使ったもので、20年の累計参加人数1万3996人、参加店舗数は4788店、平均満足度は5点満点で4.4に達しました。これまでのコンテンツを、楽天大学の動画専門講座「RUx」をコンテンツ化し、さらに多くの店舗に見てもらえるようにする予定です。

─動画講座も充実してきました。

 楽天大学については、当初はフェイスtoフェイスで講義を行っていたわけですが、遠方の店舗に来てもらうのはなかなか難しい。そのため、全国各地に支社を広げていきましたが、それでも来社が厳しい店舗があるのも事実なので、講義を動画化し、デジタルライブラリーとして閲覧できるようにしました。

 ところが、こうしたライブラリーは、よほどモチベーションが高い店舗でないと、わざわざ見ないのが実情です。そこで、コロナ禍もあり、まなびLIVEを始めたわけですが、とても評判がいい。人間はライブでのつながりを求めているんだ、ということを改めて実感しました。そのため、引き続き開催していく予定です。

 月商100万円を超えるための店舗向けオンライン勉強会を62回実施し、参加店舗数は1846店舗に達しました。月商100万円突破の達成率は20.7ポイント増(勉強会参加店舗のうち、初めて月商100万円を超えた店舗数を前年同期と比較した増減率)となり、オンラインに場を移したことで学習効果が上がっています。

 また、勉強会参加店舗と不参加店舗の売り上げ成長率は52.6ポイント差が付きました(前年12月売上高の前年同期比で比較)。これらの勉強会では、コミュニケーションの手段としてチャット機能を活用していますが、思いのほかチャットを介した発言が多い。座学では言い出しにくいような質問もしやすいようで、このあたりはオンラインの良さといえるのではないでしょうか。

─有名店舗が講師となり、他の出店店舗にネット販売に関するノウハウを伝授する企画「楽天NATIONS」もオンライン化しています。

 もともとは対面での講座を実施していましたが、コロナ禍を向けてオンラインに転換。ZOOMを活用したオンライン講座に加え、フェイスブックを利用した店舗間のコミュニケーションも行っています。目標達成店舗の売り上げは前年同期比2倍以上となったほか、オンライン化で47都道府県がカバーできるようになり、参加店舗数も4200店まで伸びました。店舗とECコンサルタントとのコミュニケーションの部分では、20年10~12月の商談数が前年同期比52.8%となりました。

 これまで商談はフェイスtoフェイスでやりたいということで、実施数には限界がありましたが、オンライン化したことで時間や場所の制約を受けなくなり、急増したわけです。

ITになじんでいない人の立場 思いやることが一層大切に

出店者団体と意見交換

─楽天市場のサービス改善を図るための組織「楽天市場サービス向上委員会」を設立しました。

 楽天市場の一部出店者で組織する「楽天市場出店者友の会」と同社との間で意見交換を行うもので、具体的には「物流について」「地域・コミュニティーについて」「楽天市場のシステムについて」「サステナブル・SDGsの正しい理解(持続可能な開発目標)について」など、テーマに応じた分科会を設けて議論します。

 「友の会」に参加している店舗でも、現状の日本の物流に対する認識にバラつきがあります。店舗にとって、物流は外部経済でしかなく、これを内部経済に取り込む形にしていただきたい。そうなれば、注文を受けてから、商品を届けるまで、トータルな商流を当社が把握できるようになるので、コストも最適化可能です。これはコストの問題だけではなく、こうしたソリューションを実現することが、社会にとって一番良いと思っています。そういう思いを店舗に伝えていきます。また、配達する人員がどれだけ不足しているかなど、物流業界全体を俯瞰して勉強する機会も設けたいですね。それにより、もう一段、二段高い視座を店舗に持ってもらい、一緒にECのトータルなソリューションを考える場にしていきたいと思っています。

─あらためて、2020年はどんな年でしたか。

 新型コロナは「奇禍」ですが、企業としてはそれを「奇貨」にするチャンスもあった1年だったのではないでしょうか。当社にとっても、ビジネスを大きく成長させる上での大きな転機でした。「奇禍」を「奇貨」とできるよう、おごらず店舗やユーザーと共に歩んでいく必要があります。

 楽天市場には、規約やガイドラインを立案するチームへの助言や意見を行う、組織外部の有識者や専門家などで構成された「アドバイザリーパネル」があります。そこでいただいた意見の中に「もっと高齢者が使いやすいサイトにしてほしい」というものがありました。これまでの楽天市場は、ITなどインターネットに慣れた人が利用するのが前提だった面があります。言い換えれば、最低限のIT経験があり、ウイルス対策ソフトをインストールしていたり、フェイクサイトが判別できたりする人を相手にしていたわけです。

 パネラーの皆さんからは「もはやECはインフラに近いのだから、IT経験が浅い人への目配せや、ECで失敗した人への思いやりを持ってほしい。もっとIT弱者でも使いやすいサイトにするべき、楽天は汗をかくべきではないか」というメッセージをもらいました。当社が掲げる行動指針「楽天主義」の中の一つに「品性高潔」という言葉があります。これは「大義名分のある事業を行う場合に重要なのは、それをいかにして実行するか」という意味で、要は「品位」や「良識」のことです。ここまでの規模の会社に成長したからこそ、ITになじんでいない人たちの立場を思いやることが、一層大切になってきたということを改めて実感しました。「では、われわれに何ができるか」ということは今後考えていきますが、小さいことでも一歩ずつ前に進むのが当面の課題です。

─21年2月には「デジタルプラットフォーム透明化法」が施行されました。影響はありますか。

 日本のECにおける規律やルールは当社が作ってきた自負があります。もちろん、プラットフォーマーが法律を遵守するのは当然ですが、出店者のコンプライアンスに関するレベルを引き上げるのもプラットフォーマーが果たすべき役割の一つだと思います。

 例えば、出店者が景品表示法に違反しないようモニタリングするのは当然ですが、出店者に対しても、景表法への正しい理解にのっとった店舗運営を促すことはさらに重要だと考えています。店舗の遵法精神水準を、プラットフォーマーの水準まで引き上げなければいけません。ECの地合いが非常に良いわけですから、こうした状況で店舗レベルの底上げをするのがプラットフォーマーとしての責務ですし、店舗の協力もあおぎながら進めていきたいですね。


野原彰人(のはら・あきひと)氏

1963年生まれ。2003年楽天(現楽天グループ)入社、楽天市場事業を担当。2005年執行役員(現任)。楽天KC(現楽天カード)取締役副社長、イーバンク銀行(現楽天銀行)代表取締役副社長、内閣官房出向を経て、2016年ECカンパニーCCO&ディレクター。2018年コマースカンパニーCCO&ディレクター、2019年コマースカンパニーCOO&ディレクター(現任)

◇ 取材後メモ

 

コロナ禍で大きく流通額を伸ばした20年の楽天市場ですが、改めて振り返ると「送料込みライン」で大きく揺れるところから始まった1年でもありました。さらに21年には「透明化法」も施行。楽天にとっても、これまで以上に出店者やユーザーへの配慮が必要となってきます。
「送料込みラインの導入率100%」に関しても、根強よく反対する店舗もある中で、どのように強制ではない形で実現させるのかが課題です。そういった意味で、「楽天市場サービス向上委員会」は重要な取り組みといえるでしょう。「友の会」は「親・楽天」とみられているだけに、「お手盛りではないか」と言われないためにも、双方が距離感を保ち、意見交換をする必要があるでしょう。

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